サイドストーリー Re:star's two
LAST DAY
2024/11/08 02:35 ヘルクレス座を抜けた後も、アンソニーは多くを旅した。灼熱の大地を。天地がひっくり返ったような混沌を。恐ろしげな古城を。洞窟を、雪原を、湿地帯を。永遠の夕焼けを。此処ではあげきれないほどのロケーションを。そうして感じた全ては、アンソニーにヒーロー“DEF”との記憶を想起させた。
例えば、マグマのエネルギーを利用した超兵器を作ろうとしたが、あと一歩のところでヒーローに破壊されたこと。古い城でナチスの残党がアンデッド軍団を作り、ヒトラーを吸血鬼として蘇らせようとしたのを二人で阻止したこと。夕焼けの中で決闘し、最後はお互い素手で殴り合ったこと。雪山で古代の遺物を争奪し合ったが、途中で遭難してしまい、数日一緒にサバイバルしたこと。
実に十年間。戦いながらも、時に助け合い、共に過ごし、繋がっていたヴィランとヒーローの思い出。ときどき、当時の匂いや、声すら鮮明にフラッシュバックさせながら、アンソニーは《世界》の果てへと到達し、ゲームをクリアしていた。
元の《世界》に帰ろうとして現れたのは、この世界へ初めてやってきた時のような、強引に引きずりこむ《穴》ではなかった。確固として存在し、明確な境目で此方側と彼方側を別つ扉。世界と世界を繋ぐ《門》。以前、ゲームを始めてすぐの頃に開いた《門》と比べれば、その境界より色濃くハッキリとしていて別たれていた。多くの世界を旅してきたアンソニーには、これが一度くぐればもう此処に、少なくとも自分の意志で自由に戻ってこれない状態だと理解できた。このゲーム(ステラボード)は、終わったのだ。
“このゲームが終わるまででいい。 一緒に居よう。僕のヒーロー”
《門》の前で立ち止まり、アンソニーは独りよがりに交わした約束を――いや、約束ですらないただの独り言を思い出す。足を、腰を、腕を。自らの全身に残された、ヒーローの面影をゆっくり辿って、最後に仮面へと手をかける。見つめ合うように、持ち上げた仮面の眼孔を眺める。晴れてゲームをクリアしたアンソニーは、好きな物を持ち帰ることができる。この世界で手に入れた物なら、何でも。
「……愛してるぜ、僕のヒーロー」
竜を模した角の先へ、アンソニーは優しく口付けした。そして「コトリ」と、仮面を床に残し、一歩を踏み出した。境界を跨ぐと、ヒーローコスチュームは光の粒子となって解けていき、小さな星々となって、ステラボードの空を昇っていく。
(これは、この世界で手に入れた物じゃない。僕がずっと持っていた物が、目に見えていただけ……)
その姿を“DEF” から“ABC” へと変えながら、アンソニーは超えた境界の先でステラボードを振り返っていた。
旅の中で嫌と言うほど、もう自分が愛するヒーローは、何処にもいないのだと思い知った。どれだけ望んでも、焦がれても、“DEF”は、もうずっと前に死んでいて、応えることは無い。その一方、自分の中にはどうしようもなく“DEF”という存在が息づいているのも事実で、ヒーローは死んだが、全てが消えた訳でなく、もう何処にも居ないが、少しは残った物もある。結局同じなのだ。あの仮面を持ち帰ろうが持ち帰らまいが、自らの中にヒーローは活きていて、同時にもう、永遠に喪われている。思い出すことはできても、触れることはできない。触れることはできないが、思い出すことはできる……
(なら、もうそれでいいさ……)
それが真理なのか、ただ自分が今回の旅でたまたまそう思い至っただけなのかは、アンソニー自身もよく分からなかった。だが、「大切な人を亡くすのはこう言うことなのかもしれないな」と、ぼんやり漠然に、拒み続けていた愛する者の死を受け入れつつあった。
《門》の先、繋がりが薄れ、《世界》同士が遠くなっていく中、ステラボードの景色とヒーローの忘れ形見も見えなくなっていく。思わず伸ばしそうになった手を堪え、代わりに自らの頭へ持っていって、被っている“ABC” としての帽子をひっ掴んだ。そして、ヴィランとしてのトレードマークでもあったピエロ帽、それをヒーローの仮面めがけて投げつけた。帽子は一瞬真っすぐ飛んだが、すぐに空中で広がって勢いを失う。力なくひらひらと宙を漂って、「ぱさり」と仮面の傍に落ちた。役目を終えた遺物たちが寄り添っているのに、アンソニーは寂しげで、だが満足げに微笑んだ。
「もう僕ですら、お前たちの邪魔はしないよ。誰にも邪魔されない、手の届かない場所で……思い出の中で、ずっと一緒にいるんだよ」
アンソニーは完全に世界同士が別たれるまで、自身が決別した過去へ、ずっと手を振り続けた。
「楽しかったよ、バイバイ“DEF” ……バイバイ、“ABC” 」
例えば、マグマのエネルギーを利用した超兵器を作ろうとしたが、あと一歩のところでヒーローに破壊されたこと。古い城でナチスの残党がアンデッド軍団を作り、ヒトラーを吸血鬼として蘇らせようとしたのを二人で阻止したこと。夕焼けの中で決闘し、最後はお互い素手で殴り合ったこと。雪山で古代の遺物を争奪し合ったが、途中で遭難してしまい、数日一緒にサバイバルしたこと。
実に十年間。戦いながらも、時に助け合い、共に過ごし、繋がっていたヴィランとヒーローの思い出。ときどき、当時の匂いや、声すら鮮明にフラッシュバックさせながら、アンソニーは《世界》の果てへと到達し、ゲームをクリアしていた。
元の《世界》に帰ろうとして現れたのは、この世界へ初めてやってきた時のような、強引に引きずりこむ《穴》ではなかった。確固として存在し、明確な境目で此方側と彼方側を別つ扉。世界と世界を繋ぐ《門》。以前、ゲームを始めてすぐの頃に開いた《門》と比べれば、その境界より色濃くハッキリとしていて別たれていた。多くの世界を旅してきたアンソニーには、これが一度くぐればもう此処に、少なくとも自分の意志で自由に戻ってこれない状態だと理解できた。このゲーム(ステラボード)は、終わったのだ。
“このゲームが終わるまででいい。 一緒に居よう。僕のヒーロー”
《門》の前で立ち止まり、アンソニーは独りよがりに交わした約束を――いや、約束ですらないただの独り言を思い出す。足を、腰を、腕を。自らの全身に残された、ヒーローの面影をゆっくり辿って、最後に仮面へと手をかける。見つめ合うように、持ち上げた仮面の眼孔を眺める。晴れてゲームをクリアしたアンソニーは、好きな物を持ち帰ることができる。この世界で手に入れた物なら、何でも。
「……愛してるぜ、僕のヒーロー」
竜を模した角の先へ、アンソニーは優しく口付けした。そして「コトリ」と、仮面を床に残し、一歩を踏み出した。境界を跨ぐと、ヒーローコスチュームは光の粒子となって解けていき、小さな星々となって、ステラボードの空を昇っていく。
(これは、この世界で手に入れた物じゃない。僕がずっと持っていた物が、目に見えていただけ……)
その姿を
旅の中で嫌と言うほど、もう自分が愛するヒーローは、何処にもいないのだと思い知った。どれだけ望んでも、焦がれても、“DEF”は、もうずっと前に死んでいて、応えることは無い。その一方、自分の中にはどうしようもなく“DEF”という存在が息づいているのも事実で、ヒーローは死んだが、全てが消えた訳でなく、もう何処にも居ないが、少しは残った物もある。結局同じなのだ。あの仮面を持ち帰ろうが持ち帰らまいが、自らの中にヒーローは活きていて、同時にもう、永遠に喪われている。思い出すことはできても、触れることはできない。触れることはできないが、思い出すことはできる……
(なら、もうそれでいいさ……)
それが真理なのか、ただ自分が今回の旅でたまたまそう思い至っただけなのかは、アンソニー自身もよく分からなかった。だが、「大切な人を亡くすのはこう言うことなのかもしれないな」と、ぼんやり漠然に、拒み続けていた愛する者の死を受け入れつつあった。
《門》の先、繋がりが薄れ、《世界》同士が遠くなっていく中、ステラボードの景色とヒーローの忘れ形見も見えなくなっていく。思わず伸ばしそうになった手を堪え、代わりに自らの頭へ持っていって、被っている
「もう僕ですら、お前たちの邪魔はしないよ。誰にも邪魔されない、手の届かない場所で……思い出の中で、ずっと一緒にいるんだよ」
アンソニーは完全に世界同士が別たれるまで、自身が決別した過去へ、ずっと手を振り続けた。
「楽しかったよ、バイバイ