サイドストーリー Re:star's two
DAY.6
2024/08/21 22:35見渡す限り水面が広がりつつも、底にはかつて此処で人の営みがあったことを感じさせる人工物が沈んだ世界。呑まれ、廃墟と化してなお倒れきらなかった、ビルや鉄塔のような背の高い構造物の頭部だけが、辛うじて水上に顔を出しているエリア。
ヘルクレス座、エリア名【BOTTOM】。例えゲームのバーチャルに過ぎなくとも、人の作った物が自然に呑み込まれた光景は、圧倒的で、神秘的で、何より美しい。
空は青く暗いが星は無く、下方が朱に染まりつつある。気取って言えば暁、正しく時刻へ直せばAM4時46分。夜型の人でも眠りにつき、早起きの人でもまだ眠っているぐらいの……少なくともゲームをするような時間帯ではない。そのため、ヘルクルス座の凪いだ水面、静寂を乱すのは1人だけ。露出する人工物を、一跳びごとに移りながら進んでいるアンソニーだけだった。「タンッ」「タンッ」に軽やかな飛び移る音と、アンソニーの口ずさむ『Fry me to the moon』だけが小さく響いている。その歌詞は、アンソニーが涙が枯れるほど泣き続けてなお現れず、そしてこれからも二度と再会することがない、ヒーロー“DEF”への思いそのままだった。
「In other words……」
「In other words……」
「In other words……」
曲の原題ともなっている一節に乗せて、もう叶わない願いを歌う。
「In other words……」
最後の一節を歌おうとした時、アンソニーは足を止めた。夜明けだ。水平線の先から太陽が、眩いが、まだ直視できる程度の赤色でゆっくりと顔を出すのを、目を細めて眺めていた。
「綺麗だな……」
ひとこと漏らしてから、ふと、水面へ何かが現れたのに視線をやった。最初はエネミーを警戒したが、そこに居たのは自分の、そしてヒーロー“DEF”のシルエットだった。周囲が明るくなったことで、水に反射する像が薄っすら見えるようになったのだと分かった。とはいえまだ薄暗く、反射する影は黒色以外を持たない。余計な情報を持たないからこそ、それはいつか見たヒーローの姿そのものにも見えた。
「……本当にさ、DEF。お前にまた会いたいよ。もし会えたらさ、今の僕らなら、きっと良い友達になれると思うんだ。恋人にだってなれるかも……でもやっぱり、僕らはずっとライバルなんだろうね」
フフ、と軽く笑いながらアンソニーは影に話しかけるが、その語り口はあくまで【もしもの話】。決してそれが叶うことはないを前提としたIFであり、故に寂しげであった。水面に映る自分の姿へ。そして自らの姿を通して、もう二度と気配を感じることすらできない最愛へとはにかんだ。
「もう二度と、会うことも無いけどサ……だからサ」
相変わらず寂しさを隠しきれないままだったが、もう影へ手を伸ばすことはなかった。
「このゲームが終わるまででいい。一緒に居よう、ボクのヒーロー」
そう言って、見つめる間だけ同じように見つめ返してくる影から、アンソニーは視線を切って跳んだ。発した言葉とは裏腹に、それは間違いなく、別れの言葉でもあった。このゲームに終わったら、これ以上もう、ヒーローDEFの影を追わないという決別。そして“言い換えるなら”(In other words)、このゲームが終わるまでは一緒に居たいというささやかな願いであり――「In other words, I love you」と、アンソニーは歌い損ねた最後の一節を口に出して、再び先へと進んでいった。
ヘルクレス座、エリア名【BOTTOM】。例えゲームのバーチャルに過ぎなくとも、人の作った物が自然に呑み込まれた光景は、圧倒的で、神秘的で、何より美しい。
空は青く暗いが星は無く、下方が朱に染まりつつある。気取って言えば暁、正しく時刻へ直せばAM4時46分。夜型の人でも眠りにつき、早起きの人でもまだ眠っているぐらいの……少なくともゲームをするような時間帯ではない。そのため、ヘルクルス座の凪いだ水面、静寂を乱すのは1人だけ。露出する人工物を、一跳びごとに移りながら進んでいるアンソニーだけだった。「タンッ」「タンッ」に軽やかな飛び移る音と、アンソニーの口ずさむ『Fry me to the moon』だけが小さく響いている。その歌詞は、アンソニーが涙が枯れるほど泣き続けてなお現れず、そしてこれからも二度と再会することがない、ヒーロー“DEF”への思いそのままだった。
「In other words……」
「In other words……」
「In other words……」
曲の原題ともなっている一節に乗せて、もう叶わない願いを歌う。
「In other words……」
最後の一節を歌おうとした時、アンソニーは足を止めた。夜明けだ。水平線の先から太陽が、眩いが、まだ直視できる程度の赤色でゆっくりと顔を出すのを、目を細めて眺めていた。
「綺麗だな……」
ひとこと漏らしてから、ふと、水面へ何かが現れたのに視線をやった。最初はエネミーを警戒したが、そこに居たのは自分の、そしてヒーロー“DEF”のシルエットだった。周囲が明るくなったことで、水に反射する像が薄っすら見えるようになったのだと分かった。とはいえまだ薄暗く、反射する影は黒色以外を持たない。余計な情報を持たないからこそ、それはいつか見たヒーローの姿そのものにも見えた。
「……本当にさ、DEF。お前にまた会いたいよ。もし会えたらさ、今の僕らなら、きっと良い友達になれると思うんだ。恋人にだってなれるかも……でもやっぱり、僕らはずっとライバルなんだろうね」
フフ、と軽く笑いながらアンソニーは影に話しかけるが、その語り口はあくまで【もしもの話】。決してそれが叶うことはないを前提としたIFであり、故に寂しげであった。水面に映る自分の姿へ。そして自らの姿を通して、もう二度と気配を感じることすらできない最愛へとはにかんだ。
「もう二度と、会うことも無いけどサ……だからサ」
相変わらず寂しさを隠しきれないままだったが、もう影へ手を伸ばすことはなかった。
「このゲームが終わるまででいい。一緒に居よう、ボクのヒーロー」
そう言って、見つめる間だけ同じように見つめ返してくる影から、アンソニーは視線を切って跳んだ。発した言葉とは裏腹に、それは間違いなく、別れの言葉でもあった。このゲームに終わったら、これ以上もう、ヒーローDEFの影を追わないという決別。そして“言い換えるなら”(In other words)、このゲームが終わるまでは一緒に居たいというささやかな願いであり――「In other words, I love you」と、アンソニーは歌い損ねた最後の一節を口に出して、再び先へと進んでいった。