サイドストーリー Re:star's two
DAY.5
2024/08/21 22:34 とかげ座、エリア名【COOL】……冷たく透き通った大きな川が、エリア全体を流れている場所。水は生命も源というが、ゲームたるステラボードにおいても同様の再現がなされており、様々な生き物が見かけられた。川の中にも、魚を始めとした生物が棲みついており、このゲームの自由さを考えれば、本来であれば、狩りや釣り、クラフトといったオープンワールドサバイバルゲームめいた楽しみができる場所なのかも知れない。
「…………」
しかし生物にも、楽しみにも一切興味を示さず、アンソニーは川縁に沿って歩いていた。口も目も半ば開いてはいるが、何者をも焦点に捉えることはなく、呼気以外が漏れ出すことも無い。ただ、歩いているだけだ。もし誰かが今のアンソニーを見たなら、ゲームのNPCか何かか、エネミーの一体、あるいは見てはいけない幽鬼の類……そうした感想を抱くだろう。
とかげ座に訪れたアンソニーが人間らしい反応をしたのは、見えない壁に頭をぶつけ、「いてっ」と思わず声を出したのが初めてだった。同時にそれは、とかげ座の終着点へ着いたことも表していた。
「……あぁ。もう、行き止まりまで来たのか……」
ぶつけた勢いで仰け反るのを踏ん張ろうともせず、ふらっと尻もちをつく。驚いた反応もとれず、淡々とした事実が口から零れだす。頭だけでは、こんな簡単な事実を処理する能力すらアンソニーからは失われていて、辛うじて「次はとかげ座を進まなければならない」という目標達成のためだけに動けていた体は、使命を失ったために、座り込んだ姿勢で完全に固まった。
傍から見ればゲームのオブジェクトのように制止するアンソニーの中で。そして、セルステラに食われ、リスポーンしてから今までずっと。普段の10分の1も見たない速度でニューロン細胞が働き、緩やかにあの日の光景を脳裏に繰り返し続けている。いや、それともあの日の夢を見ているのだろう。その映像にはアンソニーの願望と妄想が混じり合っていて、真実とは少し異なっていた。
自身が放った光に貫かれ、地に落ちていきながら、ヒーロー“DEF”が粒子となって消えていく。
【行かないで。こんな結末、ボクらに相応しくない】。そうヒーローへ手を伸ばしても、声すら届くことはない。そんな言葉は、あの日、ひとことも言っていないのを誰よりも知っているのに。頭の中では、過去の自分は間違いなくそう言っている。
「う、ぐ……ウウウッ!」
立ち止まると、座っているままだと、延々に繰り返される夢を誤魔化せず、頭が軋んだ。頭痛と平衡感覚の消失、酷い乗り物酔いにでもなったような気持ち悪さが這い寄ってくる。たまらず、アンソニーは川辺へと這っていき、先客の魚たちには一切遠慮せず、頭ごと川に突っ込んだ。
ぶくぶくと水泡がのぼっては弾ける。10秒、20秒、30秒……それから泡も浮かばなくなって、更に20秒。突っ込んだ時の勢いとは裏腹に、静かに、アンソニーは頭を持ち上げた。「ハァー……」と低く深い息を吐き、滴る水滴の無数が乱す水面と、そこに映る自らを見つめる。水に映るヒーローの影に手を伸ばすと、影もまた自らに手を伸ばしてくる。当然、二つの掌は重なり合うことなく、指が絡み合うことも無い。すり抜けて、触れるのは冷たい水面だけ。
「ハハッ……“ナルキッソス”か……笑えないな……」
自らの行いの馬鹿馬鹿しさ。ほんの僅かでも「本当に触れられるのではないか」という期待とその落胆を以って、アンソニーは自傷気味に呟いた。しかし己の愚かさを知って尚、アンソニーは水場の傍を離れることも、目を離すこともできなかった。
「なぁヒーロー。ボクはサ……僕はさ……もっとお前と一緒に居たかった。お前を感じていたかった……だから、この姿なんだろう? お前だけの姿でも、僕だけの姿でもない。僕とお前のどちらもが、一緒に存在する姿……」
もう一度手を伸ばして、「ちゃぷり」と水面に映る像の頬へ手を添えた。やはり肌に触れた感覚は無かった。だが手を合わせるよりも、せめて見た目だけは添えられているように見えた。
「なぁ、ヒーロー……会いたいよ。一緒に居てくれよ。そんなところで見てないでさ。“僕”(ヴィラン)が、此処に居るんだぜ……なぁ……」
水面に映る顔を優しく撫でるよう手を動かして、アンソニーは寂しさを隠さない表情と声で呼びかけた。しかし、やはり返事は無く、そこにヒーローもいなかった。いるのは、ヒーローの格好に扮した自分独り。
一度は滴り切った水滴が、再びポタポタと落ちだして水面を揺らした。段々と水滴の数は増え、粒も大きくなった。仮面の下から溢れてくるそれは、アンソニーの頬を伝って落ちていた。
「えーん」
「えぇーん」
擦れた泣き声が、川の流れる音に混じった。
「…………」
しかし生物にも、楽しみにも一切興味を示さず、アンソニーは川縁に沿って歩いていた。口も目も半ば開いてはいるが、何者をも焦点に捉えることはなく、呼気以外が漏れ出すことも無い。ただ、歩いているだけだ。もし誰かが今のアンソニーを見たなら、ゲームのNPCか何かか、エネミーの一体、あるいは見てはいけない幽鬼の類……そうした感想を抱くだろう。
とかげ座に訪れたアンソニーが人間らしい反応をしたのは、見えない壁に頭をぶつけ、「いてっ」と思わず声を出したのが初めてだった。同時にそれは、とかげ座の終着点へ着いたことも表していた。
「……あぁ。もう、行き止まりまで来たのか……」
ぶつけた勢いで仰け反るのを踏ん張ろうともせず、ふらっと尻もちをつく。驚いた反応もとれず、淡々とした事実が口から零れだす。頭だけでは、こんな簡単な事実を処理する能力すらアンソニーからは失われていて、辛うじて「次はとかげ座を進まなければならない」という目標達成のためだけに動けていた体は、使命を失ったために、座り込んだ姿勢で完全に固まった。
傍から見ればゲームのオブジェクトのように制止するアンソニーの中で。そして、セルステラに食われ、リスポーンしてから今までずっと。普段の10分の1も見たない速度でニューロン細胞が働き、緩やかにあの日の光景を脳裏に繰り返し続けている。いや、それともあの日の夢を見ているのだろう。その映像にはアンソニーの願望と妄想が混じり合っていて、真実とは少し異なっていた。
自身が放った光に貫かれ、地に落ちていきながら、ヒーロー“DEF”が粒子となって消えていく。
【行かないで。こんな結末、ボクらに相応しくない】。そうヒーローへ手を伸ばしても、声すら届くことはない。そんな言葉は、あの日、ひとことも言っていないのを誰よりも知っているのに。頭の中では、過去の自分は間違いなくそう言っている。
「う、ぐ……ウウウッ!」
立ち止まると、座っているままだと、延々に繰り返される夢を誤魔化せず、頭が軋んだ。頭痛と平衡感覚の消失、酷い乗り物酔いにでもなったような気持ち悪さが這い寄ってくる。たまらず、アンソニーは川辺へと這っていき、先客の魚たちには一切遠慮せず、頭ごと川に突っ込んだ。
ぶくぶくと水泡がのぼっては弾ける。10秒、20秒、30秒……それから泡も浮かばなくなって、更に20秒。突っ込んだ時の勢いとは裏腹に、静かに、アンソニーは頭を持ち上げた。「ハァー……」と低く深い息を吐き、滴る水滴の無数が乱す水面と、そこに映る自らを見つめる。水に映るヒーローの影に手を伸ばすと、影もまた自らに手を伸ばしてくる。当然、二つの掌は重なり合うことなく、指が絡み合うことも無い。すり抜けて、触れるのは冷たい水面だけ。
「ハハッ……“ナルキッソス”か……笑えないな……」
自らの行いの馬鹿馬鹿しさ。ほんの僅かでも「本当に触れられるのではないか」という期待とその落胆を以って、アンソニーは自傷気味に呟いた。しかし己の愚かさを知って尚、アンソニーは水場の傍を離れることも、目を離すこともできなかった。
「なぁヒーロー。ボクはサ……僕はさ……もっとお前と一緒に居たかった。お前を感じていたかった……だから、この姿なんだろう? お前だけの姿でも、僕だけの姿でもない。僕とお前のどちらもが、一緒に存在する姿……」
もう一度手を伸ばして、「ちゃぷり」と水面に映る像の頬へ手を添えた。やはり肌に触れた感覚は無かった。だが手を合わせるよりも、せめて見た目だけは添えられているように見えた。
「なぁ、ヒーロー……会いたいよ。一緒に居てくれよ。そんなところで見てないでさ。“僕”(ヴィラン)が、此処に居るんだぜ……なぁ……」
水面に映る顔を優しく撫でるよう手を動かして、アンソニーは寂しさを隠さない表情と声で呼びかけた。しかし、やはり返事は無く、そこにヒーローもいなかった。いるのは、ヒーローの格好に扮した自分独り。
一度は滴り切った水滴が、再びポタポタと落ちだして水面を揺らした。段々と水滴の数は増え、粒も大きくなった。仮面の下から溢れてくるそれは、アンソニーの頬を伝って落ちていた。
「えーん」
「えぇーん」
擦れた泣き声が、川の流れる音に混じった。