サイドストーリー Re:star's two

DAY.4

2024/07/24 01:10
「……フゥー……やるか」
 長く長く息を溜めてから、アンソニーは意を決した面持ちで一歩前に進んだ。眼前には、今アンソニーがいるりゅう座のフィールド『RUIN』、その古ぼけた廃墟群とは明らかに造形が異なる、3mほどの小さめな塔が。そしてソレを守るよう、あるいは憑りつくように、どこか竜めいて、しかし似ても似つかない半透明で単色の巨大な異形が唸り声をあげていた。近付いてくるアンソニーを威嚇しているようだ。あくまで牽制しているだったのようだが、更に一歩、一歩と近付いてくるアンソニーに、竜もどきの異形、コネクターを蝕む「セルステラ・ノガルダ」は遂に雄たけびを上げ、明らかな敵意によって動き出した。
アンソニーもまた、同じく身構え、間違えようも無く戦いの意志を示した。そしてセルステラの一挙一動を余裕のない表情で見つめていた。緊張している、よりも、憂いを湛えた顔立ちだ。しかしセルステラが勢いよく飛び掛かってくると、アンソニーの目は鋭く代わって、宙に飛び上がり、避けると同時に掌に炎の球体を創り出して投げつけた。
 竜もどきの頭部に直撃し、激しい爆発と黒煙が起こるが、その陰から全く堪えない様子でセルステラは顔を出し、お返しと言わんばかりに口から炎を吐き出す。

「全く……アイツによく似てるヨ! それとも、オマエも、ボクの心を反映してたりするのカナ!」
 何もない空中を確かに踏みしめ、連続した側宙の動きで追ってくる炎を躱しながら、アンソニーは忌々しげに言い放った。
りゅう座のセーブポイント「エルタニン」――既に攻略した場所だったが、アンソニーはわざわざ此処へ戻ってきて、一度倒した筈のセルステラに、協力者を一人も連れずに挑んでいた。此処にいるセルステラは復活したのではなく、ステラボードによって再現された存在に過ぎず、ゲーム的に倒す必要はない。だが、自分の気持ちを知るため、アンソニーは戻って来た。
このセルステラは、よく似ていたのだ。アンソニー……ヴィラン、“ABC”のライバル、ヒーロー“DEF”。その最期の姿に。

(りゅう座での旅じゃ、結局、思ったような答えは見つからなかった。だけど、ボクがアイツとの決着に、何か納得できてないのは確かな筈なんだ……何か、思い出せるかもしれない)
 アンソニーの《世界》は既に滅んでいる。そして滅びゆく影響で、者も、物も、多くの存在は自己を保てなくなった。《世界》より先に消えてしまうか、歪みきって得体のしれない化物へと姿を変わるか――ヒーロー“DEF”もそうして、今アンソニーが対峙しているセルステラとよく似た、竜のような怪物と成り果てた。
 飛び跳ね、殴りかかり、時に躱しきれず尻尾で弾き飛ばされたり、逆に勢いをつけた飛び蹴りでセルステラをよろめかしたりしながら、アンソニーはヒーローとの最後の戦いを思い出す。

(あの時は……偶然皆が来たおかげで、決着をつけれたんだよナ。正直、ボクだけじゃ無理だったからネ)
 殴って殴られての激しい戦闘中だというのに、フッと笑みを浮かべながら思い出したのは、今の仲間たちと出会った時のこと。彼らと会ったのは、滅びゆく《世界》で、せめて最期に、異形化したヒーローとの決着をつけようとしていた時だった。偶然アンソニーの《世界》を調べに来た彼らと出会い、決着を助力され、新たな生き方を選ぶこととなった。もし彼らが来ていなければ、どうなっていたか。
異形と化したヒーローとの決着もつけられず、何も成せないまま、きっとあの世界と共に滅んだだろう。くやしいが、そうなったであろうという確信めいた自覚はある。ただ……

(……だからこそ、ボクは、あの結末に満足してた。あの状況で迎えられた結末としては、ありえないぐらい、良い結末を迎えられた筈だったから……ボクは、あれ以上の何を望んでいるんだ? あの結末に……何が不満なんだ? ボクは……)
 ライバルとの決着をつけ、新しい仲間、新しい人生を迎えたことに、アンソニーは満足していた。満足できていた筈なのだ。
セルステラ・ノガルダが羽ばたき、暴風を起こす。吹き飛ばされたアンソニーは、くるりと宙でバック転して勢いを殺し、体勢を立て直すも、顔をあげた先からセルステラが突撃してきているのが見えた。グッ、と再び虚空を踏みしめるが、今度は跳んだり、避けるような動作を取らず、左腕で右腕を支えながら持ち上げて構える。右手の先は、子どもが手遊びで銃を真似るような、そんな形をしていて――眩く青い光が収束して輝いていた。

(ボクはあの時もこうして……この技で、決着をつけたんだ……)
 大きく口を開き、迫る竜もどきに、ヒーロー“DEF”の最期が重なる。彼に告げた、別れの言葉を思い出す。
『“さよなら、ボクのヒーロー”』。そう告げて、指先に集めた光をレーザー状に放って。竜の全身を貫いて、アンソニーはライバルとの戦いに終止符を打ったのだ。貫かれた穴から走った亀裂が全身に行き渡り、地に堕ちていきながら、「元々“DEF”だった者」が消えていく光景を、確かに覚えていた。

(ボクは……別れを……)
 セルステラがだんだん迫ってくるなか、指先の光もまた輝きを増していく。片目を瞑り、指先の照準をあわせて、セラステラを確かに中心に捉える。だが、セラステラが眼前に迫り、開いた大口がアンソニーを呑み込む間際になって尚、光は放たれなかった。代わりにアンソニーは、小さく呟いていた。

「行か、ないで……ボクのヒーロー……」
 アンソニーの唇と声が、僅かに震えていた。銃の形から解いた手をセルステラに伸ばして、そのまま、アンソニーは跡形も無く呑み込まれた。

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