サイドストーリー Re:star's two

DAY.3

2024/07/23 23:47
 りゅう座のフィールド『RUIN』――遺跡と冠するその場所は、今までのフィールドと同じく自然こそ豊富だが、しかし決して「豊か」ではなく、荒れ果てた廃墟と、ソレを呑み込む植物と木々が無法に伸び散らかり、空も交差する枝葉の僅かな隙間から伺えるのみ。
そんなRUINでも、特に木々の根に絡めとられ、一見すると存在しているかどうかも分かりにくい廃墟の中。窓から身を滑り込ませるようにしなければ入れないそこに、アンソニーはいた。
徘徊するエネミーが自分に、あるいは、この廃墟が入れる場所であると認識していないのを理解してから、唯一の入り口である窓を蔦や葉で目立たないように隠す。アンソニーが「フゥ」と疲労の込もった息を吐きながら、壁にドカッともたれかかって座ったのはソレからだった。

(ログアウトしない弊害が、こんな形で出てくるとはね……寝床を見つけるのも一苦労だ)
 全身に伝うリアルな疲労感に顔を渋めながら、スマホを操作する。記録から見れる戦闘ログは、もはや数えるのもウンザリなほど夥しい数になっていた。
オンラインゲーム、特にMMOであれば当然だが、エネミーは文字通り「そこら中から無限に湧いて出てくる」ものだ。こぐま座やケフェウス座は短いフィールドだったため、休む時には敵の居ない“拠点”(セーブポイント)へ引き返せた。だが長いりゅう座ではそうはいかない。“落ち”(ログアウトし)ない以上、一夜越せそうな場所が見つかるまで、敵が湧く道中を突き進むしかない。

「マ、文句は言えないナ。ボクが勝手に縛りプレイしてるだけダシ……それにちょっと、懐かしいしネ。昔は、こんな隠れ家をよく使ってたっけ」
 肩を竦め、事実、ないしは自身を納得させるように呟きながらも、アンソニーはフッと笑いながら廃墟を見渡した。
ヴィランとして活動している頃は、都市の至る所に隠れ家を持っていたものだ。こうした隠れ家は大抵、お世辞でも住み心地が良いとは言い難い場所なのだが、不思議と居心地は良く、嫌いではなかったのを思い出す。

「あぁそうだ。んー……ちゃんと出てくるかな。こうして、こう」 
 スマホに手を伸ばし、「インベントリ」の項目を選択する。次に現れた幾つものアイコンを指差しで確認しながら、「BLT」と書かれたアイコンをタップする。すると、アンソニーの眼前にベーコンレタスサンドが、「今まさに作りたてでござい」というフレッシュさ、食欲をそそる匂いを放ちながら現れ――ボトりと、地面に落下した。

「アッ!? アッ、あぁー……こんな感じでぇ、出てくるんだ、ネェ……」
 一瞬驚いたアンソニーだが、ホッとするような、釈然としないような気持ちで言葉を漏らしていた。それなりの高さから落下したBLTだが、全く形を崩すことなく、具1つ零れない状態で横向きに倒れていたのだ。拾い上げてみても、汚れ一つ無い。今いる場所は埃っぽく苔むしている廃墟だが、そういうテクスチャというだけで、実際に汚れている訳ではないからだろうと、何となく察した。

「ウン。ウマイ。マスタードが効いてるネ」
 そんな訳でアンソニーの手にあるサンドイッチは全く綺麗であり、試しに一口食べると、やはり美味い。みずみずしいレタスのシャキシャキ感と、それでふやけないハード系のバンズ。この二つにベーコンのガッツリした脂と塩気がよく馴染む。そこに大粒のマスタードが合わさり、シンプルだが飽きさせない味になっていた。

(ホントに何でもありだなァこの《世界》……『ゲームだから』のひとことで納得していいのやら……) 
更にインベントリからコーラも出しながらすすりながら、今更ながら不思議に思う。こうした飲食の面も含め、ステラボードはかなり……類を見ないほど特殊な《世界》だ。その上、他《世界》から人を集めて、好きにさせて、出入りも自由なのは、数多の《世界》を巡ってきたアンソニーでも初めて遭遇する事例だ。アンソニーが知る一般的な《世界》でそんなことをしたら、間違いなく崩壊し、消滅しているだろう。

「マァこんな世界だからこそ、期待してしまっているワケだけどさ……」
 他にもキリが無いほど疑問はあるが、他の《世界》とは明らかに違う異質さが、アンソニーを強く惹きつけていた。アンソニーを今の姿に変えたように。普通の《世界》では決して暴かれず、気付くことができなかったであろう自分の願望を、断片的ながら露にしたように。「此処でしか得られない何かがある」……そんな希望を抱かずにはいられなかった。

「ゴチソーサマデス……今日はもう寝よう。明日は何か、掴めればいいけどなぁ……」
 食べ終えたゴミをインベントリに仕舞い込み、仲間と過ごすうちにすっかり癖付いた食後の作法をとった後、大きく欠伸した。疲労に加え、隠れ家にいる安心感と、食事の満足感が合わさり、今日は此処までだと自覚する。
外から這いずるような生物的運動音や、誰かの戦闘音が聞こえながらも、それらを遠くのことと感じながら。アンソニーは壁にもたれて座ったまま、抱えた自分の膝を枕がわりにして目を伏せた。

「……寝る前に『セントラルで買えるBLTが美味しい』、ってポストしとこ……」
 完全に意識が途絶える前に、たぷたぷとSNSにささやかな情報と感情を投げ込みながら。

コメント

[ ログインして送信 ]

名前
コメント内容
削除用パスワード ※空欄可