サイドストーリー Re:star's two

DAY.2

2024/07/23 23:19
「フゥ……これで、無事ケフェウスも攻略完了だネ」
 ひとつのマップを踏破し、協力者たちに別れを告げたアンソニーは、早速スマホの画面を開いた。「やることやったらすぐスマホを見てしまう」、というのは現代人の性ではあるが、アンソニーの場合はちゃんとした理由がある。他の人もそうなのかは分からないが、少なくともアンソニーのゲーム的なUI……ステータス画面、マップ、インベントリ、ボリューム設定なども、全てスマホでの閲覧、操作となっているからだ。

「セルステラが6体もいた時はマジで終わったと思った。ホントに……何回リトライしたんダロ……おかげで戦い方は掴めたケド……」
 戦闘ログにずらりと並んだ「敗北」の二文字に苦笑いしながら、ケフェウスでの戦いを振り返る。数えたくはないが、恐らく20回は負けているだろう。どういう訳か、残機数とか、リトライ回数とかいうべきLPが何故か∞になっているおかげで助かったが……これも異変による何某なのか、ただのバグなのか、単なる仕様なのか。
とかく負けても根気さえ続けば何度でも立ち上がって挑戦し直すことができたため、途中からはいっそ、無制限に挑み直せるのを良いことに、クリアするより此処での戦い方をトレーニングしているような状態だった。

「結局このスタイルになっちゃうのは……もうすっかり、板についちゃったってことなのカナ。フフ……」
 結果、確立した戦闘スタイルは「序盤は力を溜め、後半一気に解き放って敵を倒す」というもの――この戦い方は、アンソニーが現在の仲間たちと戦う際にとっているスタイルと殆ど同じだ。ステラボードでも自然とこの戦い方へ行きつくあたり、もはや運命的な何かすらあるように思えてくる。
自身のステータス画面を和やかな笑みで見ていたアンソニーだが、やがてスマホを手に持ったまま、自分の膝を抱きかかえるよう座った。いわゆる体育座り(地方によっては体操座り、三角座りとも)だ。戦い方のことを考えていると、次第に、そのルーツである元の世界の仲間たちを思い出してしまっていた。

「皆は怒ってるカナ……一応メモは残してきたケド……」
 体を揺らしながらスマホを――実際にはその画面にも焦点を合わさず、ぼんやりとそっちを向いているというだけで。その視線は外ではなく自らの内へ、記憶の中にある、今の仲間たちの顔へ向けながら呟く。実は一度だけ、元の世界との行き来は難しくないと知り帰っていた。誰もいない時間帯を見計らって、できる限り冗談っぽく、単なる気まぐれでそうしたような感じで「暫く休みをもらうからよろしく」、とだけ紙切れを残したのだ。

「……皆といると……皆を近くに感じているとさ。もう、“今のままで良いか”ってなっちゃうんだよ。それはきっと、現状に満足しているからで……幸せ、なんだと思う。本当に……でも、ボクは此処で、“自らの望む姿”として、アイツの格好をしている訳で……つまり、ボクはアイツに対する何かしらの願望や心残りを持っているに他ならない訳で……その答えを知るには、皆が、邪魔なんだ」
 此処にはいない仲間たちへ聞かせるよう、しかし決して、本人たちの前では言うまい独白をこぼしていた。あるいは、誰かに聞かせるようにして自分自身を分析する、一種のセルフカウンセリングだ。
彼らがいる安心感や信頼感は、不安や悩みからアンソニーを遠ざけてくれた。だがそれは、悪く言うなら、悩みや不安に向き合う必要性を無くしてしまってもいた。例え自らの陰りへと、逃げ場無く対面し、直視するアプローチが必要なのだとしても、陰から目を逸らした先に彼らがいると、陰を忘れてそっちに行ってしまう。
それはそれで、良いことなのだろう。忘れていられるなら、一生忘れておけばいいこともある。気付かなければ、死ぬまで気付かなくてもいいこともある。そうと思ってはいても、自分はどうしようもなく答えを知りたがっている。
「ごめんよ」と、再び誰も、聞いていないのに呟いて、抱える膝を、自分自身を、強く抱きしめてうずくまった。それからアンソニーが、「フゥー」と細い息を吐きながら、ブレていた焦点をスマホに合わせなおしたのは、13分と48秒が過ぎてからだった。

「……今のボクにとって、皆はそれだけ、大事な存在なんだな」
 アンソニーはひしひしと仲間の有難さと、存在感の大きさを認めざるを得なかった。今の自分は彼らあってのものだ。そう気づいてすぐ、更にハッとする。

「皆に匹敵するぐらい、それ以上に……ボクの中で、ヒーロー“DEF”は大きな存在として今も残ってる……? それなら説明が付く……ケド……なんでだ?」
 天啓のような気付きに一瞬、答えを得たような気持ちになるアンソニーだが、すぐに疑問の暗雲が立ち込めた。少なくともアンソニーはヒーローと決着をつけた時、自分なりに彼との関係を清算しきったつもりでいたのだ。それなのに、今もヒーローが自分の心に大きく、燻ぶる火種のように存在しているのが、アンソニー自身ですら意外に思えてならなかった。
このまま勢いづいて答えを見つけられそうな気がしたが、考え込みすぎたのか、戦闘や移動の疲労もあってか、これ以上は思考が定まらなくなる。

「……今は休もう。明日には、次のマップもある訳だしネ」
 抱きしめていた自分自身を解放し、アンソニーは背中の翼を消して大の字に寝転がった。溜まった肉体的、精神的疲労が一気に押し寄せ、広がっていく睡魔の闇に。馴染みの仲間たち、そこにヒーロー“DEF”が混じっている夢が映っていた。

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