サイドストーリー Re:star's two

DAY.1

2024/07/23 23:07
「じゃ、やっぱりやること自体は元の世界と変わらないってワケだネ」
 こぐま座のポラリス。現実における北極星ではなく、ステラボードというゲームにおけるメイン拠点の名前。中心街でもあることから、「セントラル」、とも呼ばれるそこへ到達したアンソニーは、ステラボードという世界について、そして今ここで起こっている異変を改めて確認することとなった。
 とはいえ、やること自体はシンプルで、「それぞれ星座の名を冠したドーム状のマップを巡り、セルステラという怪物を倒して、コネクターという力の源を修復する」――もっと噛み砕いていえば、「敵を倒し、異変を収束させる」。ようはアンソニーがいつもやっていることだ。また、それに対し「やっぱり」という言葉を用いたのは、こうした情報や事情は、聞かされるまでも無く、何となく把握していたからだった。

「何時の時代、如何な世界とて、人は呟き“耐える”こと無しってネ」
 スマホを取り出し、画面をスワイプしながら独り言を漏らす。今アンソニーが見ているのは、ステラボード内に存在するSNS……正確には、SNS風なチャットシステム“ステラコード”だ。アンソニーが来た頃には、それを覗けば、既に他のプレイヤーが思い思いに呟きを残していたため、状況を把握するのは簡単だった。仲間を募る者、楽観的に他者との交流を楽しむ者、攻略情報を呟く者、絶えず更新され、流れていくタイムラインに肩を竦めながらも、有益な情報が無いか目を通す。
 理屈は不明だが、何でもゲームをクリアすることで、ゲーム内の力やアイテムを現実、あるいは元の世界へ持ち帰れるのだという。加えて、他者を蹴落としたり、奪い合ったり、競い合う意味もない。寧ろ協力し合えばし合うほど得なゲーム性。役に立つ情報を置いている者も少なくなかった。
クリアした結果、魔法の無い世界、超能力が無い世界……そんな世界へゲームの何某を持ち帰って良いのかは懸念あるところだが、しかし、こうした風潮が出来上がっているのはありがたかった。アンソニーもまた、ゲームをクリアしようと考えている一人だからだ。
 アンソニーにとっても能力やアイテムの持ち帰りは魅力的ではある。だがそれより「厄介」だったのが、クリアできなければ此処での「記憶が失われる」という点だった。上手く説明できないが、此処で感じたこと、思ったことを失う訳にはいかないという、強い想いがアンソニーには宿っていた。

(マァ……失っちゃった方が良いかもしれないんだけど……)
 スマホを閉じながら少し苦笑い気味に、コネクターを修理するための……それに取り付く怪物、セルステラとの戦闘を思い出す。この世界での戦い方にもまだ慣れないが、何よりヒーローの格好をしている状態でヴィランを名乗ったり、ヴィラン的な言動をするのがどうにも許容できず、共闘した者たちの前で、咄嗟に熱血ヒーローの振りを咄嗟にしてしまったのだ。今思い出しても、恥ずかしいやら虚しいやら。

「……そもそもオマエは、一度も“ヒーロー”を名乗ったことなんて無かったよな」
 右腕を星空にかざして、見上げながら自身の掌と、かつては好敵手を、今は自らを守る赤い手甲を眺める。呟きながら、ヴィランとして活動していた在りし日を思い出す。
 アンソニーのライバル、ヒーロー“DEF”は寡黙な男だった。話しかければ頷いたり、簡単なジェスチャーを返すか、マスクから見える口元の表情で応えることはあったが、余計はことは殆ど喋らなかった。戦闘中に高笑いすることも無ければ、正義も悪も、説教めいて思想を語ることも無い。ただ、自分が悪さをしていれば、何処からともなく炎を纏って参上し、見据えて身構えるのだ。

「身勝手だけどさ……嬉しかったんだよ。オマエだけが、余計なことを言わずに、ボクをちゃんと見てくれたから……」
 過去を思い出し、懐かしくて温かい、そして堪えきれない「何か」を感じて、ぎゅっと掲げていた拳を強く握った。かつてのアンソニーは、孤独だった。10歳の時に両親から軟禁され、それでも彼らを信じていたが、20歳の誕生日に、完全に棄てられた。
ヴィランになったのも、両親への復讐だ。「お前たちが隠して、消して、無かったことした存在を、世界に刻み込んでやる」という、痛烈な怒り。結果として、多くのメディアや人々はヴィラン“ABC”へ釘付けになった。だがそれは、一種の災害、あるいは数字が取れるコンテンツとしての注目だ。そんな中、最初から最後まで、自分を一人の人間として見てくれたのは、“DEF”というヒーローだけだった。

「ッ……」
 それは一種の防衛本能だろうか。思い出すにつれ、自然と握り拳の爪が深く食い込み、その痛みがこれ以上記憶を探るのを阻害する。思考が乱れたアンソニーはフゥと息を吐き、ほくそえんでから、新たなステージであるケフェウス座を目指して進みだした。

「此処にいる間は、せいぜい変なヒーローごっこしてやるヨ。嫌なら止めに来な、いつもみたいにサ……」
 

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