サイドストーリー Re:star's two

DAY.0

2024/07/23 22:42
「何するカナー……今は良いアイデアもないし、出かけるにしても1人じゃツマンナイしなぁ……」
 折角の休日だというのに、アンソニー・オズヴェルトは退屈そうにソファで寝そべり、だらだらとスマートフォンを触ってばかりいた。
 大きな欠伸と共に背中を掻く、家猫のようにだらけきったからは想像しがたいが、これでも現在進行形で、波乱万丈の日々を過ごしている人物だ。
かつてはとある《世界》で高名なヴィラン“ABC”として破壊とヒーローとの戦いに明け暮れ、やがて世界の滅亡に立ちあわせ、その際に出会った仲間と共に、今は異世界を巡って救っていた。ただまぁ、目まぐるしい日々でも休日の一つぐらいはある訳で、今日のような姿を晒す日だってある。

「今日はもうスシでも食いながらゴロゴロしちまおうカ」――退屈が余計にやる気を奪い、辛うじて惰性で握っていたスマホすら放り投げだそうとした瞬間だった。動画サイトからホーム画面に戻った一瞬、見覚えのないアイコンが目に止まった。

「“Stella Board”……ステラボード?」
 アイコンに書かれた文字を見て、アンソニーは不思議そうに呟いた。何かのアプリなのは確かだが、入れた覚えも無い。一見すると、ゲームっぽいように見える。
「フム」とアンソニーは試しにアルファベットでそのまま、次にカタカナやひらがな、思いつく限りの言語で、ステラボードの文字列を検索にかける。だが、求めていたような答えは見つからない。少なくとも、公に公開されているアプリケーションとして存在している様子はなく、明確に意味が存在する言葉でもない。

「造語かな……フゥン? 随分手が込んでる“イタズラ”だネ」
 イタズラ、という言葉を強調気味に呟いてから、アンソニーはアプリのアイコンを眺めて鼻で笑った。どこの誰がやったか仕込んだのか知らないが、随分舐められたものだと。
アンソニーは派手なこと、目立つことが「好き」だったが、そのための地道な計画立てや道具を用意、開発するのは「得意」だ。ヴィランとして全盛期だった頃には、警察のネットワークをハッキングし、大胆に犯行予告を知らしめたことだってある。そんな自分に手をだした相手を、暇潰しがてら、少し痛い思いをさせてやりたい気になった。
 スマホを操作し、仲間の一人と一緒に作った“カウンターハック機能”をオンにする。ようはウイルスや不正アクセスを受けた際、ソレを自動で防御し、かつ侵入者の出所を特定できる代物だ。その気になればそのまま相手側の端末を電子的、物理的に破壊することもできるが……それはアプリの内容次第。
単なるつまらない詐欺アプリに過ぎないようなら、せいぜい面白くなるよう派手に爆発させてやろう――そんな気持ちで、準備万端のアンソニーは意気揚々と、“Stella Board”を起動する。画面いっぱいの違法広告、“身代金要求ウイルス”(ランサムウェア)、様々な状況を想定しながら。しかしアプリをタップした結果現れた事象は、アンソニーの予想を全て裏切った。アンソニーの手首から先が、消えていた。

「なんっ……こいつ、《穴》を開きやがっタ!?」
 驚いたのも一瞬、自分の手首が大きな球に飲まれたよう消失していたこと。何より日頃から異世界を巡っているアンソニーには、その気配からすぐに事態を分析し、把握できていた。
《穴》、Hole、それは異なる《世界》同士を繋ぎ、しかしその中でも、もっとも制御の効かない問題児。目に見えないが、遠い《世界》と今アンソニーが存在する《世界》の空気、物理法則、あらゆるが異なるために生じる歪みが、はっきりと眼前に存在している。すぐに踏ん張りをきかせ、アンソニーは《穴》に呑まれた自身の腕を取り戻そうとするが、それ以上の力が、繋がってしまった異世界が、それを許すことは無く――苦々しい舌打ちの音だけを残し、アンソニーの全身が、虚空へと吸い込まれて消えた。


――そうして、アンソニーはこの《世界》、ステラボードへとやって来ていた。足元から空まで視界いっぱいに広がる星空のもと、ウサギの着ぐるみを着たような変な生き物。そしてココと名乗る少女からの説明を一通り聞き終えて、「参ったナ」と呟くのが精一杯だった。
いや、実際の所、説明自体に文句はなかった。自身の《世界》と在り方が、《法則》が、1から10まで異なり、何が違うのかを自分で手探りに調べなければいけないような異世界と比べれば、このステラボードはまるで安全だ。それに、元の《世界》に戻ること自体もそう難しくなかった。その気になれば、今すぐにでも帰れるだろう。アンソニーが「参った」と呟いた理由は、今の自らの格好にあった。

「どうして、よりにもよってこの恰好なんだ……?」
 暗転したスマートフォンの画面を鏡代わりに、アンソニーは自らの姿を再確認した。手に装備した鱗を模したる手甲。首に巻いた同じく赤いマフラーに、背中から生える翼。竜をモチーフにした仮面付きのコスチューム。
忘れる筈もない。これはアンソニー……もとい、ヴィラン・ABCにとって対となる存在の。既に亡き永遠の好敵手、ヒーロー・DEFのコスチュームだった。自身すら、正直朧げになりつつあったヒーローの面影が、あまりに鮮明な姿で反射していた。

“曰く、この世界での姿は、成りたい自分の似姿であるという”

 アンソニーにヒーロー願望は無いし、ましてや、ライバルの姿になりたいなんて欲望は全く無かった。それに、仮にそうだとしても可笑しいのだ。それならライバルの姿そっくりそのままになるのが自然な筈だが、今のアンソニーの姿は、あくまで「アンソニー自身がヒーローのコスチュームを纏っている姿」だ。勿論、ライバルの服を着て見たかった、なんて願望に覚えも無い。
しかしだとすれば、今の自分の姿をどう説明するというのか。5分、10分、15分。暫く考えながら星々を見上げていたが、やがて「フンッ」と鼻を鳴らした。

「……いいサ。このゲームに付き合ってあげるヨ。丁度タイクツしてたしネ」
 結局答えは出なかったが、しかし、この姿になった意味を理解しないまま、元の世界に帰る気には到底なれなかった。そして星々を巡る先、何かしらの解を見出せそうな気がして……もし何も見つからなければ、死ぬほど文句を言いながらこの世界を去ってやると心に決めながら、アンソニーは歩みだす。
「オマエも付き合ってくれヨ? このゲームが続く間だけでいいからサ……一緒に居よう、ボクのヒーロー」
 そこに誰かがいるよう囁いて、深く仮面を被り直した。

コメント

[ ログインして送信 ]

名前
コメント内容
削除用パスワード ※空欄可