お礼画面
その人は毎月、花を買いに来ていて。
いつからだったか覚えていないけれど、見たことあるな、と気づいてからはもう半年以上経っている。
そろそろかな、なんて思っていた頃見慣れた人が店のドアを開いた。
「いらっしゃいませ」
「こんにちわ。また、花を包んで貰えますか?」
「もちろんです。今日はどういう感じがいいですか?」
週休二日の、商店街に佇む花屋で私は働いている。
特に理由はなかったけれど、父が母に花を送ったその瞬間を見て子供ながらに感動した記憶があるから多分その影響だと思う。
でも、私は彼氏からもらった花束に何も感動しなくて、それを自覚した時自分でも傷ついた。
「……あの、相手は喜んでくれてますか?」
「え?」
「、いえ。すみません」
あの時の花に申し訳ない気持ちになる。同時に毎月花を受け取っている相手はどう思っているんだろうそう浮かんで、言葉がこぼれてしまった。
思わず出る愛想笑いに、その人はじっと見つめて数秒後、視線を右上に流す。
「…喜んでますよ」
「!」
「前のも喜んではいたんですけど、やっぱり今の喜びよう見ると違いますね。失礼な話、花屋さん次第でそんな変わると思わなかったので実感してます」
少し申し訳なさそうに。でも嬉しそうに笑う。私はそんな顔を見て、胸が苦しくなった。
「渡す相手のことを聞いてくれたのはここが初めてだったので、きっと相手に伝わったんです」
「……そんなことないです」
いつも、花束を相手に送るっていうお客さんには
相手がどういう人なのか、相手への思いとか、聞くことが多い。もちろんそういうことを不審に思う人もいるから全員ではないけれど。
「いつもありがとうございます、渡邉さん」
その言葉と熱と、重みに
じんわり、胸がきつくなる。
泣きたくなるみたいな感覚。
私はここで、何がしたくて、どうしたいんだろう。
心臓が締め付けられる、その感覚は。
どの感情や思考から生まれているんだろうか。
「 おつかれ様。もう終わり?」
友人の愛佳が、すでにCLOSEにしたドアを開けて入ってくる。
「お疲れ様。うん、8時まで」
「外のポストに手紙届いてたよ」
「なんで愛佳が取ってきてるの、お店のじゃん」
「りっちゃんの名前書いてあったから」
「え?」
「差出人は書いてないけど」
「……こわいんだけど」
愛佳がポストから持ってきたらしい手紙を受け取る。そこには確かに、わたなべさまって書いてあった。
差出人もなく、切手も貼ってない。
郵送ではなく誰かがここに持ってきたんだ。勤務は8時だけど、閉店は7時。その1時間の間に、誰かが。
ホラーのような展開に封を切るのに勇気が必要になる。考えてても仕方ないと思って、愛佳がいるうちにと退勤時間でもないのに手紙を開ける。
「なんて?呪いの手紙だった?」
「……いや、なんか…」
「?……"いつもありがとうございます"?」
「……お客さん、ってことだよね」
愛佳が横から覗き込む。
手紙には綺麗な文字で感謝が綴られていた。
──いつも綺麗な花をありがとうございます。
たったそれだけ。
それだけ。なのに、その思いだけをなんで手紙で寄こしたんだろう。
「今どき手書きも珍しいけどね」
「そうだね」
これは素直に喜んでいいんだろうか。
そう思うけれど、やっぱり嬉しい。
私が包んだ花たちは、どこかで母のあの笑顔をしている。それが10このうちのひとつでもいい。
思いが、どこかで。
そう思ったと同時に、片隅で
この手紙が、あの月1回買いに来るお客さんの相手だったらいいなと思った。
『ふわふわした子なんですけど、全然弱くなくて』
『可愛いですよ。でも、私、こんな見た目ですけどその子に勝てる気はしないです』
『大事な人です。花は……ずっと送り続けてるんです。少しでも喜んでくれるかと思って』
『本当はもういらないって言われてるんですけど、最近は喜んでくれて…。だから私も、その子に笑って欲しくて贈っちゃうんです。どこかで止めるべきかなとは思うんですけど』
やっぱり恋人なのかな。
可愛くて、ふわふわして。
でも弱くなんてない。
贈られる花束を、もういらないなんて早々言えない。
純粋に会ってみたい。
贈られる花束を包むことは多いけれど、贈る側の笑顔を見るばかりでその先で
両親のような光景が起きているかなんて分からない。
ドラマのように、悲惨に打ち捨てられる花だってあるかもしれない。
でもきっと、あの人の相手は
花瓶に挿して、水を入れ替えてくれそうだと思ってしまう。
大事に、玄関とかリビングに飾って
視界に映る度に、少しだけ口角を上げるんだ。
その脳裏には、あの人が浮かんで。
ううん、花は2人の世界を華やかに彩る一欠片になっているかも。
「……、。」
そんなのは都合の良い妄想だと自分でも思う。こういう理想と願望の想像は、いつか現れる現実に打ち砕かれる。
期待なんてしない方がいい。もしくは妄想だと割り切った方がいい。
そもそも、私があのお客さんの相手に会うことなんてあるはずないんだから。
差出人の書かれていない手紙は、純粋なお礼だと思ったけれど、どうしたらいいか悩んでしまってリビングのテーブルに放置した。
─────
───
「時間通りだね」
「愛佳が早いの珍しい」
「今日は目覚めが良くてさ。いい事ありそう」
「なにそれ」
定休の今日。
愛佳に誘われていたランチは、所謂合コンというやつで。愛佳の人脈と夜の伝手で紹介された女性ふたりと会う予定になっていた。
「あ、あの子たちだよ」
「、うん」
髪の短い私たちとは反対に、待っていたふたりは髪が長くて、声をかけると笑顔を見せてくれた。
「はじめまして。志田愛佳です、友香から聞いてる?」
「渡邉理佐です」
「守屋茜です。聞いてるよ、うふふ、聞いてた通り軽そうだね」
「長濱ねるです」
…………抜群に綺麗な人、と
可愛らしい、名前が印象的な人。
私と一緒で、名前だけ名乗って言葉が止まってしまう。
待ち合わせしていた店でそのままランチをする。
初対面だったけれど年齢が近いせいか会話には困らなくて、他愛もない話から、休みの日は何してるとか、趣味とか、そんな話で時間は過ぎていく。
茜「ねるは長崎県出身なんだよ」
愛佳「へえ。なんでこっち来たの?」
ねる「勉強したくて。親には反対されとったけど押し切ってきた」
理佐「結構意思強いんだね」
ねる「意外?」
理佐「おとなしそうだから意外。でもそういうのかっこいい」
愛佳「理佐は自分のこと以外は受け入れる方だもんね。怒ると怖いけど」
ねる「私もそう。自分が曲げられないことがあるだけ」
愛佳「へえ、似てるのかもね」
理佐「あはは、誰もそうでしょ。怒ると怖いし、自分のことは曲げられないよ」
君と、私の強さは違う。
そう思って何となく愛佳の言葉を否定してしまう。似てる、という曖昧な言葉すら受け入れたくなかった。
ふと、視線をあげればねると目が合って、その強い目に緊張して目を逸らしてしまう。
え。怒らせたかな。さっきの否定は気を悪くさせてしまっただろうか。
不安が過ぎったけれど、次の瞬間にはねるは笑って話に混ざっていて
気のせいだったと言い聞かせた。
「連絡先交換しよー」
「うん。また会おうよ」
夕方。夕食まで一緒にするかと思ったけれど、茜は家族が、ねるには家で待っている友人がいるということで
連絡先をそれぞれが交換して解散になった。
「……、」
「理佐はねるが気になる?」
「、愛佳は茜気に入った感したけど?めっちゃ美人」
「私は美人も可愛い人も好きだけど、茜はどうかな。”気が多そう”って言われたし、また会ってくれるといいけど」
「あは。確かに」
愛佳とは互いに明日が仕事で、夕飯を食べて家に帰る。
1人で暮らすアパートに帰って、お風呂に入る。ベッドへ潜り、アラームをかけようとしてスマホにメッセージが届いていることに気づいた。
──また、会えますか?
「………、」
メッセージの送り主は、ねるだった。
いつからだったか覚えていないけれど、見たことあるな、と気づいてからはもう半年以上経っている。
そろそろかな、なんて思っていた頃見慣れた人が店のドアを開いた。
「いらっしゃいませ」
「こんにちわ。また、花を包んで貰えますか?」
「もちろんです。今日はどういう感じがいいですか?」
週休二日の、商店街に佇む花屋で私は働いている。
特に理由はなかったけれど、父が母に花を送ったその瞬間を見て子供ながらに感動した記憶があるから多分その影響だと思う。
でも、私は彼氏からもらった花束に何も感動しなくて、それを自覚した時自分でも傷ついた。
「……あの、相手は喜んでくれてますか?」
「え?」
「、いえ。すみません」
あの時の花に申し訳ない気持ちになる。同時に毎月花を受け取っている相手はどう思っているんだろうそう浮かんで、言葉がこぼれてしまった。
思わず出る愛想笑いに、その人はじっと見つめて数秒後、視線を右上に流す。
「…喜んでますよ」
「!」
「前のも喜んではいたんですけど、やっぱり今の喜びよう見ると違いますね。失礼な話、花屋さん次第でそんな変わると思わなかったので実感してます」
少し申し訳なさそうに。でも嬉しそうに笑う。私はそんな顔を見て、胸が苦しくなった。
「渡す相手のことを聞いてくれたのはここが初めてだったので、きっと相手に伝わったんです」
「……そんなことないです」
いつも、花束を相手に送るっていうお客さんには
相手がどういう人なのか、相手への思いとか、聞くことが多い。もちろんそういうことを不審に思う人もいるから全員ではないけれど。
「いつもありがとうございます、渡邉さん」
その言葉と熱と、重みに
じんわり、胸がきつくなる。
泣きたくなるみたいな感覚。
私はここで、何がしたくて、どうしたいんだろう。
心臓が締め付けられる、その感覚は。
どの感情や思考から生まれているんだろうか。
「 おつかれ様。もう終わり?」
友人の愛佳が、すでにCLOSEにしたドアを開けて入ってくる。
「お疲れ様。うん、8時まで」
「外のポストに手紙届いてたよ」
「なんで愛佳が取ってきてるの、お店のじゃん」
「りっちゃんの名前書いてあったから」
「え?」
「差出人は書いてないけど」
「……こわいんだけど」
愛佳がポストから持ってきたらしい手紙を受け取る。そこには確かに、わたなべさまって書いてあった。
差出人もなく、切手も貼ってない。
郵送ではなく誰かがここに持ってきたんだ。勤務は8時だけど、閉店は7時。その1時間の間に、誰かが。
ホラーのような展開に封を切るのに勇気が必要になる。考えてても仕方ないと思って、愛佳がいるうちにと退勤時間でもないのに手紙を開ける。
「なんて?呪いの手紙だった?」
「……いや、なんか…」
「?……"いつもありがとうございます"?」
「……お客さん、ってことだよね」
愛佳が横から覗き込む。
手紙には綺麗な文字で感謝が綴られていた。
──いつも綺麗な花をありがとうございます。
たったそれだけ。
それだけ。なのに、その思いだけをなんで手紙で寄こしたんだろう。
「今どき手書きも珍しいけどね」
「そうだね」
これは素直に喜んでいいんだろうか。
そう思うけれど、やっぱり嬉しい。
私が包んだ花たちは、どこかで母のあの笑顔をしている。それが10このうちのひとつでもいい。
思いが、どこかで。
そう思ったと同時に、片隅で
この手紙が、あの月1回買いに来るお客さんの相手だったらいいなと思った。
『ふわふわした子なんですけど、全然弱くなくて』
『可愛いですよ。でも、私、こんな見た目ですけどその子に勝てる気はしないです』
『大事な人です。花は……ずっと送り続けてるんです。少しでも喜んでくれるかと思って』
『本当はもういらないって言われてるんですけど、最近は喜んでくれて…。だから私も、その子に笑って欲しくて贈っちゃうんです。どこかで止めるべきかなとは思うんですけど』
やっぱり恋人なのかな。
可愛くて、ふわふわして。
でも弱くなんてない。
贈られる花束を、もういらないなんて早々言えない。
純粋に会ってみたい。
贈られる花束を包むことは多いけれど、贈る側の笑顔を見るばかりでその先で
両親のような光景が起きているかなんて分からない。
ドラマのように、悲惨に打ち捨てられる花だってあるかもしれない。
でもきっと、あの人の相手は
花瓶に挿して、水を入れ替えてくれそうだと思ってしまう。
大事に、玄関とかリビングに飾って
視界に映る度に、少しだけ口角を上げるんだ。
その脳裏には、あの人が浮かんで。
ううん、花は2人の世界を華やかに彩る一欠片になっているかも。
「……、。」
そんなのは都合の良い妄想だと自分でも思う。こういう理想と願望の想像は、いつか現れる現実に打ち砕かれる。
期待なんてしない方がいい。もしくは妄想だと割り切った方がいい。
そもそも、私があのお客さんの相手に会うことなんてあるはずないんだから。
差出人の書かれていない手紙は、純粋なお礼だと思ったけれど、どうしたらいいか悩んでしまってリビングのテーブルに放置した。
─────
───
「時間通りだね」
「愛佳が早いの珍しい」
「今日は目覚めが良くてさ。いい事ありそう」
「なにそれ」
定休の今日。
愛佳に誘われていたランチは、所謂合コンというやつで。愛佳の人脈と夜の伝手で紹介された女性ふたりと会う予定になっていた。
「あ、あの子たちだよ」
「、うん」
髪の短い私たちとは反対に、待っていたふたりは髪が長くて、声をかけると笑顔を見せてくれた。
「はじめまして。志田愛佳です、友香から聞いてる?」
「渡邉理佐です」
「守屋茜です。聞いてるよ、うふふ、聞いてた通り軽そうだね」
「長濱ねるです」
…………抜群に綺麗な人、と
可愛らしい、名前が印象的な人。
私と一緒で、名前だけ名乗って言葉が止まってしまう。
待ち合わせしていた店でそのままランチをする。
初対面だったけれど年齢が近いせいか会話には困らなくて、他愛もない話から、休みの日は何してるとか、趣味とか、そんな話で時間は過ぎていく。
茜「ねるは長崎県出身なんだよ」
愛佳「へえ。なんでこっち来たの?」
ねる「勉強したくて。親には反対されとったけど押し切ってきた」
理佐「結構意思強いんだね」
ねる「意外?」
理佐「おとなしそうだから意外。でもそういうのかっこいい」
愛佳「理佐は自分のこと以外は受け入れる方だもんね。怒ると怖いけど」
ねる「私もそう。自分が曲げられないことがあるだけ」
愛佳「へえ、似てるのかもね」
理佐「あはは、誰もそうでしょ。怒ると怖いし、自分のことは曲げられないよ」
君と、私の強さは違う。
そう思って何となく愛佳の言葉を否定してしまう。似てる、という曖昧な言葉すら受け入れたくなかった。
ふと、視線をあげればねると目が合って、その強い目に緊張して目を逸らしてしまう。
え。怒らせたかな。さっきの否定は気を悪くさせてしまっただろうか。
不安が過ぎったけれど、次の瞬間にはねるは笑って話に混ざっていて
気のせいだったと言い聞かせた。
「連絡先交換しよー」
「うん。また会おうよ」
夕方。夕食まで一緒にするかと思ったけれど、茜は家族が、ねるには家で待っている友人がいるということで
連絡先をそれぞれが交換して解散になった。
「……、」
「理佐はねるが気になる?」
「、愛佳は茜気に入った感したけど?めっちゃ美人」
「私は美人も可愛い人も好きだけど、茜はどうかな。”気が多そう”って言われたし、また会ってくれるといいけど」
「あは。確かに」
愛佳とは互いに明日が仕事で、夕飯を食べて家に帰る。
1人で暮らすアパートに帰って、お風呂に入る。ベッドへ潜り、アラームをかけようとしてスマホにメッセージが届いていることに気づいた。
──また、会えますか?
「………、」
メッセージの送り主は、ねるだった。