傷つけたくない。

――早貴だよ


その言葉に舞美の背中に衝撃が走り、同時に愛理の両手は壁に付かれた。

 
「ッ!」

「分かった。」


背中に重なる壁。舞美を囲う愛理の腕。
僅かな身長差のせいで舞美を見上げる形になる。

目を外さない舞美と視線を絡ませた。


「…やっぱり、舞美ちゃんは間違ってる」


舞美の目が、揺れる


「なに…言って…」
「私は傷つかないよ」
「!」

「私は、あの人に負けたりしない。私は―」
「違う!!」
「っ!」


愛理の顔が歪む。しかしそれ以上に――

「愛理は分かってない。勝ち負けの話じゃないんだ。一生消えない傷だって一生癒えない疵だってあるんだよ!早貴は――」

――そんなこといとわない―


愛理の眼前にある舞美の表情は、今までの『自制』でも、さっきまでの『苦痛』でもない。

愛理へ一心に訴える、『哀願』。


押さえ込んでいた愛理の腕を越え、舞美は意志を取り戻したかの様に力強く愛理の肩を掴んでいた。




愛理の小さく漏らした苦痛の声に、自分の手が無自覚に力が入っていたことに気づいた。



「ご、ごめん、愛理…」

「うん。平気」


勢いで愛理に迫ってしまった。いつも、触れたら止まれないと自制していた。だから偶然目に入ったり無意識に見てしまうことはあっても、自らの意思で愛理を見ることはなかったのに。


「…舞美ちゃん」


愛理の声に、思考が愛理に埋められている事に気づく。


「違う、…あたしは」

――まじないを―
―ノ ロ イヲ――


強く瞑る舞美の瞼を愛理は優しく撫でる。


「間違ってるよ」

「愛理…っ」


―ーー何で、わかってくれないの…


舞美は優しく触れる手を拒絶するように顔を背けた。追いかけることなく、手は降りていく。
 
 
 
「傷ついてるのは、私じゃない。」


視界を閉ざしても、この状況は舞美を逃がしたりしない。


「舞美ちゃんだよ。傷ついてる、心も、」


ブレザーを失い、シャツ一枚だった舞美のボタンに手を掛ける。


「身体も」
「…!?」


視界を閉じていたせいで反応が遅れてしまった。拒否が間に合わず胸元を開かれる。


「……増えてる…」

怒気を含んだ愛理の声。

愛理の視線の先、舞美の白い胸元にあるのは早貴の所有を表す赤いキズ。

屋上で、愛理が無言で見つめたのも、舞美が押し隠したのも、この赤い印。しかし、あの日見た時より確実に増えている。

堂々と存在を示すソレに、愛理は口付けを重ねていく。

舞美を占める早貴を、追い出すように。


「っあい、り…!」


舞美の声に愛理は止まらない。剥がそうと肩を掴む手も、哀願したときと比べられないほど弱々しかった。


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