傷つけたくない。

日中、いつもなら授業を受けている時間。舞美は屋上に来ていた…
暖かい気温。日影を作る壁に寄りかかり足を投げ出して座る。


「珍しい、来てたんだ。」

うとうとと意識を投げ出しかけたとき、聞き慣れた声に呼び戻された。

最低限の授業だけ出席する、
サボりの多い幼なじみ。同級生、気心知れた仲。親友…。言い表すには言葉が多すぎる人物。

嗣永桃子

「……」
「最近、どうしたの?」
「別に、なにもないよ」
「舞美」


逸らし続ける舞美の目を捕らえる桃子の眼。
強い眼を向ける桃子に舞美は視線を外し、ブレザーの内ポケットを見せる。桃子が無言で距離を縮め覗き込むと…

「!」

そこには『通話中』を表すスライド式の携帯が入っていた。

一瞬出そうになった声を抑え、自らの携帯へ文字を打ち込む。

『聞かれてる?』

目を合わせないまま舞美は頷いた。


「…つまんないなー。お昼付き合ってよ、舞美ー」
スタスタと距離を戻しながら会話を続ける。

「ごめん、もも。なっきぃと食べるから」
「えー。じゃあ、帰りは?」
「なっきぃと約束してる…」
「仲良いね」
「付き合ってるからね」

上辺だけの、なにもない会話。二人とも相手を視界に入れずにいた。

太陽の下、雲が泳ぐ空を見上げる桃子。舞美は顔を俯かせ、影から動こうとはしない。


「…彼女はここに来ないの?」

少しの沈黙の後切り出された言葉に、思わず舞美は桃子を見た。いつの間にか、外されていた桃子の眼は再び舞美を捕らえている。

「…真面目な、性格だからね…。こんな授業中になんて来ないよ。」

自嘲気味に笑う舞美に桃子はゆっくりと近づく。
いつもは見上げる位置にあって、さっき見た太陽の様に笑顔を見せてくれるのに。今は、低く、曇っていて良く見えない。

そんな舞美をそっとひと撫でして桃子は屋上を後にした。


・・・・・
屋上から続く階段を降りていると、先の廊下に愛理の姿が。
誰かに任されたのか、身体に合わない量の教材を抱えていた。にも関わらず、ぼーっと宙をみつめて歩いている。

その耳には、

制服のポケットから覗かせる携帯へと繋がる
イヤホンコード

桃子は思わず歩みを早め、コードへと手を伸ばし乱暴に愛理の耳からイヤホンを外した――。



◇◇◇◇◇ ◇◇◇◇◇



桃子が出て行ったあと、頭を撫でられた安心と一人になった気の緩みから、舞美は今度こそ意識を投げ出した。

――暗い、
真っ黒の中で誰もいない声だけの世界。
反復されるのは、まじないを唱える自分の言葉。

そして

一際響く、あたしの名前を呼ぶ
あの子の声―――


「っ!?」

色付いた世界へ引き戻される。開いた視界には微かに見える屋上と空、そして残りを余りなく占めるのは、愛理だった。
それほど近くに、愛理がいる。


「っ!」
状況を頭が理解するより先に自身の腕が胸元を押さえる。

少し緩く絞めていたネクタイは解かれ、第2ボタンまで閉じていたシャツは開かれて白い鎖骨を露にしていたのだ。

すぐに目覚めた理由を理解する。


声を発しそうになる口を片手で塞ぐ。

目の前の愛理は、口を閉じたままだ。先程まで見えていた首もとを見つめ続けている。
愛理からの身体に絡まる視線に耐えられず、俯き、体ごと逃れようとするがそれは叶わなかった。

舞美の投げ出した足に、愛理が跨がる様にしていたから。腰を落としていないことで体重がかかっていないけれど動くことんて出来ない。


ふと視線を戻すと、一点を見つめていた愛理の眼がゆっくりと舞美の目へと上がり

――重なる。
――囚われる。

今朝と同様に身体に力が入ってしまう。今度は自分の意思では解くことが出来ない。身体が微かにでも動かせない。


動けずにいる舞美。
独占する愛理。

無言の中、確かにある日常の音さえ遠ざかり無音に近づく。

そこには、繰り返していたまじないも存在をなくそうとしていた……


――ピリリリ


「――っ」

無音を破り携帯が着信を知らせる。その携帯は『舞美の物』だった。

その音を皮切りに、世界は音を取り戻す。どうやら既に授業は終わりを告げ同時に昼休みが始まっている様だった。遠くから気の抜けた声さえ届く。

舞美は慌ててブレザーの外ポケットを探る。その様子を愛理がどんな目で見ていたかなんて知りもしない。

まだ音を響かす携帯を取り出したときには、愛理は舞美の前から姿を消していた。

――ピッ


「…もしもし。どうしたの、なっきぃ」

















………
…………
―――――

――ピッ


会話を終えて、舞美の手はポスンと自身の足へ落とされる。

もうすぐ早貴がここへ来る。舞美の分の昼食も手にして。

「……。」


愛理がすぐ近くにあったさっき。数分経った今も舞美は動かずにいる。


肩を預けている壁に頭もあてて空を見上げる。

そのまま、答えのない、澄みきった青空を目を閉じて遮断した。


暗闇で自分を捕らえて、飽きるほどに繰り返される言葉をまた唱えた。

今朝かけたまじないは、さっきの出来事で薄れてしまったから、、、


『まじないを…』


――………ヲ…――
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