傷つけたくない。


「もも!!」


走りながら叫ぶ。短い距離なのに叫んでしまうくらい、舞美は桃子の異変を感じていた。


捕らわれ固まっている早貴の肩を掴む。動く意思のない体を退かし、無理矢理視線を外させた。

早貴との間に入るように桃子の前に立ち、屈んで目を合わせる。


「もも、しっかりして」

「……」


肩に手を置き、小さく揺する。


「…もも」

「……、…まいみ、」


まっすぐな目に応えるように桃子がやっと舞美を見た。


「大丈夫?」

「…ごめん、もう平気…」


桃子は顔を上げないが先程までの空気はなくなっていた。舞美は安心したように桃子から手を離した。


舞美の後ろでは未だ呆然としたままの早貴がいた。しかし、視界の端に写りこんだ何かに無意識反応し目を向ける。

それが何か理解したとき、早貴の意識もハッキリと戻ってきた。


「――鈴木、愛理…!」


途端に嫌悪感を露にする早貴。
愛理は歩みを止めてしっかりと対顔する。


「あなたとは別れた筈でしょ。舞美ちゃんを振り回さないで」

「『別れた』なんて、矢島先輩と同じこと言うんですね」

「事実だからでしょ」

「そうでしょうか」


顔をしかめる早貴に対し、無表情で返答する愛理。
さっきまで桃子に捕らわれ追い詰められていた早貴は、その釈然とした態度は感に触った。


それでも本能が勝ったのか、桃子から逃げるようにブレザーを奪い舞美の手を引く。愛理達に背を向け、体育館を後にしようとしたとき
 
 

――ゴト


早貴にだけ、音が伝わる。一瞬にして嫌な予感が脳裏を巡った。


勢い良く振り返る。視界を邪魔する長い髪が邪魔だ。

早貴の目が追う先―
桃子がいて、愛理がいて
その後ろ…、

愛理も気づいていない。


――栞菜が、


早貴は考える余裕もなく耳に手を当てる。


――手に持っていたソレを力一杯叩きつけた―――
 
 



愛理が後ろから鋭い風を切る音を拾う

「え、
―バアァァン!!!!!!


音が体育館を支配する。

そこにいた栞菜以外が身体を跳ねさせた。
投げた本人の身長を遥かに越え、空中を折り返しまた音を生み出しに戻ってくる。

木霊する音も散り散りになる頃、それは勢いを失い、生み出すことをやめる。
コロコロと音もなく動くのは、音の根源、先程まで栞菜の手にあった『バスケットボール』だった。

誰も何も出来ない中、力ない音が小さく響く。


「なっきぃ!?」


それに続いたのは舞美の声。早貴が耳を押さえたまま、膝を着いていた。しかし、あれほど執着していた舞美には目もくれず一点を睨んでる。


「……っあんた…!」


その視線の先に対するは栞菜だった。早貴に劣らない程怒りを含む表情でにらみ返している。

一歩踏み出すように片足を上げる。早貴はそれを見ただけで身体を強張らせた。

――栞菜の足元。
ついさっき音を生み出したもうひとつの根源の上。
そこにあるのは、

ブレザーの内ポケットに入っている筈の

『通話中』を示す携帯だった――


「会話の途中だよ。耳壊したくないならソレ外しな、盗聴魔」

「栞菜。」


愛理が止めたのはあくまで口の悪さであり行為に対してではなかった。


未だ下ろされない足。奪うには遠すぎる距離。


「…っ」


早貴は憤りを滲ませながら、押さえていた耳から手を離す。それと共に姿を見せたのは、ワイヤレスタイプのイヤホンだった。

舞美の制服にあった繋がったままの携帯。
栞菜の足元にある携帯。

どちらも同一のもの。それが繋がる先は早貴からたった今外された。
 
 


 
「矢島先輩と同じことを言えたのは、それでその時の会話を聴いていたからですよね。先輩から聞いたわけでも、事実だからでもなく」


早貴は立ち上がりながら、栞菜から愛理へ目に映すものを変える。


「だったら何?それでも舞美ちゃんがあんたに別れるって言った。ならそれは紛れもない事実でしょ?」


桃子や栞菜、当事者である舞美ですら会話へ介入は阻まれる。


「矢島先輩にも言いましたけど、それは結果です。理由も気持ちも、ちゃんと聞きましたか?」


二人は入るべきではないと理解した上で傍観している。
しかし舞美は、自らかけたまじないに縛られ動くことが出来なくなっていた。

 
 
「舞美ちゃんが…矢島先輩が、私を嫌って別れると言ったとしても、気持ちを知ろうとしない相手と付き合うなら、」

 
 
 
舞美の望みはたったひとつだ。

なのに、それを叶える為にすることが、逆に進んでしまう。
 
 
 
「私は、別れたりしません。」

 
 
 
――混沌。

 
 
 
「舞美ちゃんが壊れるのを見過ごすなんて出来ない。」

 
 
 
欲望と自制が


舞美を、見失わせる――



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