傷つけたくない。

舞美のすぐ後ろにあるドアがノックされる。


舞美の耳には届いた。抱きついている愛理にも届いたはず。なのに、離れるどころか動く気配すらしない。


それはきっと、距離を埋めても寂しさが多少も埋まらなかったから。
逆に穴が深まってしまった気さえした。


愛理の腕は舞美の背中に回され、額を首もとにすり寄せて、……

でも、


舞美の腕、手のひら、指先でさえ、


愛理に触れることはなかった……
 



ーー何かが、切れてしまう気がする。。。



そっと、愛理は身体を離す。舞美の視線を感じながら、顔を上げることが出来なかった。

自分で情けないと思ってしまう。何とか身体を離しても、自身の左手は舞美の制服の裾を小さくつまんだまますがりついている。

そんな愛理をただ見つめるだけで少しだって動かない舞美は、混沌の中で自分を見失っていた。


愛理がどれだけ追いかけていたかを、舞美は知らない。

舞美が何を思っているのか、愛理は分からない。

 
 
 
『……あいり』
 
 
静けさに消えてしまいそうな程の小さな声が届いて、愛理は外を任せた2人のことを思い出した。






解錠されていたドアを少しだけ開く。間近にいた栞菜に目でそくされて体育館の様子を覗いた。


「――え」


瞬時にわかる異様空気間。

愛理の後ろに回っていた舞美がそれに気づく。半端に閉めたシャツをそのままにドアを大きく開け、愛理の隣を走り抜けた。
 
 
 
遠ざかる背中に、今まで振り払ってきた不安が愛理を包んでしまう程成長する。


飲まれる――。


どこか遠くで直感が警告する。しかし、愛理は止める術なんて知らない。
留まれない不安。
『可能性』が『確定』してしまう。


多くの思考が駆け巡る中、身体がいきなりビクンと跳ねた。絡み合う思考は停止する。


肩に力強く置かれる手。顔を上げれば強い眼差しが愛理を支えてくれる。


愛理が術を知らなくても、止めてくれる存在が近くにいたのだ。


漠然と、栞菜に大きく支えられていることを自覚する。
再び前を向く愛理。
今日の終わり、どんな結果になっていとしても『ありがとう』と伝えよう。

小さな予定を決めて一歩ずつ歩き出す。

舞美とは別の意味で、栞菜の存在が愛理の心を大きく占めていた。




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