傷つけたくない。

「舞美ちゃんは私から離れたりなんかしないですよ」

「…そんなにしてまで、舞美自身を傷つけてまで、相手を縛り付けるの?」


早貴と対話するのは桃子ばかり。栞菜はじっとドアの前で二人を傍観している。

「何言ってるんですか?先輩だって『あの人』を誰かに取られる、なんて考えたら『周り』なんてどうでもいいと思いますよ?」

「――」


桃子の表情が固まる。視線は変わらない。しかし、桃子の目は早貴を映してはいなかった。
早貴は桃子とは真逆に全てを掌握しているように思わせる笑みと共に言葉を続ける。


「みんな、どうあっても欲しい人が出来たら分かりますよ。今私がしてること、至極当然だって」


「…なにかしたの?」


空気が変わる。いや、既に変わっていた。桃子の声によって一層強まっただけだ。


見開いた目は早貴を捉えているはずなのに、映しているものはなにもない。
さ迷う事なく一点捉えながら、見えない宙を見つめている。


「ほら。もう舞美ちゃんより『あの人』の話じゃない。親友のくせして」


「何かしたのかって、きいてるんだよ」


何も感じ取れない、ただ漠然と異色の空気が強まる。

後ろにいた栞菜でさえ、無意識に一歩遠ざかる。早貴は何故普通にいられるのか、栞菜は頭の隅で疑問に思ってしまった。


「…何もしてない。舞美ちゃんとのこと、何をしてくるわけでもない人に手間かけたって利がないじゃないですか」

「……」


空気が若干マシになった。
だがマシになっただけだ。難しかった呼吸が一息つける程度に回復しただけ。
 
 
 
「貴女も同じですよ、嗣永先輩。いえ、ほとんどの人が大切な人の為に、その人といる為にならなんでもしちゃうんです」

「……。」


桃子は乱された自身を取り戻すためか黙り込んでしまった。早貴は桃子の後ろにあるドアへ向かう為、足を踏み出した。邪魔を黙らせたことで、表情を読み取ろうとした瞬間

「―――」


ほんの一瞬。まじまじと見る気はなかった。目に入ればそれでいい、興味本意の一秒に満たない一瞬。

桃子の眼は、確実に早貴の眼を捕まえた――
 
 



見える全ての印へ口付けが済むと、はだけた肩口へ額を押しつける。


「…、……」

「…舞美ちゃん」


少し乱れた呼吸が大きく聞こえるほど、音はない。


「……好き、だよ」
「…ッ」


愛理の腕が舞美の背中へ回る。
舞美の呼吸が引き留められる。


響いていた音が消え、無音に感じた耳へ。


 微かに、
   何かが届く。


愛理が近づき、距離をなくしたことでやっと舞美に届く『音』

それは、愛理が舞美と対峙する直前まで耳につけていたイヤホンから漏れていた。


奏でられるのは、以前愛理と話した舞美の好きな曲――
 
 
(EZ)

2011/10/21(Fri)23:47

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2:くお
 

クラスメートがちょっと距離を置くようになって
先生に重い教材を運ぶよういわれて
先輩に怒られて

それでも、愛理はずっとイヤホンを着けていた。


舞美と話も出来なくて、遠くから見ることも可能なのは数分で。

僅かでも、ごまかし程度でも寂しさを埋めるためなら構わなかった。

栞菜は変わらず側に居てくれたし、桃子は説明したらちゃんと理解してくれた。それが、大きな支えとなり愛理は自身が思う行動を取ることが出来たのだ。
 
 
 
あの日、『携帯』の存在を知り会話は出来なかったが、久しぶりに舞美の近くに居れたことが愛理にとって救いだった。 桃子が自身に求めたこととは違うと分かっていても、近くに居ることだけでいっぱいで何も出来なかったのだ。


…襟元からほんの小さな赤さえ見えなければ、それは変わらなかったはずなのに。


いっぱいだった心は、舞美を占める印をみて一転する。
独占欲に駆られる。自分に抑制が効かなくなる。
触れる寸前、それは拒まれた。


目の前には言葉を抑え、目を泳がせる、あの人に囚われる舞美がいた。
愛理が舞美を捕まえても、無機質な電子音に引き戻されてしまう。


思わず愛理は逃げてしまった。あのままいたら、自身を拾われてしまうから。


舞美の好きな曲が、再び愛理を染めていく。
ずっと、舞美が居るように。

頭ではごまかしとは分かっていても心はそんなことどうでもいいくらい飢えていた――
 
 

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