緑⊿の短編系
「せんせぇー?」
「はいはーい。あれ?どうしたの、小池さん」
ただ、顔が見れるだけでいい。
「ちょっと体調悪ぅて」
「大丈夫?横になる?」
「お借りしていいですか?」
ただ、声が聞けるだけでいい。
「いいよー、いつから体調悪いの?」
「うーん、昼から、かな」
適当なことを言って足を進める。
先生はカーテンを開けてくれて、その横を通る。
その一瞬だけ近づく距離にいつもドキドキして
無意識に先生の香りを探す。
「帰らなくて大丈夫?」
「はい。少し休めれば…」
帰るなんてあかん。そんなの意味無いやん。
1日のうちの、24時間の内の、たった1時間にも満たないこの接点さえ
こうして嘘をつかなきゃ得られないのに。
「熱は無いの?」
「ないです。貧血かな?」
「肌白いしね」
「関係あります?」
「儚いなって思ってるんだよ?」
「……そう、ですか」
儚いって思ってくれてるんや…。
嬉しいかも。
褒め言葉か分からないけれど、そうやって先生の中で自分のことを考えてくれていることが嬉しい。
笑顔と一緒にゆっくり休んでね、と言われてカーテンが閉まる。
布団に潜りながら、耳をすませれば
先生の気配がして心が満たされていく。
小さい物音がして、時々椅子が動いたり
足音がして
頭の中で、先生の動きを想像する。
綺麗でかっこよくて、
私は、先生に恋をしている……
ーーコンコン、
ノック音から1拍置いて、ドアが開く音がした。
「土生先生、いらっしゃいますか?」
「はい、あ、菅井先生。先日はお疲れ様でした」
「ああ!いえいえ!こっちこそ迷惑をかけてしまって…!」
「そんなことないですよー。可愛かったです」
「はっ、!!いや!そんな!」
「あはは。また機会があったらおねがいしますね」
「っ、ふふ。はい。こちらこそお願いします」
先日ってなに。
聞いとらんけど、
迷惑ってなんかあったん?
可愛かったってなんやの??
先生達の行事ごとなんて全部知れるわけがないのに、すぐ近くで繰り広げられる知らない世界に不満が零れる。
モヤモヤした中で、聞きなれない声が小さく呟かれた。
?「あの、」
菅井「あ、ごめんね!土生先生、この子怪我してしまって!」
土生「ん?どこ?」
生徒に対して、先生の柔らかい声がして
またモヤモヤが大きくなる。
?「捻挫だと思うんですけど、挫いちゃって」
椅子の音がして、座ったことがわかる。
布の音がして、なんとなくだけど
足首を見せるために、靴と靴下を脱いでるのかなと思った。
あの長い指が、生徒の肌に触れている、
そんな所にまで想像が及んで、眉間にシワがよった。
あかん。ブスになるわ。
土生「あらら。ほんとだ。冷やさないとね。でもそんなひどくないみたい」
?「そうですか?」
土生「関さん頑張っちゃうからね。無理しちゃダメだよ」
関「っ、先生、名前覚えてるんですね」
土生「えー?全員じゃないけどね」
関「そう、なんですか、」
へー。全員覚えてへんのに、『関さん』のことは覚えとるんや。
土生「ちょっと冷たいよ、固定するから痛いかも」
関「はい、…っ!」
土生「ごめんね、大丈夫?少し我慢してね」
関「は、い…」
震える声に、さっきとは違う、優しくてしっかりした声が響く。
胸の中のモヤモヤは、収まる気配がなくて、
自分の黒さが嫌になる。
ヤキモチは行き過ぎると泣きたくなるんやなぁなんて、他人事のように思うけど
嗚咽を漏らしたら3人にバレてしまうから必死に耐えた。
土生「はい。終わりだよ」
関「、ありがとうございます」
菅井「ありがとうございます、土生先生」
土生「いいえー。関さん、酷くなるようなら病院行ってね。もし不安だったらまたここにおいで」
関「……っ、あ、はい。ありがとうございます!」
待って。いま絶対、『関さん』落ちたやろ。
絶対、あの子供みたいな笑顔見せたんや。
もしくは、かっこいいやつ全開にした!
2人の声がドアの閉まる音と同時に消える。
さっきまでの穏やかで幸せなだった心は
あっという間にすり減って、真っ黒に染まってた。
「……小池さん?」
「………」
「、大丈夫?起きれない?」
少し焦った声がして、心配してくれとることがわかる。
でも、顔を見せるわけにいかんかった。
「……大丈夫です、すみません。もうちょっと休ませてください、」
少し、突っ張った口調になる。
拗ねているのが全面に出てる気がして、かっこ悪い。
でも、それに先生は気づいているかはわからんかった。
「それは、いいけど…本当に大丈夫?少し顔見せて……」
「っ、あかん!」
「!」
布団に手をかける気配がして
声が大きくなる。
「……小池さん?」
「…ごめんなさい。落ち着いたら帰りますから、」
「………」
そんな私に、先生は言葉を返してくれなくて。わかったともダメとも返ってこなくて。
せっかく心配してくれた先生にひどいこと言ってる。
可愛くない自分。
嫌われちゃったかな、
もう、保健室来れんかも……
なのに、素直になることなんて出来なくて。だって、恋してるのも絶対迷惑なのに、嫉妬までしてるなんて、めんどくさい……。
真っ黒な心を誤魔化すように
壁を厚くするように
布団の中に潜り込む。
けど、
掴んでいた布団が急に手の中からなくなって
一気に明るくなった。
布団が剥ぎ取られたと気づくのには少し時間が必要だった。
「っ!!えっ、ちょっと!!」
「やっぱり、泣いてる」
「ーーーっ、」
布団を取り返そうと手を伸ばすけれど、その前に真っ直ぐ見つめてくる先生に阻まれて
動けなくなる。
「どうしたの?」
「………見んでよ、なんもあらへんから」
「……私には言えない?」
「………言えません」
言えるわけない。
こんなこと。
「ヤキモチ?」
「っ!はあ!?」
「あ、当たり?やったー」
図星を突いてくる言葉に大きく反応してしまったけれど、
そんなのを全然気にしてなくて、先生はにこにこしていた。
「みいちゃんは可愛いね、女の子!って感じ」
「………先生やって、綺麗でかっこいいです」
「そんなことないよ、」
「そんなこと、あるんです。せやから、さっき来た子も……!」
はっとして、口を抑える。黒いものが出ていくところだった。
でも、そんな私を見て
先生は子供みたいな笑顔を向けてくれた。
「方言、かわいいよね」
「ーー…………」
そっちかい。
いや、ええねんけど。ただ、ちょっと。
少しだけ、期待したっていうか。
「菅井先生はね、先生同士の集まりでお酒を飲む機会があってね。馬の話いっぱいしてくれたの」
「え?」
「関さんはね?最近転校してきた子なんだよ。みいちゃんは転校生きたの、知ってた?」
ティッシュで涙を拭いてくれる。
高い視線を、私のために合わせてくれる。
欲しい言葉を、送ってくれる。
「ヤキモチ、バレとった?」
「んー?んー、なんとなく、かな」
生徒に向けた声とは少し違う。
かっこいい声とも、違う。
きっと、先生自身の、素の声。
「せんせ、みいちゃんて呼んだらあかんよ、」
「ええー?誰もいないよ?」
「あかん。迷惑かけてまう」
「………んー、」
「?」
なんだか、ハッキリしない先生。
じゃあ、と言って鼻先が触れるほどに近づいて
いつもの可愛い声じゃない。
低い声で、ウチにだけ届くほどの小さい声で囁く。
「キスして?みいちゃん」
「っ、は、え?」
戸惑う私に追い討ちをかけるように、
そっと頬に手を置いて、耳元へ。
ーーー泣かせたままになんて出来ないよ。
顔が、全身が熱くなる。
緊張しすぎて、テンパりすぎて、体は小さく震え出していた。
頬に置かれた手に、自分の手を重ねる。
至近距離で視線が重なる。
土生ちゃんは、少しだけ口角を上げて、ゆっくりと目を閉じた。
「…………っ、」
整った顔。綺麗な顔立ち。
付き合ってるのが、不思議なくらい。
でも。
ーーーこの土生ちゃんは、誰にも渡せん。
土生ちゃんの唇に視線を落としながら、
触れる直前に自分の目を閉じる。
心臓の音は、きっと土生ちゃんに届いてる。
唇が重なって、堪らず少しだけ押し付けるようにした瞬間、
先生の長い腕が、私の体を包み込んでくれた。
心まで満たされて、
黒くすり減った心は、
土生ちゃんが癒して真っ白に染めてくれた。