緑⊿の短編系

ザーーー


なんてことないシャワーの音。
断続的で、全てを遮断してくれるみたいな感覚。


ごちゃごちゃしていた思考を洗い流して欲しくて、シャワーを頭から被ると頭の中は音に支配された。


「……」


けれど、そんなのは一時的で
すぐにじわじわと熱く粘ついた思考が染み出す。


理佐の熱。抱きついた時の香り。
誰よりも近く、耳元で聞こえた声、呼吸。

理佐が抱き寄せてくれた腰と肩をなぞるけれど、何もごまかせないほどに
身体はそれを覚えている。


「……っ、」


区切りが付くなんて有り得ない。
この恋が過去にならない限り、ずっと理佐を求めて、貰えた分だけ喜んで、もっともっとと欲深くなる。


ザーーーーーーーーー



消えて。

洗い流されて。


理佐の隣で笑う、信頼出来る仲間であり続けたい。





思考を止めるように音に集中する。
区切りを着けるように顔を上げて、無意識に止めていた息を吐いた。








「……理佐もお風呂どう?」

「え?」

「海行ったけん、髪痛むでしょ?」

「あぁ、そうだね」


シャワーから出た先で、理佐はシャワールームに背を向けてベッドに座っていた。ねるの声掛けに理佐は戸惑っているようで
さっきのやり取りが脳裏を過り足元がぬかるんだ気がしたけれど、振り切って言葉を続けた。

そうして、理佐は
ねると入れ替わりでシャワールームに入った。


「……大丈夫、。」


沼にハマりこまないように。
引きずり込まれないように。

ねるはアメニティを探し出して、見慣れないパッケージの化粧水を付けた。


シャワーが音がし始めて、理佐の行動に予想がつく。
掻き消すようにドライヤーを使うけれど、髪を乾かし終わってもシャワーの音はまだ続いていた。

お風呂なんて、グループにいた時は珍しくなかった。ホテルに泊まったら、当然の事柄だったし。なのに、こうして立場と場が変わった今、すべてが心の引き金になる。


いつの間にか座っていた自分の姿は、お風呂に出てきた時の理佐と同じだった。


「帰らなきゃ…」


帰らなきゃ。このままだと何か溢れだしてしまいそう。
過去に置き去りにしたいのに、まとわりついて離れない。恋心と言うには綺麗すぎる。執着に近い、理佐への感情。

好きだと言えば、切り離せるだろうか。
いっその事振られてしまえば先に進めるのか。

でも、その先で
理佐はねるの隣で笑ってくれるだろうか。

優しくて、気遣いと配慮の塊の彼女は、あからさまには離れていかない。
気づかないような一線を引き、手を伸ばせばいつものように届きそうな距離で、
絶対に触れられない距離を作り出す。

そしてそれに、ねるは怯えて。
もしかしたら理佐は変わらないかもしれないのに、ねるは、理佐から離れてしまう。


あの『ねる』は、その後『理佐』とどうなったんだろう。純粋で真っ直ぐな感情を注がれたまま、切り離されなければ『理佐』は離れたりしない。
そんな関係に、『ねる』は隠れながらに安心して信頼する。

恋人とは違うかもしれないけれど、誰とも変わらない特別な関係になる。
それはいつか、互いに『好き』よりも高みにかある感情に至ったりして──、。



「酷い妄想…」


秋元先生も酷だ。
同じ名前で、同じ呼び方で。
あんな、セリフを吐かせるなんて。


「ねる?」

「!」


振り返れば、化粧を落とし少し幼くなった理佐が居た。それは、あのドラマの頃を更に思い出させる。


───私はねるが好き───


あの『理佐』と、目の前にいる理佐は違うのに。


「……ぁ、お風呂出たんだ」

「うん。化粧水とかこれ使っていいのかな」

「たぶん。ねるも使っちゃった」

「じゃあ私も使お。流石に今日は持ってきてないしね」


こんなことになるなんて、思ってなかったもんね。
ねるもそうだよ。こんな、大人になって、綺麗になった理佐と
ホテルに来るなんて思ってなかった。


「理佐、」

「ん?」

「ごめんね。こんなことになって」

「……」

「ちょっと、疲れてたみたい」

「……全然大丈夫だよ」


帰ると騒いで、降ろしてと怒って。
降りた先では、抱きしめてと泣く。

疲れていたという理由だけじゃ、納得なんて出来るわけないのに。


「ねる、」

「!」


理佐は最低限のケアをして、早々とねるの隣に座った。

その距離に心臓が跳ねる。
広いベッドに、腰掛ける2人。理佐の体重分沈んだベッドは、触れ合えばすぐにでも、ねる達を迎え入れる準備が整っている。


「ここなら、誰にも聞かれないよ」

「え?」

「誰も見てない。誰にも迷惑なんてかけない」

「──……」


理佐の声は心地いい。
優しくて、柔らかくて。でもどこか凛としていて、頼りたくなる。


「…私、ねるに1番信頼してる人って言われて嬉しかったんだ」

「……、」


あの日。
あの時。

人前で泣くのが嫌いな理佐が、言葉なく綺麗に涙を流した。

覚悟していたはずなのに、溢れ出す感情と、すぐ目の前に迫った別れにねるも涙を堪えられなかった。
理佐が泣いている。それだけ理佐に、想われている。それが嬉しくて安心もした。


「だから、ねるの力になりたい。ひとりで泣かせたくない」

「……、でも」

「ねる。何があったの?」

「………」


卒業の話を1番にした。
理佐を信頼していた。

頑張っている姿を知ってる。
一緒に頑張ろうよりも、お疲れ様って言いたい。

ねるは、


私は──






「……好き、」







「……え?」



「…好き、な、人がいて」

「──…ぁ、ぁあ。うん」

「……でも、凄く優しい人だから、きっとやだって言わない。ごめんね、ありがとうって言ってくれる」

「……」

「離れたりしないし、今までと同じでいてくれる」

「……うん、」

「でもきっと、何かは変わって、今までのようには居られない」

「…」

「でも、好きで。せっかく一緒にいられる時間が、辛い…」


辛い、だけじゃない。
楽しいのも事実。

なのに、好きって思った瞬間に、足がずぷんって沼に嵌る。そうして、その不快感に心が負ける。


「……ねるは、その人と両思いになる、とか、思いが通じるとか、思ったりしないの?」

「……そんなこと、きっとない。私はその人にとって、ただの…友だち」

「……どうして?」


理佐はきっと気づいてない。

いつでも、私の想いが先で
理佐はその想いに応えてくれているだけだって。

理佐から、ねるに、想いを発信してくれたのは
あの『理佐』の時だけ。

そんな身勝手な思いに、ねる自身苛立たしくなる。


「…ドラマみたいにはならん」

「え?」

「好きだとか、守るとか、そんなのドラマの中だけやけん」

「──、、、」

「えへへ、変なこと言っとるね。ごめん」

「……」


あの『理佐』を追うのは止めよう。恋する相手が目の前の理佐であることは間違いないのに、あの熱を理佐に求めてしまっている。脳が勘違いしているんだ。
この恋心は、ここでお別れしなきゃ。


──やっててもいい。それでも私はねるを守る。


──私はねるが好き



あの、強い目や想いが
私に向くことは無い。

だって、理佐は私をそういう意味で好きなんじゃない。仲間で友人だから。
一方的な好意と、信頼。それに、理佐は応えてくれているだけ。

私はここで、こうして想いをこぼして
過去として置いていく──



「ねるは、あのドラマのことどう思った?」

「え?」


声に顔を上げると、理佐は足をぷらぷらさせながら、自分の足先を眺めていた。
なんだか子供みたいなその姿に、ごちゃごちゃ考えていたのが少しだけ軽くなる。


「渡邉理佐は長濱ねるが好きで、犯人に疑われても信じてた。むしろ犯人だったとしても守るって断言して、想いを伝えた」

「──……」

「ねるは、掴めなくてさ。告白したのもうやむやにされたし、犯人探しに話は移って、観てた人たちももやもやしたんじゃないかな」

「…そう、だね」

「私も正直、えー?私これ放置?って思ってたよ。でも、理佐はそんなこと気にしてなくてさ、ねるが信頼して自分を隣に置いてくれるなら、それだけで満足だったんだと思う。想いへの答えなんていらなかったんだよ。強いひとだったし、それだけ想いが真っ直ぐだった」


珍しいほど、理佐は話を続けて
私の相槌なんていらないほどだった。


「でも、そんなのはドラマの中の話」

「─…」

「ねるは、どう思ってた?」



話が、混乱する。

理佐は、なんでこんな話をしてるんだろう? 漏れ出た想いに、気づいたんだろうか?ドラマの話なんてしていなかったのに。探られてる?それなら否定すべき。バレたら嫌われてしまうかもしれない。
1番恐れていたことになる。

でも、質問に答えなきゃ。理佐の言うねるは、ねる自身?それとも『長濱ねる』という役? どの答えが正解?




ねるの言葉を待つ空間は
酷く息苦しい──。





「──ねる、は。理佐を、信頼してる……たと思う、。」


「………うん」

「……きっと、理佐は特別で。大切…」

「好きだったと思う?」

「……」


きっと。

たぶん。


「恋愛的な、好きじゃなかったと思う…」

「ふふ、だよね。ビックリしてたくらいだし。たぶん、良く懐いた番犬とか、協力者だったよね」

「………」

「……叶わない恋だったのかな。でもきっと、その時隣にいられたなら、理佐は幸せだったと思う」


たぶん。
特別だったとか、大切だったとか、そんなことすらねるは思っていなかった。
けれど、あの告白で何かは変わったはずだと思ってしまう。

身を呈して守り、どんなに疑われても信じ、そしてねるが犯罪を起こしていたとしても守ると断言した。


「あの台詞は緊張したなぁ。何回も言い直して……。ねぇ、ねるは何を思ってた?」


───理佐も私がやったと思ってるの?



「──………、」

「ねる?」

「、、、理佐の想いは叶うよ、きっと」

「え?」


誰とも同調しない。
何を言われてもブレない。
叩かれれば許さないと殺意を込める。

人を馬鹿にしたねるが、

たった一言。試すかのように
零した弱音。


「ねるは、理佐を好きになる」

「──……」


理佐の存在に救われた。

隣に立つ、避雷針のような彼女を。

ねるが何も感じないわけが無い。






「───、!?─あ!いやっドラマの話!!」

「……ふふ、」


急に我に返ったねるに、理佐は笑う。

ドラマの中では決してなかった、無邪気な──





「ねる?」

「へ?」





「渡邉理佐は、長濱ねるが好きだよ。ずっとね」





「──え?」

「帰ろうか。今度は途中で降りるとか言わないでね」

「り、理佐!?」



何故か理佐は、ご機嫌にドライヤーを使い始めて
髪を整えると車に乗って、約束通り家の近くまで送ってくれた。


最後の台詞は、少し強気で。
どこか熱を持っていた。

それはあの『理佐』みたいだったけれど、その余裕と微笑みは『理佐』からはかけ離れていて。




───渡邉理佐は、長濱ねるが好きだよ。ずっとね。



「…………なん、それ。」


『それって、どっちの意味?』


聞けない疑問が、熱を燻らせる。
答えが幾重にも渡る疑問が、心を上げては落とす。

どこかにこぼすことも、置き去りにすることも、
過去にすることすら許さない。


恋心は、これからもねるに絡みつく。



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