緑⊿の短編系




───やっててもいい。



私はねるが好き。









───ピピピピ、ピピピピ


「…………、、あぁ、」



寝起きで出た声は、自分じゃないみたいだったけれど現実だと認識するのには十分だった。


スマホから鳴るアラームを止める。
カーテンの隙間から入る日差しの強さに今日は晴れだと思いながら、体を起こした。
布団の中は名残惜しいほどの心地良さだったけれど、夢の中には戻りたくなくてそのままベッドから抜け出た。


アラームに帳尻を合わせたかのような夢が、シャワーを浴びながらも脳内で繰り返される。


「………なんで、今日、」


なんで。

いや、むしろ。
今日こそ、見るタイミングだった。

けれど、よりにもよってなんで今日。
結果にたどり着く理由なんて考えなくてもわかるのに、なんでなんでと疑問と否定が混ざりあって頭の中が気持ち悪い。


「…はぁ。ブス過ぎ…」


鏡の中の自分に吐く。

─せっかく理佐に会うのに。




ねるが卒業して。
理佐が卒業して。

互いがひとりで活動するようになって。

頑張りたいし頑張って欲しい。
理佐は今までもずっと頑張っているから、どちらかと言うとちゃんと息抜きと休息を取って欲しい。

それが、これからの時間に当てはまるなら嬉しい。でも、理佐は本当はどう思っているんだろう。


あの夢の中の理佐は、『ありがとう』というねるの言葉を、どう思ったんだろうか。



◇◇◇◇◇◇◇◇


「ねる、こっち」

「あ、お待たせ」

「ううん。お疲れ様」



ブスを誤魔化すように深呼吸して、お気に入りの服を着て、かわいくお化粧した。
予約したカフェのメニューを調べて、何を食べよう、これおいしそう、と考えて夢をなるべく端へと追いやってきた。

朝見た鏡の中の自分より、マシになっているはず。


「何食べる?」

「ここ来るまでに、だいたい決めてきたんよ。ほら、これオススメだって」

「おいしそう。私も食べたい」

「じゃあ、別のも頼んで半分こしよ」

「いいの?ありがと」


理佐は、綺麗になった。
綺麗でかっこいいのに、可愛さもある。

強い目に惹かれたときもあった。
可愛さに心打たれた時もあった。
綺麗さに、心を焦がしたこともあった。

グループの中で、凛々しく立つ姿に
何度苦しくなったか分からない。


けど、理佐はそんなこと知らない。


──『私はねるが好き。』


あの言葉に、理佐の心に、

演技では無い熱があったなら……



「──ねる?」

「ん?」

「大丈夫?やっぱり疲れてた?」

「、ううん。ごめんね、ぼーっとしとった?」

「……ううん、気になっただけだよ」


少し眉を下げて笑う。
本当はぼーっとしてたはずなのに、気にさせないようにする。気遣いと優しさは、変わらない。


「理佐こそ最近忙しいでしょ?」

「うん、少しずつね。本当ありがたいと思う。出来てないことばっかりだし、もっと頑張らないと。ねるのドラマ見て勉強してたよ」

「え!ねるの勉強するところなかよ!」

「なんで」

「なんでって、!?」

「ねるは頑張ってるじゃん。ドラマも、他のことだって。演技ももちろんだけど、ねるを見て頑張ろうって思ってるんだよ」

「───っ、ねる、だって。昨日もりっちゃんのドラマ見て……」



そう。理佐の、ドラマを観て。

だから。

あんな、夢を。


「…ねる?」

「……ううん。理佐、頑張ってるから、無理しないで欲しい。それだけ心配」

「………」



それから。
美味しいデザートと、カフェこだわりのコーヒーを飲んで
あっという間の時間を過ごした。

理佐は沢山話をしてくれたけど、夢と現実とドラマがごちゃ混ぜになって
よく覚えていない。

もったいない。
また会えるのがいつなのか分からないのに。



「……じゃあ、」

「ねる」

「?」

「私、免許取ったんだよ。少しドライブしない?」

「え?」


カフェは駐車場なんてなかった。
それが顔に出ていたのか、理佐はすこし自慢気に「少し離れたパーキングに車停めてきた」と続けた。


そういえば卒業の時車運転していたな。助手席に座るおぜちゃんが羨ましかったんだっけ。


「慣れた?」

「いや、休みの日に運転するくらいだから、あんまり」

「え。事故らんでね」

「がんばる」

「…どこ向かうと?」

「うーん。行きたいところある?」

「……海、とか?」

「いいね、海。まだ寒いかもだけど」


理佐は車のナビで近くの海辺を設定すると車を走らせた。


「ねるはさ、グループに居た時の活動とか映像見返したりする?」

「するよ。恥ずかしいけど」

「分かる。演技とか下手すぎてね」

「…あはは。でもみんな必死だったよね。ライブも。今あんなに踊り続けられないよ。体力凄」

「ふふ。確かに。最初は体訛ってる気さえしたもん」

「アスリートじゃん」


演技、というワードにドキリとした。
ドラマの話にならないようにしてしまったけど、不自然じゃなかっただろうか。

軽く理佐を見てみたけれど、理佐は運転で前ばかり見ていて、何も気にしていないみたいだった。


前ばかり見て。その視線の先に、ねるはいない。
理佐はきっと、どんどん進んで、少しづつ夢を叶えていく。そのための努力を厭わない。

こうして会うことも、少なくなるかもしれない。


「……」


早く、この恋心が過去になったらいい。















「わー、、、海や〜」

「さささ、寒い!!ねる!寒い!!」

「りっちゃん寒いの弱くない?」

「なんで平気なの? 風強いし!」

「海なんてそんなもんやん」


ビューって吹く風に、理佐は肩を震わせて首を埋める。それが可愛くて、つい笑ってしまう。


「……うー。ねる、車入ろうよ」

「えー?まだ歩く」

「、じゃあ一緒に行く」

「ふふ、りっちゃんは優しかねぇ」

「……」

「、?」


ざく、ざく。

砂浜に足が少し埋まる足音。


びゅうっ。

セットなんてお構いなしに、髪を乱す海風。


「………ねぇ、理佐?」

「、うん?」

「………」

「……ねる?」

「…ドラマ、楽しい?」


何を、聞きたいんだろう。私は。


「楽しいよ。まだまだだし、迷惑かけてばかりだけど、やっぱり全力でできるって楽しい」

「……旦那さんも素敵だもんね」

「え?」

「ああやって家庭を持ったり、家族を思ったりするのかな。私たち」

「……そうだね。いつか、そうなるんじゃない?」

「……」



本当に、何を聞きたかったんだろう。

こんな泣きそうになってまで、馬鹿みたいな質問をして。


「ねる?」

「──やっぱり寒いね。もう戻ろっか」

「、ねる、待ってよ」

「りっちゃんも寒いでしょ?ごめんね、付き合わせて」

「ねるってば!」


海なんて来なきゃ良かった。
もっと遊べるところとか、やることがある場所にすればよかった。そうしたらこんな質問しなかったのに。

ナイフを自分に刺す、そんなことしなかった。そんなことで恋心は終わらないって分かってたのに。


「ねえ!」

「!!」

「………なんで、泣いてんの」

「……っ」

「私、なんかした?」


砂浜に足を取られて
風で視界が悪くて。

ねるはいとも簡単に理佐の腕に捕まって、溢れる一歩手前の涙を見つけられてしまう。

理佐の顔が見れなくて。必死に顔を逸らした。


「何もしてない。」

「してなくないでしょ。泣いてんじゃん」

「これは、ゴミが…」

「何その少女漫画みたいな嘘」

「…、」


理佐が、逃がしてくれない。
1歩引いて、腕を広げて待っていてくれるはずの理佐が。
ねるの腕を掴んで、逃げようとするねるを離さない。


「……なんでもない。ちょっと思い出しただけ。理佐は何もしてないよ」

「…言えないの?」

「……」

「…………」


ゆっくり、少し悩んで。理佐はねるから手を離した。


「……ごめん、痛かった?」

「ううん」

「車行こ」


泣いて、前が見えないと思ったのか、
どこかに行ってしまうと思われたのか、
理佐は車までねるの手を引いてくれた。
さっきとは違う、いつもの理佐の優しい手。


「……」


──もっと強く、して欲しい。

あの、ドラマの時みたいに。
『ねる』を力いっぱいに抱きしめる『理佐』を求めてしまう。
あの『ねる』は、殺意に埋もれて何も感じていなかったけど。



バタン!!

音を立ててドアが閉まる。

目の前はさっきと同じ海なのに、音は酷く遠くなって、風は完全に遮断された。


「……ねる」

「…、何?」

「ねるって、方言どうしてるの?」

「え?」

「仕事中とか、」


突然だった。グループにいる時からそんなに方言が出るわけではなかったし。だって、方言だけだと伝わらないことも多くて。だからどんどん遠ざかって。
意識して閉ざして、気が緩んだ時に漏れてしまう。そんな感じ。

そんなこと、知っていると思ったのに
理佐はふざけている様子もなく、車のシートに寄りかかりながらねるの返事を待っていた。


「……仕事中はほとんど出さないかな。今は、友人とか親しい人と話してると出ちゃうくらい、」

「意識してると、抑えられちゃうのかな」

「そうだね。どこかで、ストッパーがあるのかも」

「演技とか、嘘とか?」

「嘘、?」

「………」

「──!」


理解が追いつかなくて、理佐を見る。
瞬間、強い目の理佐と目が合った。

もしかして。

でも、そんなこと。

意識して聞いてなかったら、気づかない─


「ドラマの話の時、方言なくすよね」

「そんな、こと、」

「さっきも。なんでもないって普通に喋ってた」

「っ、偶然、やん!」

「……話したくないなら、そう言えばい
い」

「……っ」

「私は、ねると話せなくなる方がやだ。なんでもないなんて、嘘でしょ?」


ねるは今、どんな顔をしているんだろう。
朝鏡で見た、あんなブスな顔しているんだろうか。

好きな人の前で。


「っ、」


あの夢は、返事をしたかったのかもしれない。私も好きだって。

でも、アラームが鳴り。結局ねるは、ドラマでも夢の中でも、理佐に返事をしないまま
現実へと引き戻される。


「………、ごめん。帰ろうか」

「………」


『私も好きだって』?

なんて、自惚れ。

理佐が、ねるを好きなのは、ドラマと夢の中だけだ。
今だって、何も言わないねるに呆れて、帰るために車を走らせる。

エンジンとタイヤの音だけが、車内を埋める。


「……止めて」

「え?」

「止めて。自分で帰る」

「は?何言ってんの」


耐えられない。
こんな、嫌な帰りも、呆れられてると感じる時間も
自分勝手さにも。


「こんな所で降ろすわけないでしょ」

「やだ。もう帰るけん」

「だから送るって」

「自分で帰るったい!降ろして!」

「……っ、少し黙って」

「…!」


理佐は信号待ちの間にスマホをいじると、ハンドルを回した。


「どこ行くと?」

「黙っててよ」

「…っ、」


時間的にはたいしたこと無かったはずなのに、その時間がとても長かった。


「、え、!?」

「……」

「待って、ここ、!」


理佐は流れるように車を停めると、ねるの意見なんて聞かずにエンジンを切り車を降りた。
そして、ねる側のドアを開けて腕を引く。


「ま、待って、りさっ」

「いいから降りて」

「っ!」


少しの圧。強い目。
腕を掴む力は、海にいた時と同じ、。

番号を押して、室内に入る。
部屋に堂々とするベッド、大きなテレビ。ガラス越しのお風呂。


ここは、ラブホテルだ。


理佐は荷物を無造作に置く。
普段の理佐なら、ありえなかった。


「……なにがあったの?」

「…、」

「途中で帰るとか降ろせとか。ねるらしくない」

「………理佐こそ、こんな所に連れ込むなんてらしくない」

「ねるがおかしいからだよ。私だってねるとこんな風に来たくなかった」


でも、下手なところで騒げば
人目に付くから。
だから、普段乗らない車で、スマホで調べたホテルに来た。

でも。
『ねるとこんな風に来たくなかった』

その言葉に、心臓が痛くなる。


「やっぱり、私が何かした?」

「……、」

「ねる……」


その声に、自分の名前が紡がれるのが嬉しい。
その目に、ねるが映るのが嬉しい。
その耳が、ねるの言葉を待ってくれる事が、嬉しい。

その腕に、捕まえて欲しい。


「理佐…」

「!、なに?」

「……抱きしめて欲しい、」

「……え?」

「いい?」

「……っ、いい、けど…」


ねるの荷物を床に落とす。
上着を脱いで、荷物の上に置いた。

そして、ねるより背の高い理佐に抱きついた。


「───……っ、」

「ねぇ、理佐も」

「…ぁ、うん」


ねるが、下から背中に手を回し。
理佐はねるの腕の外側から背中と腰に腕を回した。


──気持ちいい。


気持ちがあるとか無いとか、そんなのは、掻き消される。理佐の体温がねるを包んでくれて、ねるの腕の中に理佐がいる。
それが、、、


急に、涙が溢れ出して。
嗚咽が言葉の邪魔をする。それを伝えるように、皺なんて気にもせず理佐にしがみついた。


「──……っ、ふ」

「、ねる?」

「りっ、ちゃ…っ、ごめんなさ、い」

「──っ、謝ることなんてない」

「ねる、こんな、で。せっかく、会えた、のに、!」

「いいんだよ。私はねるに会えただけで、」


この恋心が過去になったらいい。

なのに、ずっと。理佐に恋をしてる。


呆れられたら、耐えられない。
次がないなんて、耐えられないの。

この温もりを、誰が味わったの。
誰の温もりを味わったの。


あの台詞以上の熱を込めて、言葉を吐かないで。

あの強さ以上の力で、誰かを抱きしめないで。














───こんなの、最低すぎる。














「……、、っ、ごめん。もう大丈夫、」

「……、ほんとに?」

「うん。っうぅ、顔ぱんぱんかも、」

「ふふ、そうだね。泣いちゃったからね」


ずびずびと、鼻水を啜るねるに、理佐は背中から手を添えたままベッドの枕元にあるティッシュを取ってくれた。


「シャワー、借りてきていい?」

「?、顔洗うんじゃないの?」

「、海で髪、やられちゃってるから、。このままシャワー使いたい」

「……いいよ」


朝から溜め込んでいた感情は、涙とともに流れたみたいで
ひと泣きした頭は少し落ち着きを取り戻していた。

恋心という名の、嫉妬と独占欲にまみれた感情に、
少し区切りが付けられるかもしれない。


理佐に抱きついて、抱きしめられて満たされた私は
そんな呑気なことを考えていた。




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