緑⊿の短編系




……もう帰るの?


ーー門限過ぎてるし、


泊まってけばいいのに。


ーー朝帰りは夜帰るよりも面倒なんだよ


……ふぅん。


ーー………。



最中のキスにはなんの感情もない。
肌に残った感覚は、ただの穴埋めだった。

服を着て、なんの知らせもないスマホで時間を見る。
とうに、門限はすぎていた。

分かっていた。
けど、心のどこかで安堵する。

”君”への繋がりは、門限に縛られた時間しか…私には無い。
それは夜になる度、訪れる。


「ねぇ」

「!」

「朝帰りなんて、しなくていいじゃん」

「………」


玄関に向かおうとした体を、抱きしめられる。
せっかく着た服を、細い指先が絡みついて
この身から引き離そうとする。




……あぁ。めんどくさい人捕まえちゃったな。



「!」

「…私は、あなたの望むものにはなれないよ」



体を反転させて、彼女と向き合う。
私の言葉に、彼女は満足そうに笑って私を抱きしめる。

キスをしながら服を脱がされる。
脱ぐ動作に合わせて、角度を変えて深くキスをする。
時折漏れる息が、これから始まる熱を知らせてきた。





あなたは、違う。

肌に這う指先も

私を見る瞳も、熱も

名前を呼ぶ声も……。


「ん、ぁ……」

「……、、」

「りさ、。ん、」


紡ぐ言葉は同じなのに、なんで。
長い髪も、柔らかい表情も、肌の色も、
同じなのに。なんで。

何も違わないはずなのに、何もかもが違う。


「―――……っ、」


思い出してしまったその人を、
遠ざけるように。塗りつぶすように。


それがなおさら、私はあの子じゃなきゃダメなのだと示し出されると知りながら

私は相手を抱き潰した。














────門限を過ぎ、灯りの乏しい寮の窓に手をかける。抵抗なく開いたそれは、内側から許されている気がして
少しだけ安心した。


「………。」


物音を立てないよう、静かに入る。
傍から見たら不審者だし、


ねるは。

私が帰る頃いつも寝ている。

それはあまりに勝手で利己的な物の見方だと、自分自身に指を刺される。
正確には……ねるが寝ている時間に、私は寮に帰っている。



『………ねる、』


布団に潜る、ねるの寝姿。

燻った熱に誘われて、ねるに手を伸ばした時もあったけれど
触れたことは1度もない。


好きだなんだなど、意味は無い。
色んな人を抱いたこの体が、汚れてるとも思わない。抱いてきた女性たちはみんなキレイだった。


けど。


君に触れる資格はない。
好きだという感情は、気持ちを押し付ける理由にはならない。




私は、あの夜を────













───ピコん。


「ーーー……。」


スマホが何かを知らせて、そんな僅かな音に意識が引き上げられる。

現実味に溢れたさっきの出来事が、夢だったと理解すること、そしてその事実を受け入れるのには
数秒の時間が必要だった。



そんな思考に踏ん切りをつけて、スマホを探して開く。寝起きには辛い機器の光が目に刺さって、思わず目を細める。
それでも何かに惹き付けられるように、メッセージアプリを開いた。




ーーーねる、怒ってるよ。帰らなかったの?


「………、あぁ…」



寝起きの頭では意味がわからず、状況を見直す。
見慣れない布団と部屋。そして、カーテンの隙間から差し込む清々しいほどの陽の光に、声が漏れた。



「ねるに、会えなかったな……」



朝。

君と違う部屋で目覚める。


それは、君と繋がれる唯一の時間を手放した証拠だった。


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