緑⊿の短編系

10月31日。
ハロウィン。

愛佳に早朝から来るよう呼び出されていたねるは、布団の中に丸まる理佐に声を掛けて家を出た。


「どうしたとー?」

「あぁ。早かったね、良かった。理佐は?」

「寝とる。相変わらず朝弱いけん、起きんばい」

「あぁ、あれは昔からだからね。むしろねるはよく起きられるよね、吸血鬼なのに」

「生活する分には特に変わらんばい、理佐が欲しくなるくらいで、人を襲いたくなるとかもなか」


無意識に出た言葉に、愛佳は何かを確認するように頷く。


「?」

「いや、定期的に血が欲しくなるのは、身体を保つために必要なことだよ。番だけに対象が絞られているあたり、暴走していない証拠」

「ふうん、」


元々血を欲しがらない理佐の番だからか、ねるも理佐を頻回に求めたりはしない。
……性欲は、別として。


「今日だって、身体特に変化ないでしょ?」

「え?」

「ヤバいやつは朝からおかしくなるから、念の為早めに来てもらったけど」

「なに?どういうこと?」


愛佳はニヤリと笑って、まるでクイズを出す子供みたいに指を立てた。


「今日は何日?」

「…10月31日?」

「そう。なんの日でしょう?」

「ハロウィン、」

「そう!お化けの日!」

「………おばけ、」


笑いながら、ちゃんと言うと違うけどね、と少し見透かした目をする。
愛佳は統制者だから、時折見せる影はドキリとする。彼女に、なにか間違いなんてことは起こらないのかもしれない。


「要は、ハロウィンに騒ぐ気とか、それに吸い寄せられた所謂悪霊、幽霊がいるんだよ。吸血鬼や人外も、それに当てられるやつがいるんだ」


仮装にドラキュラや吸血鬼は定番でしょ?なんて言う、その顔は何故か楽しそうだった。


「なんでそんな楽しそうなん?」

「統制者っていうのは想像より退屈なんだよ。見たくもないものすら分かっちゃうからね」

「……」

「でも、このハロウィンだけは予想が出来ないし分からないの。万が一が起きないように予防を張るのは大変だけど」

「万が一って?」

「我らが吸血鬼たちが、人間を襲う、とか」

「──……、」


そういえば。
朝だからかと思ったけれど、てちも、松田ちゃんたちもいない。
邸はいつもより、人気なく、音がない。


「みんなは?」

「人から離れてる。で、ねるは理佐から離すために私が呼んだってわけ」


今日は大人しくしてなと愛佳は笑う。
その言葉に、ねるは不服が漏れる。


「……ねる、吸血鬼ばい」

「…そうだね。でも根本は違う」

普段軽い愛佳が、1拍置くのは、真面目な時。何をどう伝えるか、彼女の中で整理しているんだと思う。統制者はあまりに情報を持ちすぎて、知らない苦労を抱えている。


「……」

「…ねるは人間から理佐の血をもらって変化した。だからきっと、ハロウィンの気に当てられることもない。生活に特別変わりが無いこともそう。でも純粋な吸血鬼は違う」

「……理佐になら襲われてもよかよ。離れる必要なかばい」

「ねる。吸血鬼を甘く見ちゃだめだよ。あいつらは人外で、人の血を食らう。当てられて理性が効かなくなった吸血鬼がどんなものか、知らないでしょ?」


理佐なら、いいのに。
むしろ、苦しい中で1人にさせておくことの方が心配。もし、どこかへ行ってしまったら。
もし万が一にでも、ねる以外の血を食らうなんてことがあったら……それこそ、許せない。


「理佐がねる以外を襲うなんてないよ」

「!」


ハッとして顔をあげれば、愛佳は苦笑いしていた。
嫉妬、ならまだいい。これが怒りや敵意だったら、だいぶ危ないと思った。


「ねるを求める、それこそが理佐の本能だからね。だからこそ危ない。ねるだけに向けられる欲は、ねるを壊すかもしれない」

「………」

「……ハロウィンを終えて、正気に戻った理佐が泣くところなんて見たくないでしょ?」


涙を、流させたくない。
傷ついて欲しくない。

それこそ、ねるのせいでそんなことになるなんて、避けたい。

その思考に辿り着いた後は、なんの不服も葛藤もなくストンと愛佳の提案を受け入れられた。


「……今日1日、ここにいればよか?」

「そうだね。念の為明日の朝くらいが理想。番への欲は、本当に予想ができないから」


特に理佐みたいな普段欲がないやつはね。


そう言った愛佳を、ねるはいつものように笑ってると思って顔を見たけれど
想像を裏切って真面目な顔をしていて心臓がひゅんって冷えた気がした。


「?、大丈夫?」

「あ、…うん。愛佳が真面目な顔しとるけんびっくりした」

「あはは。普段はある程度分かるからね。今回は特別。それに、二人が番になってまともにハロウィン過ごすの初めてでしょ」

「…確かに」

「理佐は何だかんだと後ろ指さされたって、吸血鬼には違いないからね。ねるもいつもの理佐だと思わないこと」


理佐とは、番契約をして
でも、理佐は永く眠っていた。
眠っているという表現があの頃の理佐に当てはまるかは分からないけれど、死んでいたと思いたくなくてねるの中では眠ってたんだと認識している。


そんなこともあって、落ち着いてハロウィンを過ごせるのは初めてだった。
せっかくのイベントを一緒に楽しめないのは残念だけど
愛佳の言う通り、理佐が傷ついて泣くなんて見たくない。


「……理佐のコスプレとか見たかったばい」

「べつにハロウィンじゃなくてもやらせればいいじゃん」

「ハロウィンやけん着せたか!」

「まあねー。でも何やらせたいの?まさか吸血鬼とか言わないでしょ?」

「えー?」


理佐が着たいものなんてなさそう。

お巡りさんとか?スタイルいいけん、ピシッとしたの格好よか。
あ、でも狼もよかよね、獣耳付けてとか。

りっちゃんにしっぽとか生えてたら可愛かぁ。

あとはぁ


「ねる。ねる?」

「ん?え?」

「楽しそうなとこ悪いけど、顔やばいからね。自覚しときなよ」

「………」


危ないあぶない。


「暇でしょ。なんか飲む?」

「ん、良かと?」

「いいよ、客人なんだから」


理佐の昔話でもしてあげよう。
なんて笑う愛佳に、ねるはにこにこしながらお茶をもらいに立ち上がった。














───…コン、














─────コンコン、








「──…、?」



───ねる?


「……理佐、?」


夜中の0時。
月明かりに照らされた部屋は馴染みがなさすぎて少しの物音でも目が覚めた。

小さく、気を遣うようなノック音の後、潜めた声がして。期待もあったのか、それが理佐だとすぐに分かった。


「……どうしたと?」

───ドア、開けてくれない?

「……だめ。愛佳に明日の朝までは会っちゃいけんって言われとる」

───ねるに会いたい。大丈夫だよ、顔見たら帰るから

「………。理佐はドア開けれんと?」

───吸血鬼は招待されないと中には入れないんだ。今夜はその縛りが強いみたい。

「……」


吸血鬼としての力が、強いから…?


ドア1枚挟んだ先に理佐がいる。
ドア1枚が理佐とねるを阻んでいる。
でも、ドア1枚が、ねるを守っているとも言える。

『いつもの理佐だと思わないこと』


声しか、聞こえない。
それは理佐がどういう状態か分からないってこと。

様子を伺うための覗き見すら出来ない。


───ねる?

「!、朝、すぐに会いに行くけん。今夜は帰って?」

───だめなの?

「──っ」


悲しそうな声。
きっと、ドアを開ければ耳の垂れた子犬がいる。
頭を撫でて抱きしめてあげたい。
そうして、クールな見た目とは違う笑顔を見る。

でも。


「……理佐のこと、悲しませたくなか」

───…いま、悲しいんだけど

「何が起こるか分からんけん、危ない」

───大丈夫だよ。ちゃんと分かってる。顔だけ見たら帰れるから。

「……そうかもしれんけど」


──ねるは、私に会いたくない?


「………」




迂闊だった。

としか言えない。


あれだけの注意も、愛佳の対策も、結局一時しのぎにしかならなかった。

もし、ねるが。
その一時しのぎを食い下がる理佐に違和感を覚えたなら。
月が昇る、深夜に
こうして理佐が訪れたことに、不信を得られていたなら。


もしかしたらの話なんて意味はないと分かっているけど、それを思うほどに
ねるはこの後、壊されることになる。







「………ねるも、会いたい」


───、


「……え?」

「ありがとう、ねる」


会いたいと言っただけなのに、理佐は簡単にドアを開け、ねるの前に現れた。


「へ、え!?」

「──ねるは優しいね。すぐ、許してくれる」

「!??」


月明かりに照らされる、深紅の瞳。
普段は隠されてる肌をつきやぶる為の牙。

優しい顔は、本能に染められて、妖しく笑う。


「理佐、帰って…」

「なんで?会いたいって言ってくれたじゃん」

「顔見たら帰るって言ったばい!」

「少しくらいいいでしょ?」


違和感。
不安。
恐怖。


違う、ちがう。

目の前にいる理佐は、ねるの知ってる理佐じゃない。


「!」

「…ねる。会えなくてどうしようかと思った」

「………、」


急に抱きしめられる。
驚いたけど、子供みたいに腕を回す理佐に身体から無駄な力が抜けた。

理佐の優しい声。
安心したような、声。
今までと、同じ…。


「ごめんね、りっちゃん。危ないけん離れるよう言われたったい」

「……うん、」


安心してしまった、心絆されてしまったのはきっと、
理佐がこんなにもねるを求めて表現してくれたのが嬉しかったから。

子供のように抱きついて。
子供のように、心根を言葉にして。

いつもは隠されてしまうそれが、とてつもなく嬉しかった。

愛おしさに溢れて腕を回す。
抱きしめて、理佐の肩と背に触れる。
心地いい、その感覚を堪能した。




───ブツッ




「───……、?、」

「……好き、ねる」

「──……っ?」


──こんな日に、ねるがいないなんて、耐えられない


耳元に、理佐の音。

─声、──呼吸、───熱。
粘着質な啜る音に遅れて、嚥下音が鼓膜を揺らす。

血に啼く音が、脳を占める。


酷い目眩と脱力感に膝が折れて、僅かな力で理佐の服を掴む。
体が落ちなかったのは、理佐がねるを逃がさないように抱きとめていたからだ。


「り…さ、」

「……」


声が出せたのかすら分からなかった。
でも、少なくとも理佐はねるに声を掛けることなく抱き上げ、この身はベッドへと寝かされた。
ギシッと小さくベッドが鳴り、違和感に目を開ければ理佐はねると一緒にベッドの上にいた。


「……、ん」

「、ふ。……、」


馬乗りになって、なんの承諾も愛の囁きもなく、唇が重ねられる。
脱力したねるに容赦なく舌を絡めて、濃厚なキスをする。絡む音と少しの吐息だけが響く。
普段の優しい理佐は欠片もなく、ただただ何かを満たすだけの──


「んっ!ぁ…!」

「かわいい」

「──っ!」


見下ろす顔は、獲物を見つけた獣の顔。
妖艶に、満足気に、紅い瞳が月明かりに照らされて輝きを放つ。

口角が上がり、隙間から見える牙は、白と紅に染められていた。
そして、柔らかい理佐の舌が、悲惨さを現す血を舐めずり、牙へとたどり着く。

目が合えば、身体はゾクリと震え
けれど奥底では僅かに熱を持った。


「お菓子はある?」

「……っ、ぇ?」

「お化けはお菓子もらったら帰らなきゃいけないでしょ?」

「ぁ、んんっ、!」


するすると服の中に手が入り込んできて、ねるのお腹から胸へとたどり着く。


「ねる、トリックオアトリート、だよ」

「っ、血、あげたっ、たい!」


手のひら全体で包んで淡く揉む。それを緩く繰り返して理佐の大きな手は離れたけれど、固くなった先に、また歯が立てられる。


「んん!っ!」

「血はお菓子じゃないよ。吸血鬼には、ご褒美だけどね」

「あっ、理佐ッ噛んじゃダメっ!」

「──」

「──っ!!!」


全身が痺れる。
さっき感じた僅かな熱は、今の一噛みで身体のすべてをそそり立たせた。


「──……、ぁ、、っ!」

「……最高の夜だよ、ねる」

「……っ、」








迂闊だった。

理佐がこんなにも変わることも、
会うなという制約の緩さも、
ハロウィンの夜の異常さも、

ねるはあまりに認識が浅く、何も分かっていなかった。


その夜、夜が明けるまで。
理佐に何度も噛みつかれ、犯され、
どんなに叫び泣いても、止まることなく
体位を変えては、ねるを鳴かせ続け、皮膚を破る。


脱力した四肢を、理佐が愛おしそうに撫でる。濡れたソコにキスをして、また、皮膚に鋭い牙を立てた。



理佐の本能と欲のまま、壊される───


35/43ページ
スキ