緑⊿の短編系

『写真撮らせて』


そう口にしたのは初めてだった。
どちらかと言うなら風景や物を撮るタイプだったから、撮りたいと思う人が現れるなんて思わなかった。



「……、」


フォーカスを合わせてシャッターを切る。
カシャカシャとした機械音は、心地よくて、私自身の何かが整えられていく感覚がする。


なのに、こと彼女に関しては
音が遠くなって、息が詰まって

カメラから目を離した時にやっと、呼吸が止まってたんだって自覚する。


「理佐、息して」

「っ、ぁ。ごめん、…、……ふぅ、」

「ふふ。いつまでも緊張取れんね」

「ごめん。気になるよね」

「良かよ、ねるが勝手に心配しとるだけやけん」


彼女──長濱ねるは、大学で見かけた女性だった。
ラウンジでぼーっとして、空が綺麗でカメラに収めたいって思って
指で枠を作って覗いていた。その瞬間、心臓がキツくなる感覚がして、気づけば撮らせて欲しいと手を掴んでいた。


「他の人でも同じなん?」

「……うーん、どうだろう」

「?」

「私が撮ってるのはねるだけだよ。他の人を撮ったことない。それこそ祝い事で頼まれたり、スマホとかは別だけどね」

「……ふぅん」


きっと、彼女は魅力的なんだ。
私の撮りたい欲望と、彼女の雰囲気や空気感が重なっていて
自分の実力と欲望が噛み合わない。

彼女の魅力がカメラに表現出来ない。


「……ごめん、今日は終わりにしよ」

「…理佐、」

「ん?」

「お願いがあると」














───ぱさ、



「──……、、。」


なんで、こんなことに。


「理佐、ちゃんと撮って」

「……っ、うん。じゃあ、そこ、座って」

「……」


カメラを通した先で、ねるは、全身の肌を露出させながら
私に背を向ける。

女性らしい綺麗な肌。
滑らかそうな肌感、柔らかい髪…。
髪の隙間から見える輪郭、伏し目がちな瞼、ふっくらした唇、
肩のラインは華奢で抱きしめたら壊れそう。

お尻は綺麗に形作られ、付け根からは柔らかい脚が伸びる。



ドクッ


脈打つ鼓動が強くなる。

誤魔化すようにシャッターを押すけど、その音は聞こえなくなっていって
本当にシャッターを押せているのか分からなくなる。

喉が渇いて、生唾を飲む。
その音が大きくて、思わずカメラから顔を離した。



「──っ、ごめ」

「だめ、理佐」

「え!?」

「もっとこっち来て。ねるやって恥ずかしいけん、焦らさんで」

「───っ、」


胸が苦しい。息が出来なくなる。

困ったような、切ない顔。
恥ずかしいのか少し小声で、焦らさないでなんて、狙ってるとしか思えない。

でも、何を。

なんで。


疑問に答えなんてなくて、勘違いだと決め込む。

カメラをまた持ち上げて、少しだけ屈む。レンズを通して見たねるは綺麗で、息ができないのなんて無視して
ねるを見つめる。

シャッター音が響いて、ねるがフィルムに落ちていく。















「………、」


服を着るねるを背に、私はソファに座る。
なにか酷く疲れて、服の擦れる音を聞きながら天井を眺める。

………なんだか、事後みたいだな。なんて、馬鹿みたいに思う。
カメラを通して、ねるの隅々まで見た気がする。まつ毛の先、薄く開いた唇とか、カメラを見つめるその瞳、……いつか、それを───


「理佐?」

「、!」

「大丈夫?疲れた?」

「ううん。ねるもお疲れ様」


写真、どうしようかな。別に変なことに使う気はないけど、自分の写真、欲しいかな。


「ねる、写真どうする?」

「ん?」

「現像したら、渡した方がいいかな」

「……」

「?」



じっと見つめる、ねるの瞳。
さっきまでのレンズを通して見た時と違う、真っ直ぐな見透かされるみたいな。


「いらない」

「え?」

「自分の顔、好きなわけじゃなかばい。理佐が撮りたいって言うから撮ってもらっただけ」

「……そっか、」

「でも、理佐が撮った写真は見たい」

「じゃあ、現像したら一緒に見ようか」

「うん」


じゃぁまた呼んでね。

そう言って、ねるは鞄を背負ってサークル部屋を出ていく。
見送ってドアを閉めて、さっきまで座っていたソファに落ちるように座った。


「──…………」


深い、人生で初めてなんじゃないかってくらい深いため息を吐く。

疲労感がすごい。


「──えぇぇえーーー、、、」


どうしよう。
ねるの裸を、私の欲まみれの写真を、本人と見るってどういうことなんだろう。

ねるは何を考えてるんだろうか。

他意はないのかもしれない。
ただ純粋に写真を見たいだけなのかも。
……けど、本人の裸を………。
…………いや。でも、私が脱いでって言った訳じゃないし。ねるを撮りたかっただけで、ねるの裸を撮りたかったわけじゃ、、、。



「でも、めちゃくちゃ夢中になって取っちゃった……」


自分でもどんな写真になったか分からない。綺麗で、強くて、欲のままに撮ってしまった……。

変態すぎる…。



「無難そうな写真だけ見せよう……」


なにも全部見せる必要ない。


そう思って、現像部屋にフィルムを持ち込んだ。

暗い中で浮かび上がる写真たちに、果たして見せられるものがあるのか本気で悩んでしまった。




──────────





「……少ない」


ねるを呼んで広げた写真は、10枚に満たなかった。
それを見たねるは低い声でそう言って、私は心臓が跳ね上がる。


「──……そんなことない」

「あんなに撮っといてこんだけなわけなないったい!」

「ピンと合わなくてろくに撮れてなかったんだよ。だから見せれるのこれだけだけっていうか」

「それで良か。見せて」

「いや、、もう処分しちゃったって言うか、」

「絶対うそ。理佐はそんなことせん」

「………いや、」

「理佐」

「─……」


嘘をつけない性格って本当に嫌だ。

絶対嫌われる。大学で変態だって指さされるんだ。
噂が広まって、もしかしたら警察が来るかもしれない。大学にもいられなくて、きっとそういうレッテルがどこまでも付いてきて───


「もう、理佐。怒らんけん出して」

「………」


肩を落とす私にねるは、そんな言葉をかける。そんなこと言ったってあんな写真見たら絶対軽蔑されるんだ。


そう思いながら、ねるの強さに敵わないと思って
写真たちを封筒の中から出す。

ねるはそれを受け取ってすぐ、1枚1枚見始めて。でも、ずっと無言で。
写真が擦れる音だけが響く。どう思ってるか怖くて、不安で。

身体がムズムズして居所なくて、急に怖くなって心臓が冷える感じがして。そこから遅れて心臓がバクバクと動き出す。

ねるは、綺麗だった。
ただ、それだけなのに。どう思われるか、怖い。


「……理佐、」

「っ、」


否定される。
蔑まれる。
軽蔑される、。


もう二度と、ねるを撮ることは出来ない──



「綺麗に撮ってくれてありがとう」

「───え?」

「ねる、こんな綺麗じゃなか。理佐が」

「っねるは綺麗だよ!」

「!」


予想は裏切られる。
それも大きかったけど、ねるが自分を綺麗じゃないなんて、そんなことない。


「ぁ、ごめん」

「ふふ。理佐の大きい声初めて聞いた」

「ごめんて。でも本当に、ねるは綺麗だよ。写真撮るのだってすごい緊張した」

「ふふ」


ねるが、顔を綻ばせて笑う。
子どもみたいで、嬉しそうで。私は胸が苦しくなる。

……かわいい。


「嫌わないの?」

「なんで?理佐が撮ってくれたけん嬉しかよ」

「……だって、変態みたいでしょ」

「あはは。そんなこと思ってたと?」

「……だって。こんな、」

「ねるの裸、緊張した?」

「!!」


してやったりみたいなねるの顔。
楽しそうに、口角を上げて、目を垂らす。
もしかして。


「………わざと?」

「普通、裸見せることなんてせんよ。理佐やけんやったと」


嫌われるんじゃないかって思ってたのはねるの方。

そう言って、ねるは
一瞬にして私に近づいて離れる。


「───??、」

「また、ねるのこと見てね」

「……!!??は、!?」


眼前に満面の笑み。
唇に、一瞬の感触。








緊張して呼吸が止まることも、変態だと頭を抱えるほどの濃密な写真も

全ては恋心だと、ねるにはお見通しだったみたい。

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