緑⊿の短編系


いつもいつも、騒がしいのは土生のテーブルだ。

それはこの間みたいに客が被った時の競い合う注文だったり、土生のよく分からない発言と急なイケメンに飛ぶ声だったり。
冷めるのも熱くなるのも、色んな意味で騒がしい。


もしかしたら、逆に他のテーブルが静かすぎたのかもしれないとも思う。
よく言えば穏やかで、悪く言うなら、変化のない。競い合うこともなく、一定の売上げを保つ。

でも、それを弾く私としては特に不安もないわけで。

だから、ほんとに。本気で──


「……志田さん?」

「……え?」

「どうしたんですか?どうするんですか、これ?」

「……いやぁ、、、どうするかなぁ」


現実逃避していた思考は森田によって引き戻される。


──本気で、こんな事態は望んでいないのだ。
そもそも目の前のこの状況をどうにかする必要はあるのだろうか、と考えてみたけどここは店だし今は営業時間内。ここの管理と管轄は今、私に任されているようなもの……──だから最悪なのだ。


理佐「……店には来ない約束じゃん」

ねる「よかばい。理佐指名すると」

理佐「よくない。帰って」

ねる「……」



いつも通り出勤してきた理佐と対峙するのは、理佐の本妻、ねる。
惚れた弱みか、ねるの意思に沿うことの多い理佐が、ここへの立ち入りに拒否を示すのにねるも譲ろうとしない。
元々の関係性がブレない2人がぶつかる時は、漏れなくめんどくさい。


ねる「愛佳」

愛佳「、はいはい」

ねる「理佐指名するけん、テーブル」

愛佳「え?まじ?」

ねる「ここで固まっとる方が迷惑ったい。テーブル案内して」

愛佳「………分かったよ」

理佐「ちょっと愛佳」

愛佳「こうなったらねるが聞かないのよく知ってるでしょ。奥のテーブル案内するから身なり決めてきなさい」

理佐「………」


私の言葉に、理佐は不満げな顔のままテーブルに付くべく1度奥へ戻る。
ねるをテーブルへ案内したところで顔を見れば、面白いほどに理佐と同じ顔をしていた。

ねるが席に座るのを待って、私も腰を下ろす。小さい子供をあやすみたいだな、なんて思ってしまった。


愛佳「それで?何しに来たの?」

ねる「言い方ひどい。りっちゃんに忘れ物届けにきただけばい。…なのにあんな邪険にして」


そういえば、理佐は何かを手に持っていた気がする。
とはいえ、そんなことは以前にもあったことで。その時は裏口で待っていたところを私が受け取りに行ったんだ。


愛佳「忘れ物ね。連絡くれれば、外まで取りに行ったのに。理佐が店に来るの嫌がるの知ってるでしょ」

ねる「……」


私の言葉にねるは唇を小さく尖らせる。

心配しなくても理佐はねるだけなのに。
何があったかは知らないけど、今のねるには、私が何かを言っても届かないんだろうな。


愛佳「……平手なら店長に上がってから表にはほとんど来ないよ」

ねる「!、…なんでてっちゃんが出てくと?」

愛佳「ねるの推しでしょ?」

ねる「…てちは友達ばい」

愛佳「友達はいっしょに過ごすのにお金払わないよ」

ねる「……」


この先のねるの狙いが何となく分かって、じわり、意地悪心が芽を出してしまう。
私ってほら、りっちゃん大好きだから。あんまり悲しんで欲しくないんだよね。

このまま、何事もなく帰ってくれたらいいけど。


ねるにメニュー表を渡して、席を離れる。
カウンターに戻った所で
理佐が支度を済ませてきた。



理佐「愛佳、」

愛佳「ん?」

理佐「…平手出さないでね。ねるはなるべく早く帰らせるから」

愛佳「余裕ないね」

理佐「…愛佳だって知ってるじゃん」


──ねるは平手が好きなんだよ。



そう言い残して、少しの苛立ちとそれに混じる焦燥感に目付きを鋭くさせながら
理佐はまっすぐにねるのいるテーブルに進んだ。


その姿に、胸が締め付けられる。
いい。その顔好き。
やっぱりりっちゃんはクールがいい。
あとその馬鹿みたいなネガティブさもいい。たまに面倒臭いけど、ひねくれてるのを見ると庇護したくなる。

もちろん最近の笑ってる顔もいいけど。あの強い眼は心臓に来る。
かっこいい。あれに攻められるのとか最高すぎ……

なんて思ってたら、理佐はしっかりねるの隣に座っていた。








「何飲む?」

「ウイスキーなら何でもよか。任せる」

「分かった。私も飲んでいい?」

「…良かよ」

「愛佳、」


理佐の指示に、アイコンタクトで承諾を送る。


「今日は忘れ物届けてくれてありがと。あとでお礼するね」

「……」

「ねるはこれ好きだよね、お金いらないから一緒に食べよ」


さっきまでの拗ねた雰囲気も、嫌そうな顔もない。普段通りの理佐。
綺麗な顔。かっこいいのに、見せる笑顔は優しい。


「……」

「志田さん?」

「、どうした?」


声の元は森田だった。
ねるとの接触がほとんどない森田にとって、今回の空気感に何となく眉を下げて、少し声が低い。
こそこそと私の元に来た森田はいつもより小さい気がした。


「いえ。おふたり大丈夫そうですか?」

「……なにもなければ大丈夫」

「……、」

「…。それよりさ」

「はい?」

「なんか今日ちっちゃくない?」

「は!!??」


ピーピー騒ぐ森田をあしらいながら、無意識に小さくため息が出る。

そう、なにもなければ、大丈夫。
ねるを刺激する存在も、
理佐を刺激する存在も。


──そういうのって、こういう時に限って起こるんだけどね。

なんて、不吉な予感に口角が上がる。。。



「愛佳、ねる来てるって?」

森田「!、お、お疲れ様です」

愛佳「───なんでいるの」

平手「ふふ、土生ちゃんが来てるよって教えてくれた」

愛佳「………、、、」


口止めしとけばよかった、あのばか。
いやむしろ忘れてた。気づいてたのか。土生って意外と視野広いからなぁ。


愛佳「…なに。顔出すの?やめとけよ、りっちゃん可哀想でしょ」

平手「とか言って楽しそうだよ、ニヤけてる」

愛佳「これは違うよ。もうほんと、こんな展開笑えるでしょ。平手こそほっぺふわっふわだけど」

平手「ふたりが見れるなんて、そうないからね。ねるもつまらなそうだし丁度いいでしょ」

愛佳「りっちゃんに怒られるよ、絶対」



私のそんな言葉で止まる訳もなく、平手はイタズラに笑って2人の元へと行く。
あのほっぺつつきたいと思ったのは私だけじゃないと思う。



平手「ねる、久しぶり」

理佐「!!」

ねる「てっちゃん!来れんと思っとった」


ぱっと咲く笑顔。一気に張り詰める空気。
理佐の視線がこっちに向いて笑顔のまま睨まれる。

あーもうほら。こわいこわいこわい。
え、どうしよう、こわ。
だってー、平手が勝手に行ったんだよー。ちゃんとやめとけって言ったっていうのは、絶対弁明しよう。


平手「ねるが来てるって聞いたから、みんなには内緒ね」

ねる「てっちゃん頑張ってるんやね。ねると会った頃と変わらん」

平手「ねるも頑張ってるでしょ。少し痩せたね。身体大丈夫?」

ねる「うん!」

理佐「………」


理佐の口角は下がらない。さすが。
けど、目の前にあった酒の減りが尋常じゃなくなる。


平手「しばらく来ない間に綺麗になっちゃって。今大学だっけ?周りの人黙ってないでしょ。ねえ理佐」

理佐「ふふ、そうだね」

ねる「そんなことなかよ。友達だけやけん」

理佐「…………」






森田「し、しし志田さん。あれいいんですか?理佐さんの笑顔怖いの初めてなんですけど!」

愛佳「あはは。あれ怖いね、私殺されそう笑」


森田に腕を捕まえてガクガク揺らされる。
そんな力込めたら黒服くしゃくしゃになっちゃうなー。


愛佳「ねると平手見る時は理佐はいつもあんなだよ。ホストの仮面で笑ってんの怖いよね」

森田「志田さんも笑ってる場合じゃ、!」

愛佳「大丈夫だよ。理佐にヤキモチ妬かせればねるは満足する──」


──カランカラン


「こんばんわー」

「……いらっしゃいませ」


静かだったドアを鳴らしたのは、好きな人に会いに来ただけの、女の子。

純粋で浮かれた、可愛い笑顔はこの店が求めるそれそのもの。凄く嬉しいんだけど、君には今1番来て欲しくなかったなぁ、。



天「理佐さんいますか?」

愛佳「いるよ」

森田「し、志田さん!今って…!」

愛佳「先にテーブル案内するね。森田は他のお客様来たら対応して」

森田「ーー、はい」


森田のもどかしそうな顔へ微笑んでみる。
そんな私に森田は視線を逸らして返事をした。よしよしいい子だ。あとでお菓子あげよう。


愛佳「天ちゃん今日は早かったね」

天「、はい。なんか朝から理佐さんに会いたくて頑張って仕事終わらせましたから!」

愛佳「ふふ。すごい。理佐も喜ぶよ」

天「理佐さんはそんなこと見せてくれないですよ。それも好きなんですけど」


そんな会話をしながら、理佐のいるテーブルを見やる。天ちゃんは、平手が接客していることに驚きながら、理佐を認識した。
そうして、理佐は私ともアイコンタクトを取る。


理佐「…天ちゃん、いらっしゃい」

天「、急に来てごめんなさい」

理佐「いいんだよ。来てくれて嬉しい。少し待っててね」

天「はい」


理佐は気づいてなかったけど、平手と私はねるの顔が強ばって空気がピリっとしたことが分かった。

理佐を妬かせて満足しかかっていたねるの心は一気に乾いてしまう。


席に案内して、天ちゃんが座る。



天「……」

愛佳「ごめんね。少し待ってて」

天「はい。大丈夫です」

愛佳「一途だね、」

天「沼なので」








理佐 「ちょっとごめん。平手、ここ頼むね」

平手「、いいの?」

理佐「平手がいれば大丈夫だよ。ねる、またね」

ねる「…………」



理佐がねるとの席を立つ。
そんな理佐の姿を確認して、天ちゃんに声をかける。
理佐と目が合えば子供みたいに目がキラキラし始める。可愛い子だよ、本当に。



──カチャーン、



「!」

「………」


理佐の後ろ、ねるのテーブルで何かが落ちる。床に見えるのは食事に提供していたフォークだった。
平手が拾おうと背をかがめるのを、ねるが止める。

私が行こうとして、バチッと合ったねるの目に制された。


………え、。



理佐「………」

ねる「……拾って」

理佐「…」


音に振り返り立ち止まっていた理佐へと、静まった空間に響くねるの指示。周囲が凍り、体感温度はきっと10℃くらい下がったと思う。
けれど理佐は、優しく微笑むと数歩足を進めてフォークの元……ねるの足元に膝を着いた。

ごく自然に、
丁寧に。

そして、自然と頭を垂れる姿になる。




視線が理佐に傾く中、

ねるの足が、すっと伸びる。


そうして






「───!、????」

「!??、」





「なん勝手に他人のとこいくと?」





展開に意味がわからなかった。


けど、目の前では確かに。
ねるの足が
理佐の肩に乗せられていた。




………ここはいつからそういう店になったんだろうか。




それでもその光景は、さすがに平手もびっくりしていて。
天ちゃんも森田も、目を丸くして、下手したら青ざめていた。

楽しんでたのは、控え室から顔を覗かせていた土生と小林だけだったと思う。







そして。






ねる「……理佐は」

理佐「……行儀悪いよ、ねる」

ねる「!」

「そんな悪い子には、おしおきが必要だね」





────!!!???



理佐は乗せられていたねるの足首をつかみ、そのまま体を起こす。
従者に逆らわれた姫様は、足を囚われたまま迫られていた。



いや、だからいつからうちはそう言う店に……



────きゃーーー!!!!



理佐の強気な姿勢に、ねるは前から迫られていたけど
奇声(悲鳴)が上がる頃、ねるは後ろからの手にも囚われていた。


平手「ねる、どこいくの。まだ私と喋ってるでしょ」

ねる「て、てち!?」

理佐「ねる浮気?私の事独り占めしたいならよそ見しちゃダメだよ」



平手の腕が後ろから抱きしめるようにねるを捕らえる。
理佐が片足を捕まえたまま、ねるの眼前に迫る。



その姿が綺麗で、
………………あ。これ絶対売れる。そう思った。


瞬間、後ろからシャッター音がして
最高の営業スマイルを飾り付けて、削除した。
















小林「平手も流石だったね」

平手「理佐の顔やばかったもん、完全に攻めだった」

土生「あのまま始まっちゃうかと思った」

平手「私は始めても良かったけど、友達の彼女に手出したらクソだし」

志田「こら、店で始めんじゃない。写真撮られてたし。」

小林「愛佳なら、撮って売ろうとか思ってたでしょ」

志田「それな。けどカメラなかったしなー。絶対売れると思うんだけど。菅井様とか意外と理佐好きだから。観賞用に買ってくれる」

土生「観賞ってなに」

小林「で理佐は?」

志田「帰したよ。攻めに入った理佐に接客させてたら店がやらしくなる」

小林「愛佳がそれ言う?」

志田「私は節度ある」

小林「売れるとか言ってたやつが節度あるとか世界どうなってんだよ」

志田「ばぁか。りっちゃんはむっつりなんだから、攻めになったらマジで店世界進出だから。エロい意味で」

平手「愛佳に言われちゃったらもうR18だね」

土生「私はいいけどな。そしたら女の子触り放題でしょ?」

愛佳「……」

小林「なんか、土生ちゃんは愛佳みたいに軽くないけどその分本気だから逆にやらしい」

愛佳 平手「分かる」

土生「?」
















小林「そういえばひかるは?」

愛佳「熱出して帰った」
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