緑⊿の短編系
「ごめん、しばらく来ないで」
「え?」
「………」
あんな苦しそうなてちの顔は久しぶりだった。
何をしてしまったんだろう。
その答えは見つけられなかったけれど、そう言われて居続ける度胸も勇気もなくて
ねるは、てちの部屋を後にする。
たくさんの人がいるてちの屋敷。
なのに、誰にも会えなくて。
広い場所にぽつんとして、大きい玄関を1人で開ける。その空虚さに、泣きそうになった。
「…ただいま」
家に帰っても、誰もいない。
なんてことないそれが、寂しくて喉が痛くなる。
そうだった。理佐は今日、愛佳となにかしに行くって出かけていたんだ。
だから、ねるはひとりでてちの所に行った。
「………、」
何かした、そんな記憶はない。
いつも通り連絡を入れて、承諾の返事を見て家を出た。
てちの屋敷に入った時、少しの違和感はあったけれどそれがなんだったのかは分からなかった。それぐらいの違和感だったんだ。
──『ごめん、しばらく来ないで』
拒絶、だった。
どんな事があっても、そばにいて支えてくれて、手を差し伸べてくれたてちが。
明らかな、拒絶を示したんだ。
それは、どれだけの事だっただろう。
それは、どれだけ。彼女を苦しめた結果だったんだろう。
「─ねる?」
「!」
気づけば、ねるは上着も脱がず床に座り込んでいた。
コートを着たままの理佐がねるを心配そうに見つめていて
理佐の優しい空気に、一気に涙腺が崩れる。
「え!!?」
「っ、りさぁ…!」
「どうしたの?」
抱っこをせがむ子供みたいに手を伸ばせば、理佐はしゃがんで包み込んでくれる。
涙でコートが濡れるのに、顔を埋めるのを全然気にしなくて。ゆっくりとねるの頭を撫でてくれる。
全然意味わからないはずなのに。
「………ねる、もしかしてさ」
「っ、?」
ねるを腕に抱いたまま、ねるの話を聞いた理佐は
少し言いづらそうに視線をずらす。
「……生理じゃない?」
「……え?」
せいり。
…………、うん。
「たぶん、もうすぐ…」
ぐずぐずと鼻水をすすりながら、考える。
予定ではもう来るはずだ。
「平手は、たぶんそれを避けたかったんだと思うよ」
「……、、」
「生理が来ると……その、香りが強くなるから。誘発されるんだ、色々」
「……理佐も?」
「………、うん。」
深く頷く理佐が可愛かったけど、今はそれどころじゃなかったと自制した。
「じゃあ、てちはねるが嫌だったわけやなかと?」
「ねるは平手に対して無防備すぎるから。そういう香りが強い時にそんな風に近づかれたらキツいんだと思うよ。しばらくって言うのも、香りが落ち着くまで数日かかるから」
今までそんなこと無かったのに。
そう呟けば、『今までは誰のものでなかったからね』と少し強気に笑った。
その夜、理佐から話を聞いたのか
てっちゃんから連絡が来て
誤解が解けたのでした。
ちなみに。
屋敷の人達(天ちゃんたち含め)は、ねるの香りを察知した愛佳に各部屋にいるよう指示されていたそうです。
数日後。
「愛佳、あの日分かってて帰ったでしょ」
「いやーふたりのイチャイチャを邪魔するほど野暮じゃないよ。泣いてるねるちゃんに欲情した?あんな香り垂れ流してたら襲うだろ」
「………他人のことで泣いてるねるに欲情する訳ないでしょ」
「………………」
「愛佳?」
「理佐も立派に嫉妬するようになったんだねぇ。志田は嬉しいよ」
「っ!そんなんじゃないから」
「いーじゃん。言ってやりなよねるに。絶対大喜びするよ」
「………」