緑⊿の短編系

時間を超える、とか
時間を巻き戻して、とか

本当に嫌い。
フィクションでも見たくもない。

時間は不可逆的で、どうにもならないから
諦めたことがたくさんある。
諦められたことがたくさんある。


なのに、それができるようになったら
時間の不可逆の為に保たれた全てが崩れてしまうと思う。
怖いし、嫌だし、そんなこと、望みたくもない。
タイムスリップなんて、ただの妄想で、実際そう出来たところで全ては不和を生み出すだけだ。













「大丈夫ですか?」

「………え?」

「泣きそうな顔してます」

「……、そんなことないですよ」


ありえない。
目の前に、あなたがいるなんて。

でも、目の前が私にとってのリアルであることは間違いない。

大嫌いな世界線。
泣きたいくらいに救われる。
不可逆に固められたそれが崩れた痕には、きっと細く頼りない小さな欲望が残る。

あなたがいることだけが非現実的で
建物も世間の出来事も、すべて経験済みだ。

あの建物は、私のいる時代にはない。
今世間を賑わす出来事は、歴史上の記録。

私の先祖もどこかにいるんだろうなって思いながら、探す気にはなれなかった。
探したいのはただ1人。


「この後時間ありますか?」

「ふふ、ナンパですか?」

「そうですね、かっこわるいナンパです」

「──、夜8時に終わるのでそれでも良ければ」

「ありがとうございます」


祖母から、とても素敵な人がいたって聞いてた。でも、その恋は叶わなくて。それでもその人のことを忘れられなくて、誰とも添い遂げなかった。
私は勝手に可哀想だと思ったけれど、祖母は酷く幸せそうにその人のことを語っていて。
なぜか分からないけど泣きたくなって、胸が苦しくて。
絶対叶わないけれど、その人に会いたいって思った。


「……さむ。」


図書館の閉館をもって私は外へと放り出された。12月に入って、季節は一気に冬を深める。
夕方には冷え込みが厳しくなって、20時なんて肌が痛いと感じるほど。

あの人はこんな時間まで仕事してるのか。
図書館なんて、もっと早く上がれるんだと思ってた。

早く終わらないかな。
そう思ってスマホを開く。もう20時は過ぎていたけど、残業なんてざらだし祖母が好きだったその人は仕事熱心なのかもしれない。


「……長濱ねる、、さんかぁ」

「名前知ってるの?」

「!」


祖母から何回も聞いたその名前を呟けば、本人は後ろで不思議な顔をしていた。


「……ぁ、えと」

「あ、名札あるもんね」

「…はい」


遅くなってごめんね。そう言って彼女は私にホットコーヒーの缶を差し出す。
受け取ったそれは、冷えきった指先をじんわりと温めていく。


「改めて、長濱ねるっていいます。あなたは?」

「渡邉理佐」

「理佐……」

「……、」


垂れた目元。
柔らかそうな黒髪。
可愛らしいそれとは違う、意志の強そうな瞳。

おばあちゃんが言ってた通りの外見。



「理佐はいくつ?」

「21」

「あ、同い年だね」

「…うん」


かわいい声。
距離は、適正。
マフラーから覗く鼻先は少し赤い。

私もきっと、同じ。


「ずっと見張ってたの?」

「あ、バレた?」

「鼻先、赤い」

「えへへ。だってあんなナンパする人おらんもん」

「だよね」


寒さに耐えて見張るなんて馬鹿みたい。それをきっと祖母は可愛いって思っていたのかも。
私なんて放って帰ればよかったのに。
そうなったら明日もまた押しかけていたけれど。


「来てくれたってことは認めてくれたの?」

「んー。ちょっとだけ。話してもいいかなって思った」

「ふふ、良かった」

「理佐がこの図書館に来るのは初めてだよね?どうしてこんなところに来たの?」

「……すごく大事な人が、あなたの事を話してたから」

「…え、誰?」

「教えない」

「えー、気になる」

「そんなことどうでもいいじゃん」

「よくないと思う」


祖母と彼女の出会いはこの図書館だった訳じゃない。
ふたりは同級生で、だからどこに就職したか知ってただけ。


「ねぇ、ごはん行かない?」

「いいよ。どこがいい?」












ご飯を食べて、

お酒を飲んで。


ねるは、ふわふわして
泊まるところのない私の手を引いて、ホテルに入る。

お酒が入った彼女は、垂れた目元を更に下げて
子供みたいににこにこして。

なのに、まるで

魔女みたいに私に絡みついて、気づけばベッドにふたりで倒れ込む。


気持ちいい。
まだ、どこにも触れていないのに。
飲み込まれそう。




「………こんなことしていいの?」

「ここまでしておいてそんなこと言う?」

「……試してるって言ったら?」

「いいよ、それでも。でもこのまま終わりにはしないで欲しい」

「……小悪魔って言われない?」

「理佐の大事な人はなんて言ってたの?」

「…………すごく、可愛いひとって」

「理佐はそれを信じちゃったんだ。可愛いね」

「………、悪魔」

「理佐は悪魔を信じた、天使かな」

「っ!」


可愛い声から、女の声になる。
垂れた目元は、可愛らしさを捨てて妖艶になる。

缶を渡した白い指先は、
それ以上の熱を持って私の頬に触れた。


「本当はおばあちゃんを傷つけたあなたの事を知りたくてきたの」

「…おばあちゃん?」

「……私50年先の未来から来た」

「…………未来っ子かぁ」

「………」

「ふふ。馬鹿にしてないよ。」

「おばあちゃんのこと、ひどく振ったんだよ。おばあちゃんは幸せそうに話してたけど、聞いただけじゃあなたは最低だった」

「………、」

「覚えてないの?」

「覚えてるよ、女の人を振ったのは1回だけだもん。それに」

「……」


ねるの、指先が
私の目元を撫でる。

優しく、愛でるように。


「──あの人と目元が似てる」


そんなわけないのに。
私とあの人は全然似てなかった。

それを見抜いたように、ねるは『形の話じゃないよ』って付け加えた。
そうしてそのまま、私がよそ見をしないように頬を持って固定する。


「私を最低って言うのは、理佐が子どもだからだよ」

「!」

「あなたのおばあちゃんが、なんで私を最低って言わなかったのか、幸せそうだったのか、知りたいんでしょ?」

「っ、ちょ、!」

「でも今は、先にこっちね」

「ね、る…!」

「理佐に名前呼ばれるの気持ちいい」

「──!」


理佐も、気持ちいい?















飲み込まれるような感覚。
抱いているのは私なのに、ねるの心地良さに酔う。

細胞が、ねるを求めてる。


そうか。

私は、おばあちゃんの想い人に会いたかったわけでも、
おばあちゃんを最低に扱った悪魔に会いたかったわけでも
ましてや、一目会って最低だっておばあちゃんの思いを報いたかった訳でもない。



おばあちゃんの話す、『長濱ねる』という女性に

恋していたんだ。






時を超えるなんてことがなければ
この叶わない恋を気づかずに過ごせていたのに。



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