緑⊿の短編系



しゅる……、

と、滑りの良い布の擦れる音が小さく聞こえる。



その仕草が好きだった。



「………見すぎ」

「えへへ」



首元を締める堅苦しい、けれど
その分恰好よい印象を作るそれ。

女性がそれを付けれるのは、多くの人が制服を身に纏う限られた時間だと思う。
衣装とかもあるけれど。




「そんなにいいの?これ」



そう言って、理佐はその身から離れた『これ』を、興味なさげに見つめる。



「んー、それ自体には興味無いと」

「外すのがいいの?つける時は見ないもんね」

「そう!外すのがいい!」

「………ふうん、」



醸し出す雰囲気とか、その時の空気とか……と話し出すねるの顔はにやけていて、気分が上がっているのが分かる。

静かに聞いていた理佐は
何を思ったのか、せっかく外したそれをまた付け直した。



「理佐?」

「………」


ねるの疑問に特別返答もせず、それは
手際よくつけられる。

理佐は、ねるのことをじっと見つめながら
ゆっくりと『それ』に手をかける。



「………っ、」

「……」


また、しゅる…と布の擦れる音が静かな空間に響いて、



それなのに


ねるはその仕草よりも、真っ直ぐ見つめてくる理佐の眼に囚われていた。


解かれた『それ』が、視界の端で役目を終えるのが分かる。

それでも、理佐はねるを捕らえることを止めない。
ねるの息が詰まっていることは本人でさえ気づかなかった。



見据えた理佐が距離を詰める。

がた、と音がしたけれど、それがテーブルの音なのか、椅子がズレた音なのか、
それとも近づいてくる理佐に反応したねるが生んだ音なのかわからなかった。


綺麗で真っ直ぐな眼は、ねるのすぐ近くに来てようやく閉じられる。

少し離れて、
また理佐の眼はねるを映し始める。



「………ふふ、見すぎだってば」

「ーーー、、、」

「ねる?おーい、」





自分に起きた事態が理解できない。

近すぎるほどの理佐の顔。
閉じられた瞼。

唇に触れたやわらかい感覚、
それが離れた時に、一瞬なのに際立って感じられるやわらかさ

ゆっくりと離れていく、けれどそれでも尚近い理佐との距離。



目を丸々とさせながらショートし続けるねるに、理佐は『それ』をねるに渡す。




「……ねる、」

「………はい、」



何故か敬語のねるの返事に、理佐はと笑みをこぼした。

ねるはやっと、目の焦点が合う。
そこには強気に笑う理佐がいた。




「今度から、ねるが締めて?ネクタイ」








ーーーそしたらまた、外してあげる。



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