緑⊿の短編系


──お姉ちゃん


気づいたら呼んでいた、それが大人になって呪いになるなんて思ってもみなかった。






◇◇◇◇◇◇◇




『呪い』


ベッドに横になりながらネットで検索をかけてみる。

呪いってまじないって言うんだ、とか
厳密に言えば、自分が思ったことで首を絞めているなら呪いとは言えないのか、とか
無駄に知識をつけてスマホを閉じる。そのまま重力に従って手を下ろした。
脱力すれば視界は天井に占められる。夜。照明が照らす室内は明るくて、スマホを眺めていた目には少し眩しかった。


「……お姉ちゃん、」


5つ上のお姉ちゃんは、私が小学1年生の時は手を引いて歩いてくれた。
お姉ちゃんが中学に上がっても、途中までは一緒に通っていた。
私が中学に上がってからは、目をつけられない方がいい先生とか、可愛がってくれる先生とか、オススメの部活とか教えてくれて。学校への近道もお姉ちゃんから聞いた。

高校への進学には相談に乗ってくれて、親にも話せなかったことも言えた。
もう高校生になるっていうのに、お姉ちゃんから頭を撫でられた時は泣きそうになった。


お姉ちゃんに抱く思いが、恋愛感情だと気づいたのは
───お姉ちゃんに恋人ができてから。



『天ちゃん久しぶり』

『、お姉ちゃん。もう帰り?』

『そう。今日はサークルが休みでね、家でゆっくりしようと思って』

『……その人は、友達?』

『…うん』

『長濱ねるです。天ちゃんってよく聞いとるよ、よろしくねぇ』

『─……はい』



お姉ちゃんが連れてきたその人に警戒してしまったのは単に人見知りだからだろう、そう思っていた。

けど、何回も、何回も。
お姉ちゃんと並ぶその姿を見ても、警戒は解けなくて
仲良さげに笑うその雰囲気に、胸の奥が苦しくなるばかりだった。


「恋、やない?」

「え?」

「ええやんええやん!恋!青春やー!」

「保乃ちゃん静かに」

「静かにしとられんって!天ちゃんの初恋!しかも、お姉ちゃん!!萌える!」

「急に性癖晒さないで、受け止めきれん」


そんな声を響かせたのは同じ部活の先輩。田村保乃さんと森田ひかるさん。仲のいいふたりは私の的を得ない話に耳を傾けてくれていた。

ねるさんの登場に、ずっとぐるぐるとお腹に溜まるみたいな不快感。寝ても、食べても、お風呂に入っても、面白いテレビを見たって、消えてくれない。

お姉ちゃんを見る度に、ねるさんがチラついて苦しくなる。

先輩はそれを恋だと言う。
萌える、とかは分からないけど

私は、”お姉ちゃん”に。恋をしていいのかな。


「大丈夫?」

「……ひかる先輩」

「もっと話したかったかなと思って」

「いえ、聞いてくれてありがとうございました。お姉ちゃん取られちゃうってヤキモチかなくらいに思ってたんで、アレですけど」

「…気持ちを否定したりしないけど、恋愛感情だって決めつけても苦しいだけになるかなって心配で。天ちゃんは天ちゃんとお姉さんの関係を大事にして欲しいなって思って……あの、変な意味じゃないから、嫌な気持ちになったらごめん」

「大丈夫です。ありがとうございます」


───お姉ちゃん


大好きで、大切。

いつも優しくて、微笑んでくれて。
時々ふざけて、男の子みたいなことして笑う。

でも、嫌なことは絶対しない。
否定して傷つけることもしない。

小さい頃からずっと、私の手を包んで引き寄せてくれる。

名前を呼ばれて、その手に抱きしめられる妄想をしてドキドキした。それから考えたのは、あの長い腕に包まれたらどれだけ幸せだろうってこと。きっと心地よくて、微睡みにとけそうで、でもきっとドキドキしたしがみついてしまうと思う。

…お姉ちゃんを抱きしめたら、どんな気持ちになるのかな。

そんなことを望んでいるなんて、お姉ちゃんが知ったら嫌がるかな。


「天ちゃんおかえり」

「!、お姉ちゃん、来てたの」


帰宅してすぐ、お姉ちゃんの声がして驚く。さっきまでの妄想がバレるわけがないのにどこか罪悪感に襲われる。
思わず視線を回したけれど、ねるさんはいなかった。


「うん。うちのお母さんと天ちゃんのお母さん今日旅行だよ。聞いてない?」

「ぁー、言ってた、かも?」

「ふふ。だから、出前取って待ってた」

「そこはお姉ちゃんの手料理じゃないの?」

「いいから着替えておいで。食べよう。天ちゃんと食べるの久しぶりだから楽しみにしてたんだよ」

「んふふ、着替えてくる!」


階段をあがりながら思わぬ展開にニヤケが止まらない。
やった!お姉ちゃんとごはん!お母さんいないし2人でお喋りもできる。
学校の話もしたいし、大学の話も聞きたい。

心は弾んで、制服をハンガーに掛けてすぐに階段を降りた。


「早いね。何飲む?」


お姉ちゃんの声。
お姉ちゃんの姿。

そこにいるだけ。そんなこと今まで何度もあったのに、今までにないくらい浮かれてしまう。

それはきっと、お母さんもいなくて、
ねるさんもいない、2人きりだから。


食べ盛りを見越して沢山並んでいた食べ物たちはお喋りしている間になくなっていき、気づけば空の皿たちがテーブルを埋めていた。


「天ちゃんよく食べるね。足りた?」

「おなかいっぱい!お姉ちゃんは?」

「私ももういっぱいだよー。ケーキあるけどどうする?」

「食べる!」

「ふふ、私も食べる。コーヒー入れようか」

「私やるよ」


誰にも、邪魔されない。

それがこんなにも嬉しいなんて思わなかった。きっと恋だなんだと考えていたから、ただこうしていられることが幸せなんだと思う。


「─、ごめん、ちょっと」

「?」


お姉ちゃんがなにかに気づいてスマホを拾う。マナーモードになっていたけれど、着信だったのかお姉ちゃんは画面をフリックすると耳元に当てた。
ごめんね、と顔の前で手を立ててリビングを出ていく。


「………、」


空気の読めない人がいるもんだ。
なんて自分勝手なことを考える。
こういうのなんて言うんだっけ。水を差されるっていうのかな。急に現実に引き戻された気がして、時計を見てしまって後悔する。

もう、こんな時間。見なきゃ良かった。
お姉ちゃんケーキ食べたら帰っちゃうのかな。泊まっていったりしないかな。
でも明日も大学あるよね。
大学ってよく分かんないけど午後からとかもあるの聞いたことあるし、明日そうだってなったら泊まってって言えるのにな。そんな都合のいいことないか、。


テーブルを片付けて、ケーキを並べる。
お湯が湧いて、コーヒーを入れてもお姉ちゃんは戻ってこなくて。

椅子に座って背もたれに体重をかける。
無駄にフォークをもって、指先で弄る。



もやもや。

……もやもや。


お姉ちゃん早く戻ってきてくれないかな。
もやもや、濃くなっちゃう。



「…………──」

「ごめん、天ちゃん遅くなっちゃった」

「……、遅いよー」




せっかく、戻ってきてくれたのに
その後はお姉ちゃんから『そろそろ帰るね』という言葉がいつ来るか気になって
本当にその時が来るまであっという間だった。



「じゃあ、またご飯食べようね」

「……、」

「もう。どうしたの天ちゃん。お姉ちゃん帰っちゃうよ?」

「…別に、笑ったって帰るじゃん」

「お、可愛くない」

「………ごめんなさい」


………電話、ねるさんだったのかな。
だから帰るのかな。もう遅いけど、今からまた連絡とったりするのかな。



「……──お姉ちゃん、」

「なぁに、天ちゃん」

「……ううん、」


ううん、違う。

違う。


さっき、口にしようとして練習すら出来なかった。



「じゃあ、またね」



お姉ちゃんが、頭を撫でて、背を向ける。
その瞬間に、なぜか、一気に胸が苦しくなった。


───恋、やない?



───”お姉ちゃん”

───やっぱり、これは呪いだ。










「───天ちゃん、?」


「───りさ さん、」

「!」



耳元に聞こえる理佐さんの声。気づけば、私は理佐さんの背に抱きついていて。

玄関の先からは、静かだけれど確かに外の音がする。
それでも、そんなものは頭に全く入ってこなくて。


理佐さんの、温もり。香り。感触に、思考は全然回らなくて、たった一つの感情だけが、脳に浮かび上がる。




───好き。




「……?どうしたの」

「──……」



理佐さんのお腹に手を回す。
力を入れれば、理佐さんの身体が感じられて。

体の奥が疼く。
枷が外れたように、力の加減が出来なくて、苦しい。



「…理佐さん、」

「っ、!?」

「───……」



好き、



好きです。



お姉ちゃんじゃなくて。



理佐さんが。












「─………好き、」






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