緑⊿の短編系
あの日のことを、よくよく思い返してみる。
引きずられて行った先の、合コン。
視界に入る、片思いの相手。
苛立ちに凹んでいたら、声をかけてくれて。
酔った勢いでタクシーに引きずり込んで、家で押し倒した。
好きとは言えなかった。けど、伝わったとは思う。ねるに触れられて、キスをして…。
お酒を言い訳にして頼ってはいたけれど、記憶も思考もどれも霞はしなかった。
触れた肌も、声も、指を締め付ける感覚も、ぬるぬるの蜜感も覚えてる。
そして、
『えっちするの、初めてやったと』
『次は、優しくしてね』
「次って……、、そういうこと、でいいんだよね…」
あの時は受け入れてもらてたことが嬉しくて、恋人同士のようなキスもした。
けれど、あの夢のような現実を私は受け入れていいのだろうか。
「理佐?」
「っ!」
「どうしたの?」
「ぁ…ううん」
「ごめんね、待たせて」
「待ってないよ。まだ早いくらいじゃん」
「ふふ。それ言ったらりっちゃんもやん」
「私はいいんだよ、勝手に来てるだけなんだから」
片思いしていたあの頃から、奇跡的な出会いを果たすまで数年。私たちは互いに、何をしていたか知らない。
その間の関わりなんてなくて、どんな風に変わったかも知らないまま。ただあの頃の燻り抱えていた想いをぶつけて重なり合っただけ。
ねるが言った、『次』があることに確信もないまま浮かれていた私は、デートしよというねるの言葉に、心に急にモヤがかかった。
そう。よくよく思い返してみて
私はねるとの関係を、あんなに時間が空いた恋心に燃やされて、ぶつけ合って、その高鳴りのまま付き合うとして。
それはすぐ、途絶えてしまう気がする。
「理佐はいつからねるのこと好きやったと?」
デートと称したランチで、ねるの一言に心臓が一気に冷える感覚がした。
いつからとか具体的に言ったら引かれるだろうか。それから今までずっと想いを抱えていたとかキモいと思われるかもしれない。でも好きって気持ちに嘘はなくて。でもそれを正直に言うことがここでの正解なのだろうか。
ねるの質問に一瞬で思考が回る。けれど、どの答えも口から出ていくことは無かった。
「──………、、」
「沈黙長っ」
「……いやだって、いきなりそんなこと聞く?」
「ねるはねー、高校の文化祭で男装してた時からかなー」
「聞いてる?」
自分から言い出したのに、目を垂れさせてにやにやと顔を綻ばす。
……かわいいな。あの頃も、こうやってころころ笑って、照れて顔を背けて。時々狙ったように可愛く笑うその姿に、私は心奪われていた。
「あの時のりっちゃん、かっこよくて。でも、ああやって真っ直ぐ見つめてもらいたかーって思ってた」
「ふふ、頭ぽんぽんとか?」
「あれは照れちゃうけど。理佐のかっこつけたりしないで優しくしてくれるとこ、好きになった」
「!」
「かっこつけて疑わせることしない。間違っても傷つけたりしない。不器用に言葉選ぶけど、受け止めて掬ってくれるとこ、好きって思ってた」
食べ終えられた食器たちが、静かに片付けられる。店員さんにお辞儀するけれど、ねるはそれを見送った後も会話を途切れさせることはなく
ゆっくりと微笑んだ。
「大事なことを、ちょっと間延びした声で言うとこも、理佐っぽくて好き」
「…………なんか照れる」
「えへへ。ねるも照れるったい」
あの頃好きだった方言が漏れて、心臓がくすぐられる。
好きな人にそんな風に思われてたなんて知らなかった。
あの頃のねるには、私なんかよりもっと凛として支える人がいた。 私はその人よりねるのそばに立つ資格なんてなくて、ただ、ふとした時に隣にいられたらいいなって思っていた。
ふらついた時に、手を引くことも肩を支えることも出来ないけど、ただ転ばないように小さなクッションになれていたらいい。
それに、気づいてくれなくていいとすら思っていた。だって、こんな思考はただの自己満足だから。
「……私、はさ、」
「……うん」
「……ずっと、ねるがかわいいって思ってたよ」
「ほんと?嬉しい」
「ねるってたくさん色んなこと考えてたじゃん」
「……うーん、面倒くさいことばっかり思ってたかも」
「私はきっと、ねるが好きってことが先だったから、何を言っても後付けになっちゃうんだけどさ」
「、」
「色んなこと考えてるの憧れたし、力になりたいとも思ってた」
それをするほどに、私の思考も知識も追いつかないと分かってたから何も出来なかったけど。
「色んなことを考えるために、たくさん勉強したりとか何か行動を起こしたりとか、真面目で一生懸命なとこも好きだなーって思った」
私は、私の言葉がひとりでにふわふわ浮いて行く気がして何となく居心地が悪くて視線を下に泳がせる。普通の会話は目を見れるのに、自分の言葉を連ねる時は気まずくて仕方がない。
なのにねるは、私の言葉に真っ直ぐ見つめてくる。
その、真っ直ぐな目も好きだったよ。
黒い瞳で、強い意志を秘めてるみたい。
いつもはふわふわへにゃへにゃ笑うのに、そういう時は強い。そして、それに映るのはいつも私じゃないから寂しかったりした。
「ぁ、でもそれがなくてもきっと好きだっただろうなーって思う」
「りっちゃん」
「、ん?」
「ねるはりっちゃんがそばにいてくれたの気づいとったよ」
「──……、ぇ?」
ねるの瞳に、私が映る。
強く真っ直ぐな、黒い瞳。
あの頃、こんなふうに向き合える日が来るなんて思ってもいなかった。
だって私は、ねるにとってただの友人だったから。
「ふとした時に頼りたくなるのは理佐だった。甘えたくなるんも、理佐やった」
「……でも、あの頃って」
「似てる境遇なんて仲間意識みたいなものなのかも。その人は頼りにもなるし距離の近い人になるかもしれないけど、それは好きだったりこれから先一緒に歩く人になるかは別だよ」
文化祭のは、相手役にヤキモチを焼いて恋心を自覚するきっかけだった。
そう言ったねるは、目を垂らして笑う。
気づいていたのかな。
背を合わせるような私に。 手を引くことも、肩を支えることも出来なかったけど。
「ねぇ、理佐」
「……なに?」
「ねるのこと、今も好き?」
「………。」
聞きたいのは、私の方だよ。
私の事、今、好きでいてくれるの?
「飲み会でねるに会えて、すごく嬉しかった」
「うん、」
「けど相手の人と話してるところ見て、イライラした」
「うん」
「ねるとの夜は、すごく幸せだった」
「……」
「………次があるって、浮かれたんだよ」
「……やらしか、りっちゃん」
笑う、でもなく。
強い瞳、でもない。
初めて見る、ねるの表情。
「………好きだよ、ねる。今も変わらない」
「ねるも、理佐のこと、あの頃より好き、かも」
「……かもって何」
「えへへ。やって、りっちゃん。あのころと変わらんのに、綺麗になって、かっこよかよ」
「それ言ったら、ねるだって綺麗になった」
「お互い大人になったけん、変わったと」
「……うん。」
ねるは方言を出さなくなった。
以前はこんなにぽんぽんと思いを口にすることも無かった気がする。
けど、いまのねるを好きにならない理由にはならない。
「……ねると、付き合って」
「私のセリフだよ、」
「りっちゃん言わなそうやけんねるが言ってあげたったい!」
「……えー、うーん。。」
まぁ、否定できないけど。
「よろしくお願いします」
「よろしくね、りっちゃん」
頭を下げる私に、ねるもゆっくりと頭を下げた。
かしこまる必要も無いのに、恥ずかしくて型にはまろうとしてしまう。そんな姿に2人で笑った。
抱えていた気持ちは、もしかしたらこれから先変わってしまうかもしれない。
けど、今、あの頃のことを考えてみて、話してみて。自分が思っていたのとは違うんだと知る。
なら、気持ちは変わっていくべきで
その先、どれくらい道が続くかなんて知れるわけがない。
ランチを終えて、店を出る。
私は隣を歩くねるの手を引いた。
「ねえりっちゃんー」
「なに?」
「また男装せん?」
奇跡的な再会。
声をかけてくれた出来事。
タクシーに引きずり込んだ行為。
そして、ぶつけて重なった想い。
「……いいよ、夜も襲うけどね」
「あはは、狼やんー」
『次』に浮かれるのは、今度こそ確信の先だった。