緑⊿の短編系

──ごめん、土生ちゃん



久しぶりに約束をして、待ち合わせた先。
でも、なんとなく疑問はあったんだ。

いつもと違う場所だったから。
いつもと違う、時間だったから。
いつもと違う、声色だったから…。


それでも、私にだけ何かを話してくれるのかもとも思った。 後輩の事だったりとか、誰にでも優しいみいちゃんだから、何かを背負ってしまって苦しいのかとか……。

そんな事じゃなかった。自惚れにも程がある。



「……土生ちゃん、飲みすぎだよ」

「っ、」


傾けたグラスがいつの間にか空っぽで、気づかなかったことに感情が溢れていると自覚する。でも、その溢れる感情を止めるべきだと思うのに、止めたくない。

苦しい。 辛い。悲しい。

私はどこで間違えたの。
いつ傷つけていたの。
いつ、涙を流させていたの。


「いやだ、」

「……、」

「こんなのやだ、こんなので終わりなんてやだよ」


呼び出しに応じてくれた理佐は、静かに私の勝手な言い分を聞いてくれる。
だからこそ、想いをこぼしやすくなってしまう。
きっと他の人なら自制の効くものも、理佐相手には許される気がしてしまう。

空になったお酒の缶を眺めて、アルコール度数を見る。もっと強いのにすれば良かった。
そんな自暴自棄な思考は、ただ1人、その人を腕から失ってしまったから。


「理佐は、みいちゃんから何か言われた?」

「、……うん。でも、」

「ならなんで!みいちゃんは私には何も言ってくれないの」

「、」


勝手だとは思う。けど、何も言ってくれなかった。
なんでって問に、別れの言葉しか返って来なかった。

ヒントもない。
言い訳もさせてくれない。

──甘えていた、
──怠けていた、?
──その笑顔に、寂しいなんて気づかなかった、、


なんの弁明もできない。繕いも許されない。


「こんな終わり、馬鹿みたい、」


私たちって、そんなものだったの?
なんの話し合いもなく、ただ急に、わけも分からずに、背を向けることが出来る。そんな関係だった?

でも、、でも。
心の奥底で、白い服を着た自分が真っ当な顔で言うんだ。

──みんなに、幸せになって欲しい。


私の吐いた、真っ白く綺麗な言葉が絡んで
みいちゃんに手を伸ばす事を許さない。


みいちゃんが、望むのなら。
そこまで苦しんでいるのなら。

あんな、悲しい顔をさせてしまっているなら

別れることが、彼女の幸せになるのかもしれない。
だとしたなら、私に、彼女に縋り付く資格なんてない、。

…ずっと、喉の奥が痛い。
きっと、お酒のせいだ。頭が痛くて、いつもは見えない奥底の感情が、強い目をして睨んでくる。
…心臓が掴まれそうだ。 それを掴まれたら、きっと口から全ての感情が出ていってしまう。
そんな気がする。

もう止めなきゃいけない。
理佐にも迷惑をかける。帰ってもらって、冷たいシャワーを浴びよう。

似合わないコーヒーを飲んで、仕事に行く。
幸せを名分にして、みいちゃんの笑顔を遠くからでも見ていくんだ。
彼女が、幸せなら。………それで、


「…好きなら、そう言ったら良かったじゃん」

「、!」

「……みんなに幸せになって欲しいから、美波の別れにも頷いたの?」


『幸せになって欲しい』

みんなに、そう思ってる。
みいちゃんにも、そう思ってることに嘘はない。

───違う。


「っ、みいちゃんにも幸せになって欲しい」

「だから、そのまま頷いたんだ」

「だって、みいちゃんがそうしたいって言ったんだよ。それが、、みいちゃんの」

「美波は、本当に何も言わなかったの?」


喉が詰まる。泣きそうに苦しい。横隔膜が固まって、呼吸が上手くできていない気がする。

こんなに苦しいのは。
私の望みと、現実がズレているからだ。

だって、他の人になら私はそれで良かったと笑えている。


「言い訳なんていらないでしょ、土生ちゃんが美波をちゃんと好きなら」


なら、私はみいちゃんに幸せになって欲しいとは思っていないの?

この思考は、危ない。心臓に、手が掛る。
自分も知らない、黒い感情が舌と喉を突き動かす。


「っ、」


本当は幸せなんてどうでもいい?
みいちゃんの幸せなんて望んでなくて、近くにいて欲しい?

だれにも、笑わないで。私にだけ手を伸ばして。
こんなに苦しいことそれこそが、互いの愛だって証明しようよ。

ふたりで、。


「……土生ちゃん」

「みいちゃんと、別れたくなんかない、!」

「…どうして?」

「…好きなんだよ、大切なの。だれにも、渡したくない」


いつかの、君の言葉は。自分のモノのように染み込んでいた。
君を、誰にも渡したくない。

でも、閉じ込めて、縛り付けて。その羽をもぐことなんてしたくはない。


なら、


「なら、どうしたいの」

「………、」


理佐は残酷だ。

真っ黒い瞳の、睨みつけるほどに強い目をした、私も知らない私の感情に、そっと手を伸ばしてくる。

添えて、引き上げて。
心臓へ、手を届かせるんだ。


「──私は、」



他の誰かと。
メンバーと。

君が同じなわけが無い。

その差は、黒い感情が線引きする。

ずっと抱えていたんだ。私が気づかなかったそれに、みいちゃんが気づくわけなかった。
















「みいちゃん、」

「…どうしたん?ダンス練習する?それとも歌?」


仕事の重なったその日。私の声にみいちゃんは下を向いたまま。拒否されているのは分かったけれどそんなのは分かっていた。


「話がしたいの。これから時間ちょうだい」

「……なら、みんなで話し合お?ふたりでするより」

「みいちゃんと話がしたい。お願い」

「土生ちゃん、うちは」

「美波、行っておいで」

「……理佐」

「…大丈夫だよ、美波はそのままでいいから」

「、。」


メンバーが見守る中、理佐に背を押される。
みいちゃんは不服そうで目を合わせてくれなかったけれど、先を歩く私に付いてきてくれて事務所の一室に誰もいないことを確認して中に入った。


「……なに、」

「私、みいちゃんのこと好き。別れたくない、」

「…土生ちゃんは、それ言われてうちがどう思うと思っとる?」

「え?」

「土生ちゃんを嫌いになった訳やないよ。うちだって土生ちゃんのこと、……好き、けど、もうあかんねん」


視線は私に向けられないまま。
その視線のように、もう私たちの想いは重ならないと言われてる気分だった。

みいちゃんは置いてあった机に手を置く。
…その手を握るのは、ずっと、私だったのに。


「みんな、土生ちゃんのこと好きやで。それは土生ちゃんが本当にみんなの事が好きやからだと思う」

「……」

「土生ちゃんのこと、太陽みたいやーって思ってん」

「、」

「あったかくて、心地よくて。ずっと隣にいたい。くっついてたい。……でも、」


机をなぞっていた手が動きを止める。ゆっくりと握りしめられてみいちゃんの気持ちが込められるんだと思った。


「太陽って、みんなのこと照らしてくれるんや」


「みんなのことぽかぽかにして、笑顔にして、幸せにしてく。みんな、見上げて、笑顔になる」


その、キツく握りしめられた気持ちを撫でるのは誰?
解放するのは誰? 開いた手のひらに触れて、その手に触れられるのは、だれ…?


「土生ちゃんみたいやろ?」


ぐつぐつと感情が煮える。
ボコボコと中から溢れ返り、破裂した先。
火傷するのは私とみいちゃんどっちなんだろう。


「うちだけ特別にはならんねん」

「っ、なにそれ。私、太陽なんかじゃない」


煮えたぎる感情が、みいちゃんの一言にボコん、と大きく音を立てた。


太陽ってなに。私は、みいちゃんの目の前にいるのに。
太陽なんて、手の届かない、触れることなんて許されない、そんな存在じゃない。


「物の例えやで、!」

「っ、勝手にそんなのにしないでよ」

「、土生ちゃん、離して」


黒い感情が、いとも簡単に手を伸ばす。
勝手に、、言葉が、溢れてしまう。

気づけば、身体さえも動かしていて、みいちゃんの細い腕を掴んでいた。


「そんなので、別れるなんていやだ」

「土生ちゃんはみんなの事が好きなんやろ!うちだけ特別にはならんねん!」

「勝手に決めないでよ!」

「勝手やない!ずっとそうやったやんか!」

「!」


涙目のみいちゃんが、私を強く睨んでくる。
嗚咽で呼吸が切れる。
私は今、確実に。君を傷つけているんだ、。


「ずっとそうやったやろ!誰にでも優しくして、かっこつけて!幸せになって欲しいなんて言って!そこにうちと誰かになんて差あらへんねん!」

「っ、みいちゃん、」

「うちだけ特別なんてないんよっ、土生ちゃんがそういう優しい人やって知っとる、!そんな土生ちゃんやから好きになった…っ」


「土生ちゃんが好き、!でも、だから、、特別にして欲しいって思ってまう!うちだけを好きって、言って欲しい…!」


でも、
だけど、、

そう言って、みいちゃんは。
欲望を開けては、それに傷ついていく。

きっとずっと、そうやって苦しんでいたんだ。


「みいちゃん、私、太陽なんかじゃない」

「せやから、物の例えやって、!」

「みいちゃんを、特別に思ってる」

「っ、そんなん、」

「みいちゃんが好きだよ、」


みいちゃんの瞳が、悲しみに揺れる。
分かってる。君はこんな言葉じゃ泣くだけだって。

けど、この言葉はどうしても伝えたかった。


「みんなには、幸せになって欲しい。それは変わらないと思う。でも」

「……っ」

「みいちゃんのこと、幸せにしたいって思うんだ」

「なんよ。それ」


怠けていたわけじゃない。でも、君に甘えていたことは確かだ。
私に、時間なんて貰えない。今この瞬間に、君だけを見つめて。

ほかに、何も見えないほどに
想いを伝えたいんだ。


「私が、幸せにしたい。だから、もう一度、私と付き合って」





『なら、どうしたいの』

『───私は、、私が、みいちゃんを幸せにしたい。他のだれにも、それを許したくなんてない』


綺麗に見えるその言葉は、黒い独占欲と自己主張の塊。
幸せになって欲しいなんて、他人行儀じゃない。

誰でもない私が、みいちゃんの幸せを。
型どり、染め上げ、作り上げる。

きっと、本心は  誰に笑いかけることも嫉妬する。
でも、それを制限することは、私がみいちゃんを不幸にする。だからしない。


けど『私だけじゃない』その事柄に嫉妬するのは昔からだった。

ずっと、潜んだ黒い感情は知らないわけなかったんだ。理想に隠れていただけで、ここにいる。

すぐ手を掛けられる。 その位置に。


「土生ちゃんのあほ、!」

「ごめん。みいちゃん」


みいちゃんの腕から力が抜ける。
泣くみいちゃんへ腕を回すと、みいちゃんの手が私の背に回る。


私は、太陽なんかじゃない。そんなことになったら、みいちゃんを抱きしめられない。

でも、みんなの幸せは願っている。そのために尽力することは変わらない。

ただ、。
君だけは。  私の手で、幸せにしたいんだ。



















「お、今日の髪型、いつもと違うね」

「さすが土生ちゃん!実は初めてやる髪型なんだよ」

「かわいい」

「えへへ」


そんな会話が楽屋に響く。土生ちゃんの会話が耳に着いてしまうのは、きっともう癖みたいなもの。
でも、それを聞いていたのはうちだけじゃなかった。


「…土生ちゃんの世界は変わんないね」

「せやなぁ。やっぱり、土生ちゃんのあれは本心なんやろな」

「もういいの?」

「理佐の言う通り、土生ちゃんは太陽やなかったしな」

「みんなには太陽かもしれないけどね」

「…ありがとな、理佐。色々迷惑かけてごめん」

「ううん、気にしないで」


そんな会話に、理佐のスマホが鳴動する。
理佐は画面を見て席を立った。ごめん、と言われたけれどその顔は少しだけ嬉しそうで、スマホの先で繋がっている相手の想像は容易だった。

そして、入れ替わりで土生ちゃんが隣に座る。



「ねぇみいちゃん、今日一緒に帰ろ」

「ええよ、でもポム待っとるから今日は直帰な」

「!!」


土生ちゃんよりポムを優先するのは、たまにする仕返しです。
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