緑⊿の短編系
偶然なんてない。
世の全ては、必然の上に成り立っている。
そんなような言葉を、だれかがどこかで口にして
私はそれを運命のようだと、馬鹿みたいに、
楽観視していた。
全てに意味があるのなら、それは
自分にとってプラスだと思い込んでいたんだ。
偶然なんてない。
出会いも、
すれ違いも、
愛し合ったことも
思いをぶつけあったことも
想いを込めた好きという言葉も
感情が先走った嫌いって言葉も
君の涙も、嗚咽も
別れに、心が引き裂かれそうなことも。
そんなものまで必然だなんて、
偶然が重なった不幸だという逃げ道もないなんて
あまりに、
酷だと思わないか。
「理佐?」
「……、由依」
「手、止まってるよ。休憩する?」
「……ううん。ごめん、やるよ」
君を好きだと、告げた時。
私はどんな顔をしていたかな
少しはかっこよく映っていただろうか。
それとも、泣きそうに震えて…子犬みたいだったかな。
「………、」
「……理佐は失恋とか経験なさそうだよね」
「…今言う?」
「振られたわけじゃないじゃん。今までだって、今回だって」
「……」
振られるという定義は、どこだろうか
嫌いだと、好きじゃないと、言われたならそれは振られた部類に入るけれど。
『そっか、じゃあ───』
その言葉と、悲しげな表情に
私はそれ以上踏み込むことが出来なくて。
「振られなくても、失恋するじゃん」
「理佐が?誰に恋して失恋したの?」
「………、」
「楽観視しろとは言わないけど、そうネガティブにならなくていいんじゃない?」
「……うん」
口から出た言葉に、了承の意はなくて
ただ、自分のわだかまりや、失恋したという事実は他人に伝えられるすべが自分にはないと諦めただけだった。
「……理佐」
「ん?」
「悪いけどそろそろひかるとの約束の時間なの。帰るね」
「うん、ありがとう」
由依が帰ったあと、作業途中の部屋を見渡す。
部屋にはダンボールが積み上げられ、普段生活していた形を大きく崩していた。
君との関係性が崩れてから決まった引越しは、必然なのかもしれない。
関係性が崩れたまま距離が離れたらきっと、元の関係に戻ることは難しいのは明らかだ。
だとするなら、君との、
ねるとの別れは、不幸やタイミングの悪さが重なっただけじゃなくて
なんの言い訳もできないほどの必然なのかも、しれない。
「……諦めなきゃ、なぁ」
こぼした声は、物がまとめられた部屋には大きく木霊して
まるで『そうしろ』とでも言いかせてるようだった。
『そうネガティブにならなくていいんじゃない』
………。
「ねると別れるのに、同じ部屋はキツかったよね、」
………きっと、由依が言っていた意味とは違うとわかってた。
「引っ越して環境が変わるのはいいかも。それどころじゃなくなるかもだし」
それでも。
「引っ越しついでに、物買い換えようかな。回収業者もあるし、断捨離も、必要だよね」
間違ってると分かってても。
出した声に喉がひきつっても。
鼻の奥が、痛みを自覚しても。
「……これからまた、いい人に……会えるかも、」
ねる以上に、必要な人がいないと思っていても
ただ。
この別れが必然だというのなら。
せめて………。
「!」
言い聞かせていた独り言は、来訪を知らせる機械音で終わりを告げられた。
溢れかけていた涙を拭って、インターホンで相手を確認する。
目の前に表示されたあまりの都合のいい展開に、言葉が詰まった。
「───…は、?」
──理佐!おるとやろ!! 玄関開けるったい!
「へ、?え?」
通話を繋いではないのに、ねるの声がドアを挟んだ玄関先から聞こえてくる。
モニターでも、届いてくる声も
間違いなくねるだった。
そして、けたたましくスマホが鳴動する。
続けざまの展開に慌ててパニックになりながらも、体は条件反射のように応答へフリックしてしまいスマホは相手に繋がった。
『あ、理佐?』
「由依、?」
『ねる、そっち行ったでしょ。ちゃんと出なよ。部屋にいるって言ってあるから』
「っ、そんな、!」
『ネガティブになんなって言ったじゃん。ちゃんと話しな、どうせめんどくさいこと考えてんでしょ』
「……、」
『少なくともねるは振ったつもりないからね』
「……ぇっ!?」
言葉の意味を問う前に通話が切られる。
スマホからモニターへ視線を移せば、ねるの姿があった。
これは、現実なのだろうか。
繋いでくれた友人も、別れたはずの恋人も
またこの距離で話せる世界は。
どうか、必然であって欲しい。
何回目かの思考を繰り返しながら、私は玄関の鍵を開けた───。
「なん勝手に別れとると?話するけん、中入れて」
愛しいその人が初めて見せる表情と声は
私の血の気を引いた……。