Wolf blood
ーーー私たちの中での番っていうのは、絶対なの。
ーーーそれは誰も代われないし、変えられない。その人の唯1人で、それ以外なんて有り得ない。
ーねるは渡さない。私が、番にしたいんだ。それが出来なかったとしても、私はねるが好きだから、
ーーーたったひとりを見つけたんだ。
ーーーたったひとり、見つめてくれたやつが、誰かに触れたら…
ーーあのやさしい匂いは好きです
ー私はねるを愛してる。約束するよ、私は、私を否定しない
ーそういえば、理佐は?ねるのために暴れたんちゃうの?
ーーーだれかを、思い出していたよね?
それは、平手友梨奈だった?
ーー忘れないで。記憶の隅に欠片は落ちてる。
ーーー思い出したら、そいつのこと殺してやったらいいよ。あなたの番はそれくらいの罪を犯したし、あなたはその殺人者として罰せられるべきだ
『』に似たその人を、放っておけなかった。
『』に似たその人が、辛そうなのを見てられなかった。
『』に似たその思考を、否定したかった。
『』はいつも、自分を否定して
周りの優しさも想いも、自分に向くはずがないと思っている。
今は影の潜んだ『』の思考に、何故か苛立ってしまった。
ーーーねるは私に血を渡した。しかも、自ら。それって、『』への裏切りだよね?
ーーーそれは、平手友梨奈だった?
ーーーそれが、理佐。渡邉理佐だよ。分かる?長濱ねる
「………ごめんなさい、てっちゃん、」
「………、」
言葉と共に自覚したのは、自身の体から離れた友梨奈の熱と、
痛いくらいに友梨奈を掴みながら突き放した手だった。
震える手で自身の唇に触れる。
その感触も、感覚も、何かが違うと警鐘を鳴らす。
「ねる、」
「………っ、」
悲しげな声が、耳に届く。
間違っていたことなんて本当は気づいてた。
甘えるなんて、利用するなんて、自分がしたことはそんな生ぬるいものじゃなかった。
優しさを、あたたかさを
すべて貫いて、あなたの息の根を止めるような行為だった。
「……よかった、」
「え?」
自己嫌悪に苛まれるねるに、友梨奈の声が降る。
友梨奈の腕が、力を失うようにねるから離れてねるは思わず顔を上げる。
そこにあった微笑みは、優しくて、悲しかった。
「これで、受け入れられたらどうしたらいいのか分かんなかったよ」
「……っ、」
ーー嘘。
偽り。
虚栄。
でもきっと。そんなものでは無い。
そんな、薄っぺらい、言葉で表せるものなんかでは無い。
友梨奈のねるに向けられる、全ての感情は
ねるの知る知識で括ることなんてできない。
「ねる。みんなのとこ行こう。桜は来年……ううん、近いうちに見に来ようよ。きっと来れるから」
「………?」
その真意を掴めないまま、友梨奈は今までと変わらないようにねるの腕を引く。
でも、何となく
その手に、その力に一線を引かれた気がした。
ねるは声をあげようとしたけれど
それがあまりに身勝手だと感じて、その声を上げることなく
ただ、友梨奈の手に引かれ
桜の木を後に、祭りの喧騒の中へ戻った。
「あ、ぴっぴー」
「よ、おかえり」
飲み物を買いに行っていたはずの愛佳が、じゃがバターを頬張りながら2人を待っていた。口の中のじゃがいもを飲み込んでから、愛佳はねるのカバンに視線を向ける。
愛佳「……ねる、カバンについてたチャーム?どうした?」
ねる「え?」
示されて持っていたバッグを見る。そこには付属されていたバッグチャームが姿を消して、何となく華やかさをどこか失ったカバンがあった。
友梨奈「ああ、さっきの所に落としたのかな。暗くて分かんなかったのかも」
ねる「そう…なんかな、気づかんかったばい」
友梨奈「探しに行こうよ、私も行くから」
ねる「そんなよかよ、買った時に付いてたおまけやけん」
友梨奈「いいから」
愛佳「ああ、さっき近くでガラスが割れた音がしたからその辺危ないかも。欠片気をつけて、」
ねる「…うん、」
欠片。
かけら。
きみの、かけら。
忘れちゃいけない。
なぜか、頭の中が、アクセルを踏んだように記憶を漁り始めて。
いつの記憶かも思考が追いつけないほどに、飛び交うように声が再生されていく。
『』
ーーー『それが、渡邉理佐だよ』
それは、どこかで、何かが。
『番は唯一無二』
ーーー『殺してやったらいい。そして殺人者として罰せられるべきだ』
『思い出して。』
ーー『欠片はいつか、形をなす時がくる』
音を立てて、崩れる音。
『誰かを思い出していたよね?それは平手友梨奈だった?』
『私が、守ってあげる』
『ねるが、好きだよ』
飛び交う声が増して、パンクしそうになる。
心臓が痛いくらいに暴れて、
死ぬんじゃないかと怖くなった。
けれど、ぽつんと1つだけ。
クリアな世界が落ちてくる。
それは、
涙が溢れるくらい憎くて。
喉が詰まるくらいに愛しい。
外から襲いかかってくるような、それでいて内から溢れかえるような、
熱くて灼けそうで、
冷たさに凍りそう。
相反する全ての感情は、
ぱん、と音を立ててねるを現実世界に引き戻した。
ーーーーー……すき、ねる、、。好きだよ、愛してるんだ……
「ーーー………!!!」
気づけばそこは、さっきまでいた桜の前。
共に居たはずの友梨奈はいない。
さっきまでいた桜の木の元に、
『あなた』は、背中を丸めて立っていた。