Wolf blood
蕾をみて、咲く姿を想像したことはあるか。
いつだって、君とみた桜は蕾で。
それは、次の約束を取り付ける口実になって嬉しくて。
でも、私たちは咲くことがないと示されているようで悲しかった。
君が当たり前に『また』を口にしてくれる事が幸せで、
『また』を実現できるか不安だった。
君は、どう思っていたのかな。
長い先を見すぎて、今を聞いたことはなかったかもしれない。
「土生ちゃーん!」
「みいちゃん!はぐれるの早すぎだよ!」
「やって、人混みに連れてかれるんよ。人多すぎや」
「もー。ダメだよ離れちゃ。誰かに連れてかれるよ」
そんな会話が聞こえて、はぐれていた小池の合流を知る。スマホがあるとはいえ、姿が見えなくなると、やはりどこか不安に駆られるのは万が一への恐怖なのだろうなとねるは頭の片隅で思った。
約束の春。桜の開花と合わせて催される祭りは、今年も変わらずに行われている。
土生と小池、平手、愛佳、ねる。準備されたその状況はねるの胸の内を騒がせていた。
今、ねるの隣には友梨奈がいて。その隣には愛佳がいる。
友梨奈のあの時の告白に、流れる涙の意味が分からなくて答えが返せなかった。
そんなねるに、友梨奈は。
『……ねる、』
『…………』
『春まで待つよ』
『え?』
『約束通り春に桜を見に行って、そこで返事が欲しい。ねるが混乱してるのは知ってるから。……それまではいつも通り、ここに遊びに来てくれないかな』
その言葉は、救いでしかなかった。
『春』までに答えは出さなければならないけれど、それまで今のままでいられる。
友梨奈の好意に甘える、と言うのはあまりに良い表現過ぎて
友梨奈を利用する、その行為を自覚しなければ良心を保てそうになかった。
「……ねる?」
「!、なに?てっちゃん」
「…ぼーっとしてるから。焼きそば冷めちゃうよ」
「あ、うん。温かいうちに食べんとね」
「………」
春先はまだ冷える。
桜のライトアップを見に来た為にもう日は暮れていて、冷えた空気が肌を撫でていく。
珍しく女の人が屋台の下で作っていたそれも、徐々に熱を奪われていた。
「ちょっと喉乾いたから飲み物買いに行ってくるわ。平手らはなんか飲む?」
たこ焼きを食べ終えた愛佳が、席を立つ。
記憶を辿れば、飲み物の売っていた屋台は少し先だった。
「ううん。いらない」
「ねるも大丈夫。ありがと」
「そう。じゃあ適当に物色してくから平手らも動いてなよ。合流したい時は連絡しよ」
「わかった」
「………、」
いつの間にかいなくなった土生たちと、愛佳が外れて
ねると友梨奈は、買った焼きそばを食べる。友梨奈はりんご飴を舐めていて、口の周りが紅く染まっていた。
「ーー……」
それが目に入って、ねるの口が再び止まる。
周りの人達の賑わいが、少しだけ遠のいて
息が詰まりそうだった。
「……てち、」
「ん?」
「………ううん」
吸血鬼だと、知っていたはずなのに。
今まで忘れていたかのような感覚。
考えていた『好意』『番』『吸血鬼』が、ねるの頭の中を染め上げていく。
「……ねる。顔怖いよ」
「っ、ごめ」
「…ね。ねるのこと好きだよ」
「!」
どこかで答えなければならないと胸につかえていた内容を、友梨奈に切り出されて
少しだけ鼓動が大きくなる。
「桜、見に行こうか」
「え?」
「少し離れたところに、もう1本あるんだよ。知ってるでしょ?」
「ーーー……」
友梨奈に手を引かれて、人混みから離れる。
焼きそばもりんご飴も、途中だったけれど
心の中で作ってくれた人に謝罪して袋へと押し込んだ。
「…………」
「……………、」
小さな橋を渡って、祭りの喧騒から離れる。友梨奈の半歩後ろを歩くねるは、表情を読み取ろうと視線をあげるけれど
横顔からは知ることは出来なくて
ただただ、成長した幼なじみに寂しさを感じていた。
少し歩いた先。ライトアップのない位置にある桜は、やはり咲いていなかった。
何となく、ねるの胸は騒がしさを増す。
「……咲いとらん、」
「うん、」
「………いつも、そうやね」
「……そうだね」
この桜は、ライトアップに並ぶ桜とは咲く時期が少しだけ違う。
特に、桜まつりの時期は狙ったとしてもそれを見るのは難しい。
「知ってたんでしょ?ねる」
「………」
あの、始まりの夜。
その人を連れ出したのはねるだった。
十中八九咲いていない、その桜を見に手を引いたのはねるだった。
もしも咲いていたなら、その恋を賭けようと思っていた。
「………、」
「ねる。私と『また』来年も桜の花を見に来てくれる?」
「……当たり前やん、」
「…そうだね、ねるはそういう人だよね、」
けれど、誰の手を引いたのか覚えていない。
友梨奈が、ゆっくりとねるに近づく。
その足音が、何かとシンクロした。
「……てち、」
「……好きだよ、ねる。ーーより、君を守る自信がある。私が、守ってあげる。」
桜の木と友梨奈に挟まれる位置に、何となく逃げ道を失った気持ちになる。
「……てっちゃん、待って…!」
「ねる、私を受け入れてほしい」
「………っ、」
近づいてくるのは、強い眼差しで。
「…誰を見てたっていいよ」
けれど、泣いているみたいな声だった。
「そばにいてくれるだけで、それだけでいいんだ」
あまりにありふれた、どこにでもある願いごと。
それがまるで叶わない願望だと知っているようだった。
桜の幹が、ねるの背中にぶつかる。
そんなねるを、友梨奈の腕が捕まえた。
力強く抱きしめられて、じんわりと熱が伝わる。
頬に触れる髪が柔らかくて、友梨奈の香りが鼻を掠めた。
「………てち、」
「好きだよ、ねる」
「………、」
囁くように、少し掠れた声。
なんて言ったらいいのか、分からない。
断る勇気も、傷つける覚悟も、ねるにはなかった。
僅かに、友梨奈は体を離して
ねるの瞳に、枝に実る蕾を背景にした切なげに強い瞳が映る。
僅かに離れたその距離が、ゆっくりと詰められて
………その先が分からないほど、子供でもない。
友梨奈にその感情がある、とは言えなかったけれど、好ましい対象であることに違いはない。形は違えど『好き』であることに違いはない。今迫るそれを突き放すほど嫌がる理由も感情もない。むしろそれを受け入れるべきだとも思う。
そんな、子どもみたいな言い訳を、いくつも頭の中に並べて。
そのあたたかさに甘えてしまう。
「ーーー、」
「……、」
少し強引なキスとは裏腹に、合わさった唇は酷く優しく離れていく。
むしろ、反応を見るように震えながら戸惑うようにして至近距離を保つ。
ねるは友梨奈を見ることが出来ずに友梨奈の首元へと視線をうろつかせた。自分の手が平手の胸元を掴んでいるのが見えて、慌ててその手を離す。けれど、それによって持て余してしまった手を、どうすれば…どうしたらいいのか分からなかった。
「ーーねる、血が欲しい、、」
「っ!!」
心臓が痛いくらいに締め付けられて、苦しくなる。
居所のなかった手を、友梨奈に取られて桜の幹に押し付けられる。それでも、幹に当たる痛みよりも友梨奈の手に掴まれている部分に意識が傾いた。
「てち…っ」
「、………、ねる、」
苦しげな、友梨奈の声が耳元に触れる。
首元に顔を埋められ、体が強ばるけれど
友梨奈はそんなもの気にも止めていないように、舌を這わせる。
それは容赦なくねるを追い詰めていった。
友梨奈の手の力が強くなって、逃がさない意志を込められる。
硬く尖った歯が、皮膚にくい込む感覚ーー
………ねるは、この感覚を知っとる。
いつだって、君とみた桜は蕾で。
それは、次の約束を取り付ける口実になって嬉しくて。
でも、私たちは咲くことがないと示されているようで悲しかった。
君が当たり前に『また』を口にしてくれる事が幸せで、
『また』を実現できるか不安だった。
君は、どう思っていたのかな。
長い先を見すぎて、今を聞いたことはなかったかもしれない。
「土生ちゃーん!」
「みいちゃん!はぐれるの早すぎだよ!」
「やって、人混みに連れてかれるんよ。人多すぎや」
「もー。ダメだよ離れちゃ。誰かに連れてかれるよ」
そんな会話が聞こえて、はぐれていた小池の合流を知る。スマホがあるとはいえ、姿が見えなくなると、やはりどこか不安に駆られるのは万が一への恐怖なのだろうなとねるは頭の片隅で思った。
約束の春。桜の開花と合わせて催される祭りは、今年も変わらずに行われている。
土生と小池、平手、愛佳、ねる。準備されたその状況はねるの胸の内を騒がせていた。
今、ねるの隣には友梨奈がいて。その隣には愛佳がいる。
友梨奈のあの時の告白に、流れる涙の意味が分からなくて答えが返せなかった。
そんなねるに、友梨奈は。
『……ねる、』
『…………』
『春まで待つよ』
『え?』
『約束通り春に桜を見に行って、そこで返事が欲しい。ねるが混乱してるのは知ってるから。……それまではいつも通り、ここに遊びに来てくれないかな』
その言葉は、救いでしかなかった。
『春』までに答えは出さなければならないけれど、それまで今のままでいられる。
友梨奈の好意に甘える、と言うのはあまりに良い表現過ぎて
友梨奈を利用する、その行為を自覚しなければ良心を保てそうになかった。
「……ねる?」
「!、なに?てっちゃん」
「…ぼーっとしてるから。焼きそば冷めちゃうよ」
「あ、うん。温かいうちに食べんとね」
「………」
春先はまだ冷える。
桜のライトアップを見に来た為にもう日は暮れていて、冷えた空気が肌を撫でていく。
珍しく女の人が屋台の下で作っていたそれも、徐々に熱を奪われていた。
「ちょっと喉乾いたから飲み物買いに行ってくるわ。平手らはなんか飲む?」
たこ焼きを食べ終えた愛佳が、席を立つ。
記憶を辿れば、飲み物の売っていた屋台は少し先だった。
「ううん。いらない」
「ねるも大丈夫。ありがと」
「そう。じゃあ適当に物色してくから平手らも動いてなよ。合流したい時は連絡しよ」
「わかった」
「………、」
いつの間にかいなくなった土生たちと、愛佳が外れて
ねると友梨奈は、買った焼きそばを食べる。友梨奈はりんご飴を舐めていて、口の周りが紅く染まっていた。
「ーー……」
それが目に入って、ねるの口が再び止まる。
周りの人達の賑わいが、少しだけ遠のいて
息が詰まりそうだった。
「……てち、」
「ん?」
「………ううん」
吸血鬼だと、知っていたはずなのに。
今まで忘れていたかのような感覚。
考えていた『好意』『番』『吸血鬼』が、ねるの頭の中を染め上げていく。
「……ねる。顔怖いよ」
「っ、ごめ」
「…ね。ねるのこと好きだよ」
「!」
どこかで答えなければならないと胸につかえていた内容を、友梨奈に切り出されて
少しだけ鼓動が大きくなる。
「桜、見に行こうか」
「え?」
「少し離れたところに、もう1本あるんだよ。知ってるでしょ?」
「ーーー……」
友梨奈に手を引かれて、人混みから離れる。
焼きそばもりんご飴も、途中だったけれど
心の中で作ってくれた人に謝罪して袋へと押し込んだ。
「…………」
「……………、」
小さな橋を渡って、祭りの喧騒から離れる。友梨奈の半歩後ろを歩くねるは、表情を読み取ろうと視線をあげるけれど
横顔からは知ることは出来なくて
ただただ、成長した幼なじみに寂しさを感じていた。
少し歩いた先。ライトアップのない位置にある桜は、やはり咲いていなかった。
何となく、ねるの胸は騒がしさを増す。
「……咲いとらん、」
「うん、」
「………いつも、そうやね」
「……そうだね」
この桜は、ライトアップに並ぶ桜とは咲く時期が少しだけ違う。
特に、桜まつりの時期は狙ったとしてもそれを見るのは難しい。
「知ってたんでしょ?ねる」
「………」
あの、始まりの夜。
その人を連れ出したのはねるだった。
十中八九咲いていない、その桜を見に手を引いたのはねるだった。
もしも咲いていたなら、その恋を賭けようと思っていた。
「………、」
「ねる。私と『また』来年も桜の花を見に来てくれる?」
「……当たり前やん、」
「…そうだね、ねるはそういう人だよね、」
けれど、誰の手を引いたのか覚えていない。
友梨奈が、ゆっくりとねるに近づく。
その足音が、何かとシンクロした。
「……てち、」
「……好きだよ、ねる。ーーより、君を守る自信がある。私が、守ってあげる。」
桜の木と友梨奈に挟まれる位置に、何となく逃げ道を失った気持ちになる。
「……てっちゃん、待って…!」
「ねる、私を受け入れてほしい」
「………っ、」
近づいてくるのは、強い眼差しで。
「…誰を見てたっていいよ」
けれど、泣いているみたいな声だった。
「そばにいてくれるだけで、それだけでいいんだ」
あまりにありふれた、どこにでもある願いごと。
それがまるで叶わない願望だと知っているようだった。
桜の幹が、ねるの背中にぶつかる。
そんなねるを、友梨奈の腕が捕まえた。
力強く抱きしめられて、じんわりと熱が伝わる。
頬に触れる髪が柔らかくて、友梨奈の香りが鼻を掠めた。
「………てち、」
「好きだよ、ねる」
「………、」
囁くように、少し掠れた声。
なんて言ったらいいのか、分からない。
断る勇気も、傷つける覚悟も、ねるにはなかった。
僅かに、友梨奈は体を離して
ねるの瞳に、枝に実る蕾を背景にした切なげに強い瞳が映る。
僅かに離れたその距離が、ゆっくりと詰められて
………その先が分からないほど、子供でもない。
友梨奈にその感情がある、とは言えなかったけれど、好ましい対象であることに違いはない。形は違えど『好き』であることに違いはない。今迫るそれを突き放すほど嫌がる理由も感情もない。むしろそれを受け入れるべきだとも思う。
そんな、子どもみたいな言い訳を、いくつも頭の中に並べて。
そのあたたかさに甘えてしまう。
「ーーー、」
「……、」
少し強引なキスとは裏腹に、合わさった唇は酷く優しく離れていく。
むしろ、反応を見るように震えながら戸惑うようにして至近距離を保つ。
ねるは友梨奈を見ることが出来ずに友梨奈の首元へと視線をうろつかせた。自分の手が平手の胸元を掴んでいるのが見えて、慌ててその手を離す。けれど、それによって持て余してしまった手を、どうすれば…どうしたらいいのか分からなかった。
「ーーねる、血が欲しい、、」
「っ!!」
心臓が痛いくらいに締め付けられて、苦しくなる。
居所のなかった手を、友梨奈に取られて桜の幹に押し付けられる。それでも、幹に当たる痛みよりも友梨奈の手に掴まれている部分に意識が傾いた。
「てち…っ」
「、………、ねる、」
苦しげな、友梨奈の声が耳元に触れる。
首元に顔を埋められ、体が強ばるけれど
友梨奈はそんなもの気にも止めていないように、舌を這わせる。
それは容赦なくねるを追い詰めていった。
友梨奈の手の力が強くなって、逃がさない意志を込められる。
硬く尖った歯が、皮膚にくい込む感覚ーー
………ねるは、この感覚を知っとる。