Wolf blood
「……ねる?」
「、ん?ぁ…」
理佐の声に呼び戻されて、ねるは考え込んでいたことに気づく。
「大丈夫?」
「うん。ごめん、りっちゃん」
「私はいいけど、」
狼との一件は、静かに終わりを迎えた。
あの後小林由依と呼ばれたその人は、ひかると共に帰っていき
今回の騒動は理佐と由依双方をしばらく監視下に置くことを条件に厳重注意となった。
せっかくのふたりの時間に、まとわりつく監視はあまり気持ちの良いものでは無い。けれど理佐は狼への虱潰しにした経緯を踏まえれば、監視下というのはただの表面的なものにしか感じられなかった。
狼は黙っているのだろうか、と不安にもなったけれど、監視下に置くのはそういったものからの抑止力を狙っているのかもしれない。
「理佐、」
「ん?」
理佐はあれから、大きな変わりはないように見える。
今まで通り連絡を取り、会う時間は多い。由依の一件からむしろ会えるようにしてくれている気さえする。ともにいる時はそばに居るし、離れたりしない。
それは、どこか。
怖いくらいの違和感。
「どうしたの?」
「……ううん」
脳にこびり付いた
『裏切り』と、理佐の表情。
あれは、どんな意味だったのか
ねるは怖くて聞けなかった。
「まだ、おるねぇ」
「あぁ、ごめんね。愛佳は何も問題なければもうすぐ終わるって言ってたけど…時期は明らかじゃないみたい」
理佐は隣にいてくれるし、今までのように過ごしていける。
そう、思えた。
「っ、……」
「理佐?大丈夫?」
それは、一瞬で。
移動しようと立ち上がった瞬間、理佐はふらつきを見せた。
「大丈夫、ちょっとふらついただけ。立ちくらみかな、」
「……顔色悪かよ、休も?」
「……、ねる。」
「?」
「………血が欲しいんだ、」
「、うん、」
理佐の言葉が熱を孕んでいて、ドキリとする。あの、桜の木の元で吸血行為をしてから 初めての要求だった。
元々吸血欲の少ない理佐が、求めてくるのは珍しくて。それでも、あのやり取りのあとそういった行為がなくて不安だったのも事実だった。
理佐とねるを繋ぐ、形ある、特別な行為。
人と違う、特殊なもの。
それは。
だれにも、なんににも
かえられない、
ものだったんだ。
外れることは出来ないけれど、監視の目から少し遠ざかる。
屋内で、人目のない場所に着いた。
「ねる、いい、?」
「うん、」
抱き合うように体を寄せて、腕を回す。
ねるは先に髪の毛をまとめて首元を露わにしていた。
「………?」
いつもはキスしてくれる、その唇はそのまま肌に流れる。
それでも、首元に優しくキスしてくれた。
「ん、っ」
「…………」
回った腕にぎゅうっ、と強く抱きしめられて苦しくなる。堪らず、ねるも理佐の服をにぎりしめた。
せっかくの服が皺になってしまうと一瞬過ぎったけれど次の瞬間には何度目かの付き合いになる痛みが走った。
「っ………!」
皮膚が破かれてくちゃ、と粘着質な音がして、理佐の喉が鳴るのが聞こえて、ねるは安心した。
なのに。
「……りさ?」
理佐が離れて、その瞳を覗いた時
紅い目は、涙に濡れていた。
「っ、理佐、なんで、?」
「……、」
理佐の手が上がり、噛み付いたそこに触れる。ねるはその手を慌てて払ったけれど、いつもより浅かったのか既に傷は癒えてしまっていた。
ひどい、不安と焦燥感。
嫌な予感がして、心臓がバクバクと暴れていく。重なる視線に、感情が見えなかった。
「り、さ……?」
「………、ねる」
叱ってくれたらいい。
泣いて怒ってくれたらいい。
けれどいつだって、その心にしまい込んでいく。
「好きだよ」
「っ、」
それが、怖くて、不安だって
きっと知らない。
「ねるのこと、好きで。大切なの…」
「………」
「ねるは、?」
「ねるやって!理佐のこと、好き!」
「………うん、」
微笑んでいるのにあまりに哀しそうで。
『好き』だと愛溢れる言葉が、別れの合図にしか聞こえなかった。
ねるがどんなに、嫌だと込めても
意味が無いような。
すべてすり抜けていってしまう。理佐に大きな孔が開いているようだった。
なぜ、気づかなかったのだろう。
悲しい笑顔も、
あの時の歪んだ表情も。
ほんの少しの拒絶を。
ねるが、ひとつでも踏み込んでいたなら
この未来はなかったかもしれない。
「ありがとう。ねる、」
「やだ!理佐!!」
声が届いていないかのように
理佐はねるの言葉には答えない。
もう、後戻りも、変更も出来ない。
絶対に拒絶したい未来。結末の決まったレールの上を、物凄い速さで送られていく。
そんな感覚。
「……幸せだったよ。きっと、これからも幸せでいられるから」
「何、なんなん!そんなん言わんでいいけん!ここにおってよ!」
「………ちゃんと、ねるも幸せだったかな、?」
ーーーこんな私と一緒で、
「ねるは!理佐とおる!これからだって!!」
理佐の手が伸びる。
その手から逃れたかった。大好きな理佐の手を近づかせたくなかった。
けど、所詮人間が、吸血鬼に適うわけがない。
しばらく忘れていた。
もう、理佐はそんなことしないと信じてた。
「ーーーーっ、や、だ!!っ」
「………ごめん。」
理佐が、消されちゃうーーー。
「理佐!忘れたくなかよ!、やめて!」
「………っ、ねる、」
「っ、!、ぁ!……っ!」
じわじわと侵食される感覚。
初めはゆっくりと、そこか記憶の消去が加速する。
理佐との思い出が消える。
理佐の存在が消える、
「理佐っ!理佐…!忘れんけん!ぜったい…」
ねるの声しか聞こえん。
理佐の声が聞こえん。少しでも、ねるの中に残したいのに、それすら許してくれんみたい。
記憶に残る、理佐が白くなっていきよう。
泣いとる顔も、笑っとる顔も
ふんわり優しか表情も、
のっぺらぼうになって。
そうして、そのまま。
「ねるは!りさのこと、忘れん!……りさ、?…!ねえ!りっちゃん!!」
『あなた』は、最初から存在せんかったかのように
ねるの中から、消えてしまった。
「、ん?ぁ…」
理佐の声に呼び戻されて、ねるは考え込んでいたことに気づく。
「大丈夫?」
「うん。ごめん、りっちゃん」
「私はいいけど、」
狼との一件は、静かに終わりを迎えた。
あの後小林由依と呼ばれたその人は、ひかると共に帰っていき
今回の騒動は理佐と由依双方をしばらく監視下に置くことを条件に厳重注意となった。
せっかくのふたりの時間に、まとわりつく監視はあまり気持ちの良いものでは無い。けれど理佐は狼への虱潰しにした経緯を踏まえれば、監視下というのはただの表面的なものにしか感じられなかった。
狼は黙っているのだろうか、と不安にもなったけれど、監視下に置くのはそういったものからの抑止力を狙っているのかもしれない。
「理佐、」
「ん?」
理佐はあれから、大きな変わりはないように見える。
今まで通り連絡を取り、会う時間は多い。由依の一件からむしろ会えるようにしてくれている気さえする。ともにいる時はそばに居るし、離れたりしない。
それは、どこか。
怖いくらいの違和感。
「どうしたの?」
「……ううん」
脳にこびり付いた
『裏切り』と、理佐の表情。
あれは、どんな意味だったのか
ねるは怖くて聞けなかった。
「まだ、おるねぇ」
「あぁ、ごめんね。愛佳は何も問題なければもうすぐ終わるって言ってたけど…時期は明らかじゃないみたい」
理佐は隣にいてくれるし、今までのように過ごしていける。
そう、思えた。
「っ、……」
「理佐?大丈夫?」
それは、一瞬で。
移動しようと立ち上がった瞬間、理佐はふらつきを見せた。
「大丈夫、ちょっとふらついただけ。立ちくらみかな、」
「……顔色悪かよ、休も?」
「……、ねる。」
「?」
「………血が欲しいんだ、」
「、うん、」
理佐の言葉が熱を孕んでいて、ドキリとする。あの、桜の木の元で吸血行為をしてから 初めての要求だった。
元々吸血欲の少ない理佐が、求めてくるのは珍しくて。それでも、あのやり取りのあとそういった行為がなくて不安だったのも事実だった。
理佐とねるを繋ぐ、形ある、特別な行為。
人と違う、特殊なもの。
それは。
だれにも、なんににも
かえられない、
ものだったんだ。
外れることは出来ないけれど、監視の目から少し遠ざかる。
屋内で、人目のない場所に着いた。
「ねる、いい、?」
「うん、」
抱き合うように体を寄せて、腕を回す。
ねるは先に髪の毛をまとめて首元を露わにしていた。
「………?」
いつもはキスしてくれる、その唇はそのまま肌に流れる。
それでも、首元に優しくキスしてくれた。
「ん、っ」
「…………」
回った腕にぎゅうっ、と強く抱きしめられて苦しくなる。堪らず、ねるも理佐の服をにぎりしめた。
せっかくの服が皺になってしまうと一瞬過ぎったけれど次の瞬間には何度目かの付き合いになる痛みが走った。
「っ………!」
皮膚が破かれてくちゃ、と粘着質な音がして、理佐の喉が鳴るのが聞こえて、ねるは安心した。
なのに。
「……りさ?」
理佐が離れて、その瞳を覗いた時
紅い目は、涙に濡れていた。
「っ、理佐、なんで、?」
「……、」
理佐の手が上がり、噛み付いたそこに触れる。ねるはその手を慌てて払ったけれど、いつもより浅かったのか既に傷は癒えてしまっていた。
ひどい、不安と焦燥感。
嫌な予感がして、心臓がバクバクと暴れていく。重なる視線に、感情が見えなかった。
「り、さ……?」
「………、ねる」
叱ってくれたらいい。
泣いて怒ってくれたらいい。
けれどいつだって、その心にしまい込んでいく。
「好きだよ」
「っ、」
それが、怖くて、不安だって
きっと知らない。
「ねるのこと、好きで。大切なの…」
「………」
「ねるは、?」
「ねるやって!理佐のこと、好き!」
「………うん、」
微笑んでいるのにあまりに哀しそうで。
『好き』だと愛溢れる言葉が、別れの合図にしか聞こえなかった。
ねるがどんなに、嫌だと込めても
意味が無いような。
すべてすり抜けていってしまう。理佐に大きな孔が開いているようだった。
なぜ、気づかなかったのだろう。
悲しい笑顔も、
あの時の歪んだ表情も。
ほんの少しの拒絶を。
ねるが、ひとつでも踏み込んでいたなら
この未来はなかったかもしれない。
「ありがとう。ねる、」
「やだ!理佐!!」
声が届いていないかのように
理佐はねるの言葉には答えない。
もう、後戻りも、変更も出来ない。
絶対に拒絶したい未来。結末の決まったレールの上を、物凄い速さで送られていく。
そんな感覚。
「……幸せだったよ。きっと、これからも幸せでいられるから」
「何、なんなん!そんなん言わんでいいけん!ここにおってよ!」
「………ちゃんと、ねるも幸せだったかな、?」
ーーーこんな私と一緒で、
「ねるは!理佐とおる!これからだって!!」
理佐の手が伸びる。
その手から逃れたかった。大好きな理佐の手を近づかせたくなかった。
けど、所詮人間が、吸血鬼に適うわけがない。
しばらく忘れていた。
もう、理佐はそんなことしないと信じてた。
「ーーーーっ、や、だ!!っ」
「………ごめん。」
理佐が、消されちゃうーーー。
「理佐!忘れたくなかよ!、やめて!」
「………っ、ねる、」
「っ、!、ぁ!……っ!」
じわじわと侵食される感覚。
初めはゆっくりと、そこか記憶の消去が加速する。
理佐との思い出が消える。
理佐の存在が消える、
「理佐っ!理佐…!忘れんけん!ぜったい…」
ねるの声しか聞こえん。
理佐の声が聞こえん。少しでも、ねるの中に残したいのに、それすら許してくれんみたい。
記憶に残る、理佐が白くなっていきよう。
泣いとる顔も、笑っとる顔も
ふんわり優しか表情も、
のっぺらぼうになって。
そうして、そのまま。
「ねるは!りさのこと、忘れん!……りさ、?…!ねえ!りっちゃん!!」
『あなた』は、最初から存在せんかったかのように
ねるの中から、消えてしまった。