Wolf blood

自然のものとは思えない光が放たれて、全員が目を閉じることを余儀なくされる。
腕や手で遮らなければならないほどの強い光だった。



「……、りさ?、」

「大丈夫?ねる、」


光がねるに届く一瞬に、理佐はねるの元へ着きその身を光から遮っていた。

久しぶりに包まれた、理佐の腕が恋しくて近くに理佐が在ることが堪らなく切なくて

ねるは求めるように腕を伸ばす。

けれど、それは理佐の手で制される。優しくも、止める意思を持ったそれにねるの心臓が跳ねた。


「ーー、…理佐…?」

「傷、治してあげる」

「っ、」


優しい声も仕草もそのままにそっと手が添えられて
ジクジクした刺激に、ねるの体が強ばる。
割いた傷と、由依に噛まれたその傷が
癒されていった。



「……いいよ」

「ありがとう…っ、」


理佐の声に顔を上げる。視界に入った理佐の顔は微笑んでくれているはずなのに、ねるは心臓が鷲掴みにされたかのように苦しくなった。
それに気を取られているうちに、理佐はねるから離れていってしまう。


「ここにいてね」

「まっ!、待って!!理佐!」

「………、大丈夫だよ、」

「…………、」


ねるの声に、背を向けたまま顔だけを振り返ったその姿が
何かを隠しているそれが。不安で仕方がなかった。

由依に捕らわれた時とは比べ物にならない恐怖感。
叱ってくれたらいい。怒って、泣いてくれたらいい。


けど、きっとあなたは。
何も言わずに、なにも見せずに
その心にしまい込んでいくーー。








「………ひかる、?」

光が落ち着いた先、愛佳の腕には可愛らしい女の子が抱えられていた。


ひかる「……はい」


小柄な身体。まだ幼さを残しながら、真っ直ぐに由依を見つめる。
その顔は、芯の強さを表していた。


愛佳「うわ。可愛い」

理佐「ちょっと愛佳」


戻ってきた理佐に愛佳の一声が届いて、呆れ声を漏らす。あまりに冷たい視線に、愛佳はひかるを降ろした。

足が着いてすぐ、ひかるは小走りで由依の元に向かい、その手を伸ばした。

反射的にも伸びなかった由依の手を、ひかるはそっと握る。戸惑いに揺れる由依に真っ直ぐな光が刺そうとしていた。


由依「……ひかる、私の事、わかる、の?」

ひかる「わかります。由依さん。ずっとお話したかった…」

由依「………、」


由依よりも少し下から向けられる、酷く真っ直ぐな視線。素直な、なににも汚れないその一言。

狼とも吸血鬼ともなれない。そんなことは、関係ない。小林由依自身を見つめるその瞳に泣きそうになる。
なににも囚われない。だからこそ由依の中に染み込んでいく。


ひかる「私、由依さんのこと大好きです。いなくなってほしくないんです。由依さんが、求めてきたこと止めるなんてしたくなかったけど、でも、」


由依の手を掴む、ひかるの手に力が入る。
震える声に由依は今度こそ、その手を握り返した。


ひかる「ひとりに、…しないでください、っ、」

由依「……っ、」



ひとりになる、寂しさを知っている。
その孤独を知っている。

けど、それに潰されなかったのはひかるがいたからだ。

端的にいうならば、自分のことなどどうでもよかった。求めるそれにたどり着ければ、その後なんて必要なかった。
けれど、自分の経験を、苦痛を。ひかるに強いることなど、できるわけが無い。


自分のプライドのために、物言えぬ狼へ責任を押し付けた。
自分が離れるのではなく、狼が離れるのだと言いたかった。

けど、ひかるが人と化せる時期を待ったのは
どこかでひかるへの想いがあったから。
ひかると過ごす日々は、かけがえのないものに違いなかったのに。
誤魔化したのは、自分の心だった。

取り戻さなければ自分は立っていられないとプライドに執着していたのは、いつか、プライドに執着されていた。


そんなもの、ひかるが共にいて
ひとりじゃなくなった頃からなくして良いものだと、分かっていたのに。
そうしなければならないと思っていた。


ひかる「ごめんなさい、由依さん、」

由依「………っ、違うよ、ひかる」



由依の手が、ひかるの手から離れる。
ひかるはそれを追おうとしたけれど、優しいその顔に、手が止まる。気づけば由依の腕に包まれていた。
















愛佳「終わり、かな」

理佐「……うん。きっと由依は、あの子と生きていける。あの頃のプライドなんてなくたって、」


ーー失ったものを取り戻すことなんて出来ない。
新しく、見つけていくしかないんだ。

… だれか、ひとりでいい。
自分にとっての唯一無二がいれば………


理佐「……愛佳」

愛佳「ん?」

理佐「……お願いがあるの、」


人は、生きていけるんじゃないかな、……













「あっ!!いたーーー!」


元気な声が飛び込んできて、しんみりとした空気が飛散し始める。


理佐「だに、忘れてた…」

織田「ひどい!愛佳まで置いてくしさ!狼の子見つけたの私なのに!!」

愛佳「えー、ごめんごめん」

織田「てかどうなったの?あ、ねるいる!!大丈夫なの?」

ねる「………うん。だに、ありがと、」

織田「?、うん、無事でよかったよ」


ぎこちない笑顔に、織田は疑問が浮かぶ。理佐とねるが隣にいるのに、いつもの雰囲気がない。違和感でしかなかった。

それでも、事態の飲み込めない織田は周りをキョロキョロと見渡す。



織田「………あれ?狼の子は?……ーーーー!!」


そうして、ひとり。目に入ったその人の元へ突然に走り出す。


織田「っ!あなた名前は!?」

由依「え?」

織田「私、織田奈那!あなた狼だよね!?可愛い!友達になって!」

由依「ちょ、、なに、理佐この人だれ?」

織田「織田奈那です!狼!あ、好きです!」

由依「うるさ、……」

ひかる「おだななさん。由依さん困ってます!」

織田「由依さん!?由依っていうの?いい名前だね!」

理佐「ちょっとだに。ほんと静かにして。なんなの」


織田「一目惚れしたの!お友達からお願いしますー!!」



空気の読めるはずの織田が暴走して騒ぎ立てて。
そうして、その場の出来事は終焉を迎えた。














………君の行為が、裏切りだとは思わない。


それでも。


君の行動は、私の心を刺し殺すには十分だった。






君は、何も知らなかった。

私は何も教えなかった。


君は何も病む必要は無い。


大丈夫。

たったひとり。唯一無二の君の存在だけで。


私は、生きていける。



そして、


君の存在だけで、終わりを迎えよう。


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