Wolf blood
『小林』が嫌いだった。
でも、自分の『役割』にはプライドがあった。
ずっとそうだった。
これからもそうだと思っていた。
それが覆った……その世界が崩壊したのは
、突然で。
今は既に討伐されたという、反吸血鬼組織による反逆。
交わされた条約が認められない狼たちのテロとも言えるものだった。
有力かつ強力な者から、非力な脆弱な者まで無作為に吸血鬼は捕らえられ、様々な扱いを受けた。
由依は、
吸血鬼としての血を奪われ、
狼の血を混在させられた。
吸血鬼としての存在は許されず。
狼としても忌み嫌われる。
人為的、暴力的な存在価値の否定だった。
そうして、殺されるよりも、或いは苦痛であるように生かされ放られた。
小林由依の過去は、それで終わりを告げる。
「………、」
由依は、口元の血を拭う。
ねるの血のおかげか、傷はだいぶ癒えていて新たな出血は少ない。
理佐に付けられた傷も、見た目ほど酷くない。
……まだ、吸血鬼としての名残はあるようだった。
「……半端者だよ、ほんと」
そう呟いた一言は、目の前の2人には届かなかったようで。
未だ、お互いに存在を見つめあっている。
ーーそのまま、離れてしまえばいい。
そう思って、唯一の存在を思い出す。あの子はきっと、そんなこと思いもしないだろう。
「理佐、?」
「ーーー………、」
絶望に歪む理佐の顔が、ねるに映る。
ねるには、その理由が分からなかった。
信じられないものを見るような、
絶望にくれるような。
泣きそうにも、怒りだしそうにも見えるのに
なぜか、その奥は虚ろで。
ねるから、言葉が出なくなる。
「………、」
「…………………、」
ねるが1歩を踏み出そうと足に力が入って、パキッと枝の折れる音が響く。
たったそれだけに、理佐は体を跳ねさせた。
気を取り戻したように視線を迷わせて、苦痛に歪ませた表情を滲ませたあと、俯き、何かを飲み込むようにくしゃりと髪を掴んだ。
「ーーーり」
「目的は何、由依…」
「……」
何かを遮断するように、理佐から硬い言葉が生み出される。
その声が冷たくて、ねるは手に力が入った。
「ねるなら、渡せない、」
その言葉に、ねるは少しだけ安心してしまう。理佐の中に、ちゃんと守るべき存在として在ることが感じられた。
「……理佐の番には、用はないよ。ただ、長濱ねるが必要なの」
「………だから、」
「ねるは私に血を渡した。しかも、自ら。それって、理佐への裏切りだよね?」
「っ、え……!?」
「ーーー、」
口角が上がり、由依の声が僅かに浮き立つ。
ギリ、と奥歯を鳴らした理佐の眼は暗く。髪の隙間から由依を睨みつけた。
それに被るように、ねるの声が降ってくる。
「待って!理佐のこと裏切ってなんかなか!!」
「…なんだ、ねるに言ってなかったの。通りで軽率な行動してくれると思った」
「……、」
「理佐っ、どういうこと、!?」
「………ねる、黙ってて」
「っ!」
理佐が。わからない。
理佐の中にねるは変わらずにあるのに。どこか存在を遮断するような声が当てられる。
安心は勘違いだと理解して、不安は恐怖になりつつあった。
けれど、それすら
解消する行動をとれやしなかった。
「由依、ねるは渡せない」
「……。」
言葉は意志を持つのに暗く。覇気がない。
それでも、岩のように譲る気配もなかった。
「…ねるが、なにをしようと、由依には渡せない」
「なんで?」
どこかで、鳥の声がして。
少し前の衝撃や音が、夢のように感じられる。
それでも、張り詰めた空気感だけは、穏やかな森の中で変わらずにあり続けている。
「ねるは、まだ人間なんだ」
「それに、意味があるんだよ」
「ねるを殺す気なんでしょ?」
「そうなるかもしれないね」
「………なら、ねるは渡せない」
「理佐は」
押し問答のようなやり取り。
会話は進むのに、結局堂々巡りで始まりに戻る。
それにため息をついたのは由依だった。
息を吸うと共に、切り口を変える。
「真祖の幼なじみなんて、ただの人間だと思ってるの?」
「………」
「………長濱ねるには、私が吸血鬼に戻れる可能性がある。だから、その子の血が必要なの」
「そんなのは、なんの確証もない」
「可能性はゼロじゃない」
「そんなのでねるを危険に晒せない」
「……そんなの?」
張り詰めていた空気に、ヒビが入る。
優勢だったはずの由依の表情が固くなった。
立ち姿勢が前のめりに変わる。
「存在が否定される苦しさも、意味が無い空虚感も、理佐なら分かるでしょ?」
僅かに泣きそうな、歪み。
攻撃的な口調は、どこか虚勢を張っているようにも感じられた。
「認められない、許されない。どこにいたって何をしたって変わらない!その理不尽さが世界だって、知ってるでしょ?」
未だ虚ろな理佐の手に、力が入る。
息の詰まりそうな喉の違和感を誤魔化すそうに、歯を食いしばる。
ギリ、と音が鳴って痛みすら感じたけれど目の前の由依の痛みとも、自分の過去の痛みとも代えられるものではない。
「……だから、私は、私の為に!私が存在するために!意味を持つために、生きるために、その子が必要なの!」
理佐なら、分かってくれるでしょ……
幼い頃、戯れた友人。
平手家に引き取られて、まだ肩書きも立場もあまり関係のなかったあの頃。
笑い合えていたそれは、どこに消えてしまったんだろう。
「………ねるを殺して、」
もう、色んなことを考えられるようになった。
考えなければならなくなった。
「それで、由依は許されるの、?」
「………」
これが欲しい。あれが嫌だ。と言うためには涙を流すほどの苦痛と勇気が必要になった。
それでも、だからってそれが許されることは少なくて。
「失ったものを取り戻すことなんて出来ないんだよ。新しく、見つけるしかないんだ……」
由依は由依の為に。
理佐は理佐のために。
なにも、譲ることなんて出来ないーー。
「由依。仮に、私が及ばずに、由依がねるを手に入れたとして、その先にあるのは、吸血鬼からも狼からも討伐対象になる、それだけだよ」
由依の先に。光がない。
それが分かるから、尚のこと譲れない。
でも、その苦痛も苦悩も分かる。
『共にいる』ことが救いなら、幾らだってそばに居よう。
由依は友人だ。
けれど、由依の傷は
そんなことでは、癒せない。
それも分かっている。
ねるのことと、由依のことで
理佐の頭はパンクしてしまいそうで処理が追いつかなかった。
理佐自身、頬を伝う涙も、声の震える理由も、息の途切れる感覚も
わけが分からなかった。
「それでいい、」
そんな理佐に声が届いて、その声があまりに幼い頃の記憶に似ていて
思わず顔を上げた。
由依の表情は酷く落ち着いていた。
「それで、いいの。私は、私として。吸血鬼として、死ねるならそれでいい。それが叶わなくても……吸血鬼としていられないなら、生きていたくない」
由依はそのことに、プライドがあった。
ねるに放ったあの言葉は、そういう事だ。命を覚悟しての、行動。
狼に追われることも、吸血鬼に狙われることも
覚悟の上だった。
「………、」
理佐は濡れた頬を手のひらで拭う。
『ねるは渡せない』それだけが、理佐を支える唯一で。
そのために、由依を止める。
「私は、」
自分の感情など、今は要らない。
「平手や愛佳がいた。由依も。それに支えられて、ここまで来た。ねるは、……私を受け入れてくれて、支えられるだけじゃなくて、ちゃんとひとりで立てなきゃならないって、思ったの」
由依の目が、理佐を写す。
重なった視線を理佐は逃がさないように必死だった。
「由依がここまで来るのに、支えてきてくれたのは誰?」
「ーー、」
「だれも、独りじゃいられないよ」
息を詰まらせたのは由依だった。
彼女の唯一は、そこにあると理佐は気づく。由依を止めるには、ねるを守るにはそれしかない。
「時期じゃないって、その人のことでしょ?」
「…………関係ない」
「その人、置いていくつもりなの?」
「っ、」
由依の迷いの一瞬。
バキっと枝の折れる音がして、3人は視線を向けた。
「………こいつだろ」
「!!ひかる!」
「おい待て待て。近づくなよ」
「、愛佳?」
「………ひどい顔してるなぁ。……だから止めとけって言ったでしょ、」
突然現れた愛佳の顔が切なげに歪んで、ねるは苦しくなる。そうさせたのは誰でもない自分だ。
ねるの頭の中は『裏切り』と理佐の表情で埋め尽くされていた。
理佐「……協力出来ないんじゃなかったの、」
愛佳「ちょっとね。気が変わったんだ」
理佐「………」
由依「ひかるを離して!」
愛佳「はー?じゃあ、ねるから手を引け。交換条件だよ」
由依「っ……」
抱えられたひかるは、由依の声にバタバタと暴れ出した。子供がぐずるように、身体を捻らせたり四肢を動かし愛佳から逃れようとしていた。
「こら暴れんな、」
それでも、愛佳の雰囲気に押されて、しゅんと固まってしまう。それはどちらかと言うなら動物の本能だった。
愛佳「………、小林由依。元吸血鬼の野良。これ以上行動を続けるなら、処罰対象だ」
由依「っ、構わない。そういう覚悟で行動をしてる」
愛佳「……こいつのこと置いてくのかよ」
由依「吸血鬼と狼は相容れない。私がその道を選ぶなら、その子は、私から離れることになる。ひとりで生きていくの」
愛佳「子供に見えるかもしれないけど、この子だって小林と過ごしてきて分かってることだってあるだろ。それも聞かずに置いてくなんて勝手すぎるんじゃないの。支えてもらっといてあとは捨てるっての?」
由依「……何も知らないくせに、勝手なこと言わないで」
愛佳「なら、当事者に聞けよ。もう『時期』だろ」
由依「………!?」
愛佳が、ひかるを抱え直し向き合う。
耳を倒して警戒を見せるひかるの額に、愛佳は、手を当てた。
「ーーーーー………、」
………ーーー
ーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!
それは、静かな数秒間だった。
でも、自分の『役割』にはプライドがあった。
ずっとそうだった。
これからもそうだと思っていた。
それが覆った……その世界が崩壊したのは
、突然で。
今は既に討伐されたという、反吸血鬼組織による反逆。
交わされた条約が認められない狼たちのテロとも言えるものだった。
有力かつ強力な者から、非力な脆弱な者まで無作為に吸血鬼は捕らえられ、様々な扱いを受けた。
由依は、
吸血鬼としての血を奪われ、
狼の血を混在させられた。
吸血鬼としての存在は許されず。
狼としても忌み嫌われる。
人為的、暴力的な存在価値の否定だった。
そうして、殺されるよりも、或いは苦痛であるように生かされ放られた。
小林由依の過去は、それで終わりを告げる。
「………、」
由依は、口元の血を拭う。
ねるの血のおかげか、傷はだいぶ癒えていて新たな出血は少ない。
理佐に付けられた傷も、見た目ほど酷くない。
……まだ、吸血鬼としての名残はあるようだった。
「……半端者だよ、ほんと」
そう呟いた一言は、目の前の2人には届かなかったようで。
未だ、お互いに存在を見つめあっている。
ーーそのまま、離れてしまえばいい。
そう思って、唯一の存在を思い出す。あの子はきっと、そんなこと思いもしないだろう。
「理佐、?」
「ーーー………、」
絶望に歪む理佐の顔が、ねるに映る。
ねるには、その理由が分からなかった。
信じられないものを見るような、
絶望にくれるような。
泣きそうにも、怒りだしそうにも見えるのに
なぜか、その奥は虚ろで。
ねるから、言葉が出なくなる。
「………、」
「…………………、」
ねるが1歩を踏み出そうと足に力が入って、パキッと枝の折れる音が響く。
たったそれだけに、理佐は体を跳ねさせた。
気を取り戻したように視線を迷わせて、苦痛に歪ませた表情を滲ませたあと、俯き、何かを飲み込むようにくしゃりと髪を掴んだ。
「ーーーり」
「目的は何、由依…」
「……」
何かを遮断するように、理佐から硬い言葉が生み出される。
その声が冷たくて、ねるは手に力が入った。
「ねるなら、渡せない、」
その言葉に、ねるは少しだけ安心してしまう。理佐の中に、ちゃんと守るべき存在として在ることが感じられた。
「……理佐の番には、用はないよ。ただ、長濱ねるが必要なの」
「………だから、」
「ねるは私に血を渡した。しかも、自ら。それって、理佐への裏切りだよね?」
「っ、え……!?」
「ーーー、」
口角が上がり、由依の声が僅かに浮き立つ。
ギリ、と奥歯を鳴らした理佐の眼は暗く。髪の隙間から由依を睨みつけた。
それに被るように、ねるの声が降ってくる。
「待って!理佐のこと裏切ってなんかなか!!」
「…なんだ、ねるに言ってなかったの。通りで軽率な行動してくれると思った」
「……、」
「理佐っ、どういうこと、!?」
「………ねる、黙ってて」
「っ!」
理佐が。わからない。
理佐の中にねるは変わらずにあるのに。どこか存在を遮断するような声が当てられる。
安心は勘違いだと理解して、不安は恐怖になりつつあった。
けれど、それすら
解消する行動をとれやしなかった。
「由依、ねるは渡せない」
「……。」
言葉は意志を持つのに暗く。覇気がない。
それでも、岩のように譲る気配もなかった。
「…ねるが、なにをしようと、由依には渡せない」
「なんで?」
どこかで、鳥の声がして。
少し前の衝撃や音が、夢のように感じられる。
それでも、張り詰めた空気感だけは、穏やかな森の中で変わらずにあり続けている。
「ねるは、まだ人間なんだ」
「それに、意味があるんだよ」
「ねるを殺す気なんでしょ?」
「そうなるかもしれないね」
「………なら、ねるは渡せない」
「理佐は」
押し問答のようなやり取り。
会話は進むのに、結局堂々巡りで始まりに戻る。
それにため息をついたのは由依だった。
息を吸うと共に、切り口を変える。
「真祖の幼なじみなんて、ただの人間だと思ってるの?」
「………」
「………長濱ねるには、私が吸血鬼に戻れる可能性がある。だから、その子の血が必要なの」
「そんなのは、なんの確証もない」
「可能性はゼロじゃない」
「そんなのでねるを危険に晒せない」
「……そんなの?」
張り詰めていた空気に、ヒビが入る。
優勢だったはずの由依の表情が固くなった。
立ち姿勢が前のめりに変わる。
「存在が否定される苦しさも、意味が無い空虚感も、理佐なら分かるでしょ?」
僅かに泣きそうな、歪み。
攻撃的な口調は、どこか虚勢を張っているようにも感じられた。
「認められない、許されない。どこにいたって何をしたって変わらない!その理不尽さが世界だって、知ってるでしょ?」
未だ虚ろな理佐の手に、力が入る。
息の詰まりそうな喉の違和感を誤魔化すそうに、歯を食いしばる。
ギリ、と音が鳴って痛みすら感じたけれど目の前の由依の痛みとも、自分の過去の痛みとも代えられるものではない。
「……だから、私は、私の為に!私が存在するために!意味を持つために、生きるために、その子が必要なの!」
理佐なら、分かってくれるでしょ……
幼い頃、戯れた友人。
平手家に引き取られて、まだ肩書きも立場もあまり関係のなかったあの頃。
笑い合えていたそれは、どこに消えてしまったんだろう。
「………ねるを殺して、」
もう、色んなことを考えられるようになった。
考えなければならなくなった。
「それで、由依は許されるの、?」
「………」
これが欲しい。あれが嫌だ。と言うためには涙を流すほどの苦痛と勇気が必要になった。
それでも、だからってそれが許されることは少なくて。
「失ったものを取り戻すことなんて出来ないんだよ。新しく、見つけるしかないんだ……」
由依は由依の為に。
理佐は理佐のために。
なにも、譲ることなんて出来ないーー。
「由依。仮に、私が及ばずに、由依がねるを手に入れたとして、その先にあるのは、吸血鬼からも狼からも討伐対象になる、それだけだよ」
由依の先に。光がない。
それが分かるから、尚のこと譲れない。
でも、その苦痛も苦悩も分かる。
『共にいる』ことが救いなら、幾らだってそばに居よう。
由依は友人だ。
けれど、由依の傷は
そんなことでは、癒せない。
それも分かっている。
ねるのことと、由依のことで
理佐の頭はパンクしてしまいそうで処理が追いつかなかった。
理佐自身、頬を伝う涙も、声の震える理由も、息の途切れる感覚も
わけが分からなかった。
「それでいい、」
そんな理佐に声が届いて、その声があまりに幼い頃の記憶に似ていて
思わず顔を上げた。
由依の表情は酷く落ち着いていた。
「それで、いいの。私は、私として。吸血鬼として、死ねるならそれでいい。それが叶わなくても……吸血鬼としていられないなら、生きていたくない」
由依はそのことに、プライドがあった。
ねるに放ったあの言葉は、そういう事だ。命を覚悟しての、行動。
狼に追われることも、吸血鬼に狙われることも
覚悟の上だった。
「………、」
理佐は濡れた頬を手のひらで拭う。
『ねるは渡せない』それだけが、理佐を支える唯一で。
そのために、由依を止める。
「私は、」
自分の感情など、今は要らない。
「平手や愛佳がいた。由依も。それに支えられて、ここまで来た。ねるは、……私を受け入れてくれて、支えられるだけじゃなくて、ちゃんとひとりで立てなきゃならないって、思ったの」
由依の目が、理佐を写す。
重なった視線を理佐は逃がさないように必死だった。
「由依がここまで来るのに、支えてきてくれたのは誰?」
「ーー、」
「だれも、独りじゃいられないよ」
息を詰まらせたのは由依だった。
彼女の唯一は、そこにあると理佐は気づく。由依を止めるには、ねるを守るにはそれしかない。
「時期じゃないって、その人のことでしょ?」
「…………関係ない」
「その人、置いていくつもりなの?」
「っ、」
由依の迷いの一瞬。
バキっと枝の折れる音がして、3人は視線を向けた。
「………こいつだろ」
「!!ひかる!」
「おい待て待て。近づくなよ」
「、愛佳?」
「………ひどい顔してるなぁ。……だから止めとけって言ったでしょ、」
突然現れた愛佳の顔が切なげに歪んで、ねるは苦しくなる。そうさせたのは誰でもない自分だ。
ねるの頭の中は『裏切り』と理佐の表情で埋め尽くされていた。
理佐「……協力出来ないんじゃなかったの、」
愛佳「ちょっとね。気が変わったんだ」
理佐「………」
由依「ひかるを離して!」
愛佳「はー?じゃあ、ねるから手を引け。交換条件だよ」
由依「っ……」
抱えられたひかるは、由依の声にバタバタと暴れ出した。子供がぐずるように、身体を捻らせたり四肢を動かし愛佳から逃れようとしていた。
「こら暴れんな、」
それでも、愛佳の雰囲気に押されて、しゅんと固まってしまう。それはどちらかと言うなら動物の本能だった。
愛佳「………、小林由依。元吸血鬼の野良。これ以上行動を続けるなら、処罰対象だ」
由依「っ、構わない。そういう覚悟で行動をしてる」
愛佳「……こいつのこと置いてくのかよ」
由依「吸血鬼と狼は相容れない。私がその道を選ぶなら、その子は、私から離れることになる。ひとりで生きていくの」
愛佳「子供に見えるかもしれないけど、この子だって小林と過ごしてきて分かってることだってあるだろ。それも聞かずに置いてくなんて勝手すぎるんじゃないの。支えてもらっといてあとは捨てるっての?」
由依「……何も知らないくせに、勝手なこと言わないで」
愛佳「なら、当事者に聞けよ。もう『時期』だろ」
由依「………!?」
愛佳が、ひかるを抱え直し向き合う。
耳を倒して警戒を見せるひかるの額に、愛佳は、手を当てた。
「ーーーーー………、」
………ーーー
ーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!
それは、静かな数秒間だった。