Unforgettable.
いつもの道を、いつもと違う人と歩く。ねるは初めての違和感とともに理佐と帰り道を歩いていた。
理佐と歩く道は今までもっと穏やかだった。これからもそうだと思っていた。
理佐は気遣うように歩くペースを合わせてくれているけれど、ねるが聞きたいこと知りたいことには一切触れてこない。
ねる自身、問いかける言葉は喉元までやってくるのに、何かが壊れてしまう気がしてそれ以上出てこなかった。わざと押し留めてしまったような気さえする。
平手とは幼い頃からの付き合いだけれど、理佐とは高校が出会いだった。最初は怖いイメージも接する時間とともに不器用な優しさだと知れた。その優しさが周囲の人それぞれに対してでもあるところが好きなところでもあり、今は嫌いな部分でもある。
それでも理佐は優しくすることを止めない。
もしかしたらそれが理佐の処世術なのかもしれなかった。
理佐のことを考えいたら、
ゆっくりと歩いていたはずなのにいつの間にか自宅に着いてしまった。
先に足を止めた理佐がねるを見やる。
「…あとは、大丈夫だよね。ゆっくり休んで」
「………りさ」
そういって、背を向ける理佐に口から出たのはそれだけで。
怖い、と思ってしまう。
それでも遠くなる理佐の背中が耐えられなくて、ねるは捕まえるように理佐の手を握った。
「……っ、ねる?」
「…、よかった、あったかい…」
触れた手から伝わるのは体温。少しばかり冷たいけれど、理佐の手は温かかった。
いつもの様に理佐の耳が赤く染まっていくことに安心する。
理佐は焦っているような怪訝そうな顔でねるをみる。嫌なのか困っているだけなのかねるに真意は掴めなかったけれど、それでも、手は振り払われなかった。
「なに」
「……死んだ人間やって書いてあったと。…………吸血鬼、は」
「……………」
なんとか振り絞れたのは、分厚い本にあった諸説。
でも、ねるが聞きたいことはきっと理佐には伝わっただろう。
壊れてしまうんだろうか。とねるは一気に不安になる。その感覚は恐怖にも感じられた。
理佐との関係は?これまでの日々は?
もう笑顔で話すこともなくなってしまうのだろうか。
そう思ってから、そういえばここ最近は喋ってすらいなかったと思い当たる。
あやふやな世界は、大事なピースが欠けていたからなんだろうか。
「そんなことばっかり知ってるんだね、ねるは」
「……図書室に来たのは、理佐やったと?」
「…私が保健室に連れていったんじゃん。友香に聞いたんでしょ」
「そういうことやなか!……そういうことやなくて。あの日、あの桜の木の下で、、、あれは理佐やったと……?」
「……………」
「…何でなんも答えんの」
「………夢でも、見てたんじゃないの」
心が、抉られた気がした。
「…え?」
「本の読みすぎだよ。疲れてたんじゃない?」
見たかったはずの笑顔が咲いているのに、心は冷えていく一方だった。
そっと、ねると理佐の手が離れる。
あの行為が理佐であって欲しかった。
そうじゃなくても、受け止めて欲しかった。
いっぱい苦しくて、悩んで。
こんな、
こんな。
訳の分からない状況で、
縋った相手に、
大好きな人に、
拒絶されるなんて。
「………ねる?」
「……もう、いい。ごめん、変な事言った」
「……………ねる」
「もういいけん。…帰って」
ひどい事を言ってると思う。
送ってくれた相手に『帰れ』なんて、勝手なやつだと思う。
それでも、
涙を流さないことに必死で、そんなこと構っていられなかった。
「……ッ、ねーー」
「もういいけん!!帰ってッ!理佐なんか知らん!!」
理佐の手がこっちに伸びてきた気がしたけれど
そんなこと、どうでもよかった。
『夢でも見てたんじゃない?』
理佐は。
理佐だけは、嘘でも本当でも、そんなこと言わないってどこかで信じていたし
吸血鬼なんて、公に出来ないことを自分に見せてくれたんじゃないかって。
信じてくれたんじゃないかって。
もしかして、特別に思ってくれたんじゃないかって。
迎えに来てくれたことも、何か意味があるんだと思ってた。
だから、受け止めたい。受け止めようと思ってた。
とんだ、浮かれ者だ。
恥ずかしさと
悲しみと、
溢れ出す感情に、心はパンクしていた。
初めてこんなに声を張ったと思うくらいに声を出した。
喉が痛い。
視界が歪む。
理佐の顔も分からない。
もういっそ、泣き叫んでしまいたかった。
初めて怒鳴って。
感情を剥き出しにして。
もしかしたら、これからの人生こんなこと二度とないかもしれない。
それくらい、
たった一言の理佐の拒絶は、私の心をぐちゃぐちゃにした。
いつの間にかねるは、
理佐を置いて自分の部屋に帰っていた。
泣いたせいか、ぼやけた世界は酷く曖昧で。
もう二度と、目を覚まさなくてもいいなんて思いながら夢現に身を任す。
ーーーーぎしっとベッドが音を立てて、
再び首元に牙が埋められる。
夢なのか、現実なのか、
微睡む意識では分からなくて。
でも、もうそんなこと、どうでもよかった。
理佐だなんて期待はなくて
そうしたら何故か
心は死んでしまったかのように
熱を感じることも無く、
意識は溶けていった。