君は、理性を消し去る。
細くて長い、土生ちゃんの指。
腰から服の中に入ってきて、背中をゆるゆると撫でられた。
くっ、と息が詰まる。ぎゅうっと力を入れた先には土生ちゃんの服があって、うちは土生ちゃんの胸元に顔を埋める。
「かわいい、みいちゃん、」
綺麗でかっこいい見た目と少しイメージが違う、ふわふわした可愛い声。
土生ちゃんの、声。
長い腕が、うちを包んでくれて
土生ちゃんの熱が伝わってくる。
「舌、出して…?」
躊躇うはずのその要求に、うちは何故かすんなりと口を開けて、小さく舌を出す。
それに、土生ちゃんは満足気に笑ってくれて
背筋が痺れるほどの感覚が、舌を襲う。
ぬらぬらと絡んで、誘導されるように土生ちゃんの口の中へ入る、
そして。
硬く尖った歯に、触れた。
ビクついて、目を見開くけど
土生ちゃんは長い腕も、絡む舌も緩めてくれなくて
代わりに、紅い眼が射抜いてくる。
はぁ、と互いの狭い隙間に熱い息が吐かれて
頬を、撫でられた。
――――「血を、ちょうだい……?」
「ーーーっ!!」
気づけば、小池は布団ごと床に落ちていて
いつもと違う目覚めに戸惑って脳が動かなかった。
「…………、………、」
指先1つ動かさず、現実の世界を受け入れようと静止する。
現実を受け入れるということは、夢を見たと受け入れなければならなくて
それに対しての処理が追いつかなかった。
「……目、覚まさな…、」
声を発して、耳で聞く。指先をちょっとずつ動かして、リアルを感じた。
ゆっくりと深く呼吸をして、身体に意識を持っていく。
そんな過程を得て、小池はやっと布団からのそのそと起き出した。
考えてみれば、自分は告白をされたのだ。
『好きだ』と言われた。
その後のこともだいぶ大事ではあったけれど、だからってそれが忘れられるわけじゃなかった。
「土生ちゃん……」
小池は、自分の声を聞いて驚く。
友人を呼ぶいつもの声と違う。あまりに愛おしそうだった。
ーーみいちゃん!いつまでお風呂洗っとんの!?
家族からそんな声が届くまで、小池はお風呂場を占領していた。
「おはよー、」
「…だに、」
「え。何、せっかく学校来たのにその反応」
なんとか遅刻せず登校した教室には、既に織田がいて。体育祭から約1週間。回復して登校を再開したのは今日だった。
にも関わらず、小池の反応は乏しくて織田は拍子抜けする。
「すまん。大丈夫なん?体」
「大丈夫。大丈夫!」
「堪忍な、…うちの事守ってくれたんやろ?」
何となく気の抜けた小池が思い出したようにしゅんとしてしまって、それを見た織田は言葉を選ぶように視線を泳がせた。
「……狼ってさ、人間を守る役割だったりするんだよ」
「そう、なんや」
「そ。だから、美波が責任を感じる必要は無いの。それにあの怪我はどっちかって言うと……、」
小池、というよりはーー、
「だに?」
「あ、ううん!とにかく、気にせんでー」
「………。」
急に割り込ませてきた半端な方言に、小池は口を閉ざした。
ホームルームを挟んで、織田は気づいたように小池に疑問を投げつける。
「そういえば、土生ちゃんは?」
「……あの日から来てへん。ずっと休んでるで」
あの日。血をあげた日。
あれから、何度か連絡はしているけれどその返事はない。姿も見ていない。
土生は何を考えているんだろう。
「……ふぅん」
「理佐さんにも連絡しようか迷っとるんやけどな、」
「ああ、理佐と連絡先交換したの?」
「うん。優しいよな」
「………そうね」
「なんやねん、その間」
「いや、私にはあんま優しくないからさ…」
「………、」
小池は、織田と理佐の関わりを1度しか見たことがない。
確かにその時の記憶では、自分に接するほどの優しさはなかったと思う。それでも、それが理佐の素だとするなら少し羨ましくもあった。
素で接せれる相手。そんな存在は探そうとして見つかるものでは無いと思う。小池は越してきてから日が浅くまだ、織田以外にそこまで人との関係はなかった。
でもきっと、織田のその人柄が大きく影響していることは感じられた。
昼休み。学校に来ていれば、理佐も休み時間だろう。
探して邪魔をしてしまうのが悪い気がして、小池は教えてもらった連絡先へ、呼び出しを鳴らした。
『……はい』
「あ、理佐さん?小池です」
『うん。どうしたの?何かあった?』
「ううん、大したことやあらへんのやけど…土生ちゃん、どうしとるかと思って」
『連絡来てないの?』
「連絡しとるんやけど、返事来おへんねん」
『……そうなんだ。私からも話してみるよ。』
「……うん、」
『………大丈夫だよ』
「え?」
『小池さんのおかげで、土生ちゃん目覚ましたし、少し元気ないけど大丈夫そうだったから』
「………うん、ありがとう」
理佐の落ち着いた声に、少しだけ安心する。
それでも、不安は消えなかった。
土生は、なぜ学校に来ないのだろう。
自分が避けられているのだろうか。
なぜ?
血を喰らう体質だから?
それが他人に知られてしまったから?
「……好きって言ったやんか、あほ」
小池の、拗ねた声が木霊して、雑音に消される。
スマホをどんなに操作しても、土生からの連絡はない。
画面を閉じれば、真っ暗な液晶に悲しげな自分の顔が写っていた。
屋上から、空を仰ぐ。
……告白された側の気持ちを考えて欲しい。
この燻った気持ちをどうしたらいいの?
伝えるべきあなたは逃げていて、
追っていいのかも分からない。
あなたとの時間は、誰よりも短い。
それでも、
誰よりも色濃いと思う。
あなたの中にある私の血は、
あなたに、ちゃんと覚えてもらえているのかな。
血を渡す。
そんなこと、誰にでもしないよ。
あなたが消えてしまうのが怖くて、
悲しくて。
できることなら何でもいいからしたかった。
その気持ちの正体は、
もう一度あなたに会って見つけられる気がしていた。