Wolf blood


わんこを追って行った先には
フードを深く被ったひとがいて、その雰囲気に体がビクついた時には既に意識は落ちていった。


「………、」

「気づいた?」


ふと、目が覚めるとねるはベッドに横たわっていて。起きようとしても体は重くてビクとも動かなかった。


「………っ」


怖くて、不安で。頭は何から処理したらいいのか分からなかった。


「…まだ、何もしてないよ。逃げられたら困るから少し体抑えさせてもらってる」


そんなねるに、少し声の低い女性の声が投げられる。
男の人じゃないこと、落ち着いた雰囲気から少しだけねるの脳は動き出した。


「……あなた、は…だれ?」

「……知らなくていいよ」

「………。」


薄暗いその部屋に、差し込むのは朝日の様だった。少しオレンジがかったその日差しが、ゆっくりとフードの中を照らす。
重なった視線。切なげなその眼が印象的だった。


「っ!?」


誰かに似てる気がして考えていると、
ふすふすと耳元で響いて体が跳ねる。けれど、体は重くて逃げられなくてパニックになった。


「なっ、なんっ!?」

「……ひかる、やめて」


怖くてぎゅっと目を瞑ってしまう。
獣であることが分かって、食べられてしまうんじゃないかと思った。

けれど、その人の声に『ひかる』と呼ばれたその子は素直に応じて下がる。
距離が出来て、まともに姿が見られるようになった。


「!、……ぁの時の、」


理佐といるときに現れた『子犬』、もとい、狼だった。
子犬だと感じたのは錯覚だったかと思うほど、近くで見れば骨格や顔つきが犬とは違くて戸惑ってしまう。それでも、瞳は何故か輝いて見えて怖くなかった。


「…その子は優しいから大丈夫だよ」

「……、」

「食われたりはしないよ、たぶん」


がたん、と音を立ててその人は部屋を出ていく。

切なげな眼。影った雰囲気。
優しいのを優しいと言える。どこか線引きした態度。


誰に似ているのか分かった。



「………りさ、」



理佐はどうしているだろう。
今回のことでまた自分を責めていなければいいけれど、きっと無理だろうなとねるは思う。

小さな狼が構ってほしいと言わんばかりに擦り寄ってきて少し心が緩んだ。


「きみは、狼やったんね。わんこやなかったんねぇ…」



ーーー『理佐はわんこみたいやね』


そんな、じゃれあいがしたかっただけなのに。









◇◇◇◇◇◇◇◇



『なんの目的?』


愛佳にねるの一件を伝えて返ってきたのはそんな言葉だった。

電話で、顔の見えない相手が何を考えてるかなんて分からない。それでも、そんなことに思考を回せるほどの余裕はなかった。愛佳は、ねるを優先させてくれると思っていたんだ。


「そんなのどうでもいい。ねるを探さなきゃ」

『待ちなよ、戦争の火種になるかもしれないんだ。少し考えて』

「ねるは!まだ、人間なんだよ。…何かされたら死ぬことだってあるんだ!」


戦争なんて知ったことじゃない。
ねるが、死ぬかもしれない。その恐怖は、実感のない戦争という大きすぎる物事と比べることなんて出来なかった。


『……分かってる。でもダメだ』

「愛佳!!」

『平手とも話してる。狼側にも話を聞いてくれてるはずだ』

「…っ、」


ーーいい?感情に任せて相手を殺すなよ


そんな忠告を最後に、通話は切れて
無機質な音が届く。

だらんと力が抜けて腕が垂れ下がり、音が遠くなる。



「ーーー………、」



ーころす、?


相手がいつ、ねるを殺すかも分からないのに?


「ふざけんなよ、…」


野良は忠告なんて聞かないだろ。

なにかされるのを待てって言うのか。
殺されたから、復讐するんじゃ遅い。


この世界に引き込むときに、ねるを番にすると決めた時に

君を守ると誓ったんだ。


なにかされる、その前に。どうにかしなきゃならないんだ。







スマホを持つ手に力が入り、ミシミシと破壊を示してくる。
力の入りすぎた全身が痛んで、壊れた人形のように動かない。
けれど、そんなもの、
ねるのいない世界には、雑音にしかならなくて。

雑音がなければ、どうにかなってしまいそうだった。


「………てやる…、」


自分でも、なんて言ったのか分からなかった。


朝日が差し込む。
外は陽を遮るものがなくて、

雑音に、悲鳴が混じる。


理佐の目は、紅く、眼光を灯していた。





◇◇◇◇◇◇◇


「……理佐。顔、ひどいよ」


その名前を久しぶりに呼ばれた気がした。
それくらい時間軸がわからなくなっていて、寝ることも食べることもどこかに消え去っていた。

声をかけてきた狼の匂いのする彼女は、親しみもあり好んでいたはずなのに。
理佐には脳をガンガンと叩かれる様な感覚しか残らない。



理佐「…野良を探して」

織田「知らないってば……っ!!?」


困った顔をした織田の襟元に、理佐の手が掴みかかる。力を込められて、首が締め付けられる。
持ち上げられて、足が浮きそうになった。
必死に足先を着き、呼吸をしようとする。


織田「……っ、り、さ!」

理佐「なら、他の狼に聞いて。戦争でもなんでもしてやる。私が!相手になってやる!!」


まるで、織田が敵とでもいうように理佐は意気を放つ。
紅い眼は、殺意を込めていた。

普段、吸血を行った後に見られるそれは
感情が暴走しているのを示していて。

自分の手に別の手が触れて、理佐は反射的にその手の元に腕を振り切った。



理佐「!」

鈴本「…離して」


吸血鬼の速さに張り、自身の首元に牙を向いた理佐の腕を止める。
2人の力がギシギシも拮抗した。


理佐「なら、野良を連れてきてよ」

鈴本「……理佐、やめて。おだななが死んじゃう」

理佐「鈴本はなにか知ってるんでしょ?連れてきてよ!ねるを!……私、が、…私はもういいから……!」

鈴本「……、」


鈴本の真っ直ぐな視線に、理佐の眼が揺らぐ。何をしてるかなんて分かっていた。あまりに身勝手で、自己中心的だった。

織田の首を締め付けていた手が緩み、襟をくしゃくしゃに形づけたまま理佐は織田から離れた。


理佐「……っ、」

織田「…っけほ。…はぁ。私こんなんばっかじゃない?」

鈴本「……おだななの懐は広いからね」

織田「こんなことのために広くしてるわけじゃないわ」


鈴本「……何か気づいたの?」

織田「え?」

理佐「……っ、」



ねるを探し回り、狼を探した。
少しでも匂いがすれば問いただした。


でも、どれも『なにか』が違かった。





私は。
あの、匂いを。いつか嗅いだことがある。

なら。

ねるは、『私』のせいで攫われたんだーー。



3/30ページ
スキ