Unforgettable.
「…………っ」
目が覚めると同時に、やっと解放されたと思っていたあの曖昧な世界に襲われた。
ーー襲われると、こうなると……?
またこの世界から抜け出すところから始めなければいけないのか、と苛立ちにも似た落胆が心を占める。
やはり、会いに行かなきゃ。話をしなくちゃ。
でも、だれに……?
分かっているはずなのに、考えがまとまらない。
「長濱さん?目が覚めたの?」
「!先生…」
顔を見せたのは、学校の保健医だった。そこでやっとねるは自分のいる状況を振り返る。
「ここ、保健室…?」
「そうだよ。大丈夫?」
「……なんで私ここに」
「渡邉さんが連れてきてくれたの、女の子抱えられるなんてあんなに細いのに凄いわよね…、」
ーーあぁ、そうやった。理佐と話さんといけん。
1本で通ずるはずの思考が、繋がらない。
この感覚はひどく苦痛だった。自分が自分でないような、それでもそれに気づく人はいない。理解してもらうのも難しいだろう。
目の前ではねるが目を覚ましたことで安心したのか、保健医菅井友香は感心したように話し出す。
それでもハッとして、ねるへと意識を戻した。
「あ、ごめんね。図書室で倒れたみたいなんだけど、今はどう?」
「…すこし、頭がぼやけてる感じがしますけど、…いえ、大丈夫です」
心配そうな菅井の視線を感じて、もう一度『大丈夫です』と伝える。
その言葉に菅井は問いただすのを止めた。
「大丈夫ならいいけど、親御さん呼んだ方がいいかな?もしくは平手さんが家近いのよね?心配していたし呼びましょうか」
そういって、内線を繋ごうとする菅井をねるは止める。
「っいえ、大丈夫です。多分疲れてただけなので。あの、理佐は…?」
「………渡邉さんなら、たぶんーー」
ーーーガラッ
菅井が口淀むと同時に保健室のドアが開く。
「……理佐………」
「……起きたんだね。大丈夫?」
理佐は少し驚いた顔をして、すぐ平静を取り戻した。ねるにとって、1番会わなければいけなくて、1番会いたくない存在。
ドアを閉めてねるに近づく理佐に、菅井が間に入るように声をかける。
「ちょっと理佐、授業はどうしたの」
「友香、そんな顔しないでよ。ちゃんと早退届出してきた。ねるのこと送ってくから」
よく見れば、理佐は二人分の荷物を抱えていた。
しかし、親しげな会話にねるは疑問が浮かぶ。ハッキリしない頭のせいか、それは顔に出ていた様で菅井が「親戚なの」と教えてくれた。
ーーー親戚…。なら、理佐について何か知っとるかもしれん。
小さな糸口を見つけた気がしたけれど、それは今掴むべきものではない。
だって、話すべき相手は目の前にいる。心の準備なんて出来ていないし頭はぼやけているけれど、今を逃したらまた訳が分からないまま悩み続けることになる。あえて理佐が迎えに来たことも、理佐なりの考えがあるように感じる。
今しかないのかもしれないとねるは思った。
「じゃあ、長濱さん、体調が落ち着いているなら今のうちに理佐に送ってもらって帰れる?もし辛いならやっぱり親御さんに…」
「いえ、大丈夫です。…ごめんね、理佐」
「……いいよ」
ねると合わさった視線を、理佐は迷うように外す。ねるの考えは理佐にも伝わっているようだった。
ふたりが去った保健室で、菅井はため息をつく。椅子に座り、とりあえず取ったペンは先に進まなかった。
「理佐とねる、帰ったんですか?」
そう届いた声に、視線を手元に落としたまま答える。
「……どういうつもりなの?わざわざ理佐に送らせるなんて」
「………」
「ふたりが離れてしまったら、あなただって困るでしょう」
「ふたりが離れるなんてないですよ。だから選んだんです。友香だって分かってるくせに」
ペンを持つ手に力が入る。菅井の眉間には僅かに皺がよった。
「…私はこれ以上理佐に苦しんで欲しくない」
「………」
「もちろん貴女にも」
閉めていたはずの窓から風が入ってくる。
窓の外には生徒がグラウンドに集まっていた。
学校指定のジャージに身を包み、笑い合っている。
もしかしたら何人かはこれから保健室にやってくるかもしれない。そうしたら少しも気が紛れるだろうか、そんなことをふと思う。
何気ない日常が、このまま日常であって欲しい。
あの子達はこれからどんな選択をするのだろう。悔いのない選択なんてやろうと思って出来るものじゃない。
たくさんの舎利選択をして、後悔はないと自分に言い聞かせていることだってある。俗に言うたらればがついて回ることだってザラだから。
でも、それでも。
「………この世界で、生きるしかない、」
愛する人が、そうだったから。
愛した人が、私に残した言葉ーーー