Succubus


ねると付き合い始めて数日。
理佐は休みがちだった大学に再び通い始め、ねるも可能な範囲で講義を受けている。

大学を辞める話もしたけれど、ねるは卒業したいとその意志を示した結果だった。




「理佐っ」

「ぁ……」




呼ばれた名前に反応して振り向く。
そこには、以前関係を持っていた女性がいた。



「最近、会えなかったから心配してたんだよ」

「ごめん、いろいろあって…」

「ううん、気にしないで。会えて良かった!今日ひまだったりする?」

「……ぇ、と」



するっ、と絡まる腕。全然気にしたことなんてなかったけれど、こんなにも距離の近い子だったんだ。

………違う。
きっと、そういう関係が距離を近くしたんだ。

ちゃんとしなくちゃ。
終わりにして、ねるとちゃんと向き合う為にも。
相手の子にだって、よくない。



「あのさ、」

「うん?」

「……、」



今までと同じ対応に期待してにこにこと向けられる笑顔に、なんとなく、本当になんとなく。
『終わりにしよう』が言えなくて。
言わないでいられるわけがないのに。


「ーー、、」


見つめられる目に、言葉が出なくなる。



「あれ?理佐なにしてんの?」

「、愛佳」


助け舟のように届いたのは、愛佳の声で。
でも、そっちに目を向けて身体が固くなるのが分かる。
愛佳と一緒に、ねるがいた。

一気に、口の中が乾く。
心臓が激しく動き出すのに、頭の血は引いていくように白くなる。

出来れば、知られたくなかった。



「……ねる、」

「…、気にせんで。友だちやろ?」

「……」


笑顔なのに、どこかトゲトゲしくて、
気の所為だと思いたいけれど、、怖い…。

『ねぇ』と声がして、お願いだから黙っていて欲しいと話を聞く前から思ってしまう。


「理佐、この人って噂の人でしょ?そんな人と関わらなくっても理佐にはいっぱいいるじゃん」

「ちょ……!」

「ふぅん。りっちゃんいっぱいいるとねー。遊び放題やん」

「…ね、ねる…」

「……だれなの、こいつ」


頭が白くなる中で、愛佳が苛立った顔して放つ。
ねると、その子の話が中断したことには安心したけれど事態はなんの好転もしていなかった。


「あ、えと、……」


でも、もしかしたら救いの手だったかもしれない愛佳のそれを
上手く答えることが出来なくて。
底なし沼のようにずぶずぶとハマっていく感覚。
ちゃんと立っているのか不安になった。


「んー、理佐の元カノです」

「!!???」


「ふーん。」

「へー。」



理佐、彼女いたの。初耳ー、教えてくれたらよかったのに、

なんて、嫌味なのかいじりなのか分からない愛佳の声が聞こえたけれど、
そんなの正直どうでもよくて。

彼女にした覚えもないし、ねるに誤解されちゃう……!
期間にしたらねると拗れている時だし確かに関係は持ってしまったけど、そんな、ねるじゃないだれかを好きになったなんてない!
一瞬でそんなことを考えたけど、ねるとは視線が重なった瞬間に背を向けられてしまった。

ズキッと心臓が痛くなる。


「愛佳、講義始まるけん行こう」

「はいよー。じゃあねりっちゃん。また後で」

「えっ、………、ぁ」



愛佳まで……。
味方でいてくれた愛佳さえ、行ってしまったことに、なんだか凹んでなにも言えずに2人の背中を見送る。

ため息をついて、その子へ言葉を向ける。
早く片付けて、ねるのところに行きたかった。



「あの、」

「あの人、理佐の彼女?」


話し出す前に、会話を振られて押されてしまう。


「えっ、……うん」

「……付き合えたんだね」

「………」


あの時。

好きだと、
抱いて欲しいと

涙を零しながら訴えてきたあの姿は、
ぼやけた記憶の中で鮮明で。

自分の様だと思った記憶がある。


目の前で切なげに笑うのも、きっとどこかの自分に重なっている気がした。



「……もっと、いい人がいるよ、」

「…私には、理佐以上に良い人はいないよ。分かってるくせに」

「……そんなこと、」



そんなこと、ない。
ほんとに。

いいひとだったら、気持ちのない行為なんてしなかったし、
求められたからといって繰り返すこともなかった。

そうしたら、目の前のこの人を傷つけることもなかったかもしれない。


「……来て」

「えっ、」


手を引かれる。
連れてかれた先は、人気のない滅多に使われない空き教室だった
今までの関係から、なにを求められようとしているのかすぐに分かってしまう。


「ちょ、と待って!」

「好き、」

「ーーーっ、」

「お願い。こんな急にお別れなんてできない。最後にするから」

「!!」


ーーーむり。無理だ。

そんな思考を、意志を
無視されて、身体が倒される。



「んっ!」

「、りさっ!」


体の上に乗る、ねるではないソレが、こんなにも恐怖で嫌悪の塊になると初めて知った。

今まで、何度も
それに触れてきたっていうの

唇が重ねられる。
舌が侵入してきて、無理矢理にそれと絡み付けられる。

止めようとする手さえ、重ねられ絡みつく。抵抗する度に、触れる面積が増えていってどうしたらいいのか分からなかった。

きっと、その行為もこの子も、間違いなく妖艶で。


どこか、ねると重なったーーー。










「ねる、良かったの?」

「……なにが」

「あの子、元カノだっけ?そのままにしてきて、りっちゃんかわいそうだったよ」


隣でにやにやしながらねるを見やる愛佳。
ねるはつまらなそうに、それを横目で見て意味もなく開いたノートにぐりぐりと落書きをする。


「愛佳やって、同じやん」

「私はちゃんとだれ?って聞いてやりましたー。否定しなかったのは、まぁ、りっちゃんらしいけど、」



落書きは、真っ黒い渦を形成していて
自分の心のようだと思う。
自分の顔を見て、笑顔ではなく顔を固くした理佐。せっかく想いが通じ合ったのに、なにを隠すことがあるんだろう。


「………、理佐、あの子とえっちしたんかな、」

「………」

「なに、その顔」

「えっ、いや……。それは理佐聞かないとわかんないでしょ、」


ーー多分シてる、
と、愛佳の頭の中に木霊する。


「……なんか、思っとやけど」

「ん?」

「夢でえっちしすぎて、理佐、逃げてまうんよね」

「………」


ーーーそんなん最初から分かってたでしょ…
どうやら、愛佳の脳内はねるに言えないことばかりのようだった。



「だから、なんよ、その顔」

「…いや、、、うーん。今更だなって」

ーーーあ、言っちゃった…まぁいいか。


愛佳の言葉に、怒るでもなく
ねるは少しだけ肩を落として
またぐりぐりとペンを走らせる。


「……、我慢出来んと夢に行ってしまうんよね」

「え?まだいってんの?」


無言が続いて、愛佳はため息をつく。
サキュバスというのも、理佐みたいなタイプを相手にすると大変だと思った。


「ねるも禁欲したら?」

「普通ん人でも出来ん人おるのに、できると思うと?」

「私はムリだね。てかしないし」

「………。」



我慢しようと思った時もあった。
でも、性欲とは人それぞれに差はあっても本能的なものだから。
しかもそれを生業にしたサキュバスが、3大欲求で我慢出来るわけがないと思う。



「でもさぁ」

「なん」

「勘だけど、ヤバそうじゃない?りっちゃん襲われてるかもよ?」

「………まさか」



あるわけない。
ねるはどこか、以前冬優花から聞いた理佐の噂すら否定していた。そんなこと、しない。
ただの、噂だと。


だから、あの、
『元カノ』だと名乗る女性に感じる違和感はただのヤキモチだと信じていた。









「……は、はぁ、、ふふ」

「………っ、、」


乱れた服の隙間から、肌を撫でられる。
ゾワゾワして息が詰まった。

零れる笑みが恐い。
全身に伝わる相手の熱が、キモチワルくて仕方がない。




「きれい、」


降ってくる言葉に


「かわいい、」


耳を塞ぎたくて




「好き、」



なのに、



「ねぇ。りっちゃん」



絡めとられ、捕らえられ




「こんなの、『彼女』は知らないよね?」



抵抗すら、ままならない。




「っう、ぅ、……!」


ぐっと、顎が上がって、
反応する身体が嫌になる。


「ふふ、あは。キモチいい?」


突き出すようになった首に、
ぬる、と生暖かい舌が這ってくる。


「っ、や、だ…!」


「あれ?『彼女』とはまだシてないの、?」


「っ!」


隠すことも嘘をつくことも苦手だ。
それでも、自分らしさはそれだと信じていた。

この瞬間までは。



「素敵。理佐、」


口角が上がるのが、見える。


相手が、笑顔だとか、そういうのじゃない。

口角が上がって、白い歯の間から
舌が覗く。



「あ、ぁ…っ、や」




「アイし合おうね、りっちゃん。」


「…………っ!!!」







ーーーねるに、会いたかった。



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