Succubus


熱すぎる。

雰囲気に呑まれそうになりながら、ねるはその熱さに不安を覚えた。


「……、……ねる、」

「……りさ、?」



のしかかった理佐の体に、ねるの体は反応するけれど、頭はちゃんと疑問符を浮かべられた。



「理佐っ、大丈夫?」

「……ごめ、ん…、」



40度を超える熱を抱えた身体には、サキュバスの熱も想いが通じあった高鳴りも
負担が大きすぎて。


謝罪の言葉を口にして、理佐は意識を手放した。



力の抜けた身体が、ねるの上に重なって
少し息苦しくなる。

想いを言葉にしたことも、行為を中断することも
あの時と同じで、ねるはなんとなく複雑な気持ちになった。

無理はして欲しくない。けれど、お互いあの時を払拭する様に、求め合って形にしたかったとも思う。


「………へたれ。」


理不尽な悪口を放って、理佐の頭を優しく撫でる。


微かに見える理佐の表情は、頬が紅潮してはいるけれど到底40度を超える熱を抱えた顔には見えないくらい穏やかで。

きっと、自分も。
あの時とは真逆の顔をしているんだろうと思った。

だって、心は暖かくて、

貴女を、抱きしめることができる。




















「人の顔みてそんなガッカリした顔しないでよ、失礼だな」

「…………、」




気づけば、理佐はベッドに戻されていて。
ねるの姿もなくて。
居たのは、スマホをいじる愛佳だった。

あれは。あの熱も何もかもは、夢だったのかと落胆する。
あまりにも、都合のいい展開だった。
途中で、意識が途絶えるまでは。


「はぁ。ねるは今冬優花のとこに行ってるよ」

「………やっぱり」

「ちょっとりっちゃん。そのめんどくさい考え方が、今回ここまで拗れた原因なの分かってる?」

「え?」


理佐の熱を探っていたそれが、電子音を放って結果を知らせてくる。


「何度?」

「……36.8℃」

「身体は正直者だね。理佐の頭の中もそのくらいになればいいのになー」

「………、夢、じゃないの?」

「………え?理佐ってそんなにバカだったっけ?」

「……………。」



そんなことを言われても、熱に浮かされていたせいか、なんだか現実味がない。
そもそも、今までの経緯を考えればねるのあの答えは、本当に、あまりにも都合のいい展開としか思えなかった。


………。

……………………。


記憶に残るやり取りを思い出すと同時に、理佐は勢いよく布団の中に戻った。



「え!?りっちゃん?」


思い出せる限りのことを思い出す。
恥ずかしくてまた熱が上がりそうだった。


普段言わないような強気な言葉と態度。


……しかも、あんな、


深い、キスまで………。





気持ち、よかったけど、………。








「お邪魔しますー」

「あ、ねる。おかえり」

「入ってもよか?」

「いいよー。冬優花なんだって?」

「んー。やっとか!って言っとったぁ」



タイミングが悪すぎる。

熱も下がって、目も覚めたのに
布団に潜ってしまってるなんて……。


「理佐は?まだ寝とる?」

「んー?…んー、、うん!寝てる。悪いけど一緒にいてやってよ。私出かけてくるから」

「え?出かけると?」

「そー。ペーに呼ばれてる気がするから!」

「え?どういうこと?」


愛佳の言葉に、理佐とねるの思いがシンクロする。
けれど、そんな2人を尻目に愛佳は行動を止めることは無かった。


ドアの閉まる音がして、会話が消える。
けれど、人の気配は残っていてねるが近くにいるとわかった。


「りっちゃん、」

「………」


気づかれてる、のかな。
愛佳、顔に出るし。



「………ごめんね」

「ーーー、」


独り言のように続く言葉に、理佐は思わず息を潜める。


「ふーちゃんに、叱られたとよ。ちゃんと話さんといかんって」


でも、と言葉が続いて
なんだか聞いちゃいけないことを聞いてる気さえした。


「怖くて、逃げてた。理佐に向き合うことも、ねる自身と向き合うことも。そのせいでいっぱい、いっぱい傷つけたね」


ぎゅうって心臓が掴まれるように苦しくなる。

そんなことない。
ねるだけが、これまでのことに謝る必要なんてない。


「ほんとは、今も、いいんかなって悩んどる。理佐とおって、いいんかなって」


え?


「やってさ、今までのこと考えたら……えっちなことも色んな人としてきたし、理佐、嫌じゃないかなって」



それは、……嫉妬的な意味で思う時あるけど、


「酷いこといって、振り回して、泣かせたし……」


私、……そんなに泣いたのかな、
ねるの前では泣かないようにしてたんだけど。



「でも、」



ねるの独白が終わる。そんなことが伝わってきて、一気に緊張した。



「理佐がくれよう言葉とか、想いとか。ちゃんと向き合うけん、待っとって。まだ迷いよるけど、理佐のこと……」



先に続く言葉に期待して、握る手も肩にも力が入る。



「好き、やけん」



ドクンッ、


心臓が一際大きく跳ねて、運動をした訳でもないのに息が切れる。


下がった熱が、また上がる気がした。








「りっちゃん、」


「…………」



「狸寝入り、バレとぉよ?」

「!!」



ば、バレてた。

気まずすぎる空気に、布団から出れず言葉だけのやり取りをする。



「い、いつから……?」

「愛佳わかり易すぎやけんね」

「……確かに」



ねるが笑ってくれている気がして、理佐はやっと布団から出て、ねるの少し斜めの位置に体を起こした。似たような光景をさっきも見たと思い出せる。



「……ねる、」

「ん?」

「……夢、だと思った。目が覚めたとき」

「………嫌やった?」


「違くて。あまりにも都合のいい展開すぎて、夢見てたかと思った」

「……」



理佐の感想に、ねるは少しだけ切なそうに微笑んだ。足を崩すように姿勢を動かして、ねるは呟くように話しかける。



「さっき、ねるが言ったこと、どう思う?」


その言葉がどういう意味なのか分からなかったけれど、そんな探ったりしないで正直に話すべきなのだろうとも思えた。


「………きっと、嫉妬もする。もしかしたら、そのことでこれから喧嘩もするかもしれない」

「……うん」

「でも、泣いた?ことも、振り回されたことも、、、もっと、早くちゃんと向き合えてたら良かったとか思ったりもするけどさ、」


相手に思いを伝える、そのたった二文字の言葉を口にするのには

まだ、緊張するし、覚悟がいる。
もっと、スマートに言えたらかっこつくのにと悲しくなる。

けど、今の自分はこれが
全力だから。



「ねるのこと、その………すき、だから、……そこまで気にしてない、し。今、ねるといられるから、いいって思ってる。」

「………」

「だから、ねるも。悩まなくていいんだよ」

「………うん、」



こんなしどろもどろな言葉でも、ねるはちゃんと受け止めてくれて。
嬉しそうに笑ってくれる。

想いが通じあってることが、たまらなく嬉しかった。




「あ、あの!さ」

「ん?」


ただ、それでもなんとなく、心に引っかかっていることがあって。
恥ずかしいけれど、でも、
そういうの、ちゃんとしたい。



「………ごめん、、、キスしちゃって、その……ふ、ふか…」

「……確かに、現実では初めてやったね」

「………え?」

「覚えとらんの?ねる、悲しか…」

「えっ、待って!なんの話……」



覚えてない?
現実では?

……どういう、こと?




「いーっぱいチューしとるやん、夢の中で。りっちゃん激しいけん、ねる大変なんやけんね?」

「っ!!、ちょ………は?待って!どういうこと……!?」


理佐の脳裏に、水を浴びた記憶が蘇ってくる。
まさか、

まさか…………



「え?ねる、サキュバスやん?淫魔よ?」

「っ、え……!?」

「りっちゃん、ほんとに知らんかったと?」




もしかして、


あの、夢も?


あの、コトも?



ぜんぶ、全部。

私だけの夢じゃなくて??




ねるとシテたって、こと??



待って、そんなの1度や2度じゃなかったよね!?

私、なにシテた?

ナニやってた??



「でもさ、」


パニックな脳内に、ねるの声が届く。



「ねるたちのホントの初めては、これからやけん」



腕に絡みついてくる、ねる。

ぐっと、胸が寄せられて
顔も近くて、上目遣いで、


あぁ、もう。




「やめて、誘わないで」

「えぇ、熱下がったとやろ?」

「違うの、そうじゃなくて、……っ、ああ!だから!やめてって!!」




ぶわっと、襲ってくるナニか。

ねるが悪戯にやってることくらい顔見れば分かる。
直視できないけど!


りっちゃんのへたれーって声が届くけれど、無視。







だって、


だって。





夢の中で、なにをしてたか、
ちゃんと整理させて欲しい。


顔が熱い。テンパっている私を、
ねるは笑っていじってくる。


懐かしい、今まで近くで見てきたあの、笑顔だった。


「りっちゃん好きー」

「……ねる、さっきと違いすぎない、?」


いや、全然いいんだけどさ、




















ーーー夢で触れた君を、忘れたことなんてない。


夢で触れた貴女を、忘れることなんてできない。





君じゃない誰かが、

貴女じゃない誰かが、


触れても、つめたくて、ひえて、冷めていく。




貴女が、

君が、



触れただけで

熱は燃えるように

灼けるように

昇りつめる。







それを、



君だけ、

貴女だけに、




知って欲しい。



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