Succubus
愛佳に連れられて来た先に、布団に埋まった理佐いた。
部屋に入っても、ベッドの隣に座っても目を覚まさない理佐に、ねるは目が覚めるまで待つつもりだった。
けれど、少しずつ苦しそうに呼吸が短く浅くなっていく。あまりに辛そうで何度か声をかけるうちに、ねるの声も大きくなってしまって、気づけば大声になっていた。
ねる自身驚いてしまう。
自分が思っているよりも、理佐は大きな存在なのかもしれないと思った。
そうして、薄く、徐々にしっかりと開けられた目がねるを捉える。
視線が重なった瞬間、ねるの身体は緊張で 痺れが走った。
「………ね る、」
「………」
見つめられる目に、呼ばれた名前に
ねるは答えることが出来なかった。
理佐の表情は、泣きそうで、でも怒っているようにも見えて
なにを答えるべきなのか伝えたいのか分からなかった。
そうして熱のこもった体がゆっくりと口を開き言葉を送り出してくる。
「ねるは、私の何を知ってるの?」
その言葉は、ねるの心に刺さり苦しくなる。
理佐のその言葉が、どういう意味なのか計り知れなかった。
「………」
「……、…………、」
ねるの視線は、理佐の真っ直ぐに向けられる目に耐えられずに逸らされる。
逃がさないように、理佐の言葉がそれを追った。
「ねる、」
「……うん」
ねるには、理佐が分からない。
寝込んで、うなされて。目が覚めたらこんなにも自分に向き合ってくる。
自分の言葉に迷って傷ついていた理佐ではなくて、恐怖すら感じてしまう。
息を僅かに切らして、未だ布団に眠る弱々しいはずの状況とはかけ離れていた。
「いんま?とか、知らないし…サキュバスとかも、知らない」
「えと、…淫魔って言うんは」
「いい。知らないし関係ない。なんとなく分かるし、でも、分かりたくない」
「………ごめん、」
迷いない理佐の言葉が、鋭い剣のようで、硬い盾のようで。
ねるの言葉は次々跳ね返されて、ねるの心に刺さる。
「………。ねる、」
「……」
なのに、ねるの名前を呼ぶ理佐の声は優しくて。
ねるの息が詰まる。
その優しくて少し低い声が、愛しくて苦しい。
「っ!」
ねるの手に何かが触れて、体が跳ねる。
予想外のそれは、少しだけ大きい理佐の手が、いつの間にか固く握りしめていたねるの手に触れていたからだった。
目を逸らしていた間に、理佐は布団を退けて体を起こしていた。
足を降ろして、ねると向き合う。
「理佐っ、体……」
「ねるが、誰かに触られたり、とか、触ったりとか…嫌だ」
「ーー、」
触れる手に力が込められて
逃がさないとでも言うかのようで
理佐が必死に向き合おうとしている事が伝わってくる。
痛みすらある喉を、くっと堪えて
真っ直ぐな目を見返した。
少しの時間を置いて、再び理佐の声が言葉を紡ぎ出す。
「私は、ねるが好き」
ーーーー好きなんだよ、ねる。
あの時と、同じ言葉を投げかけられて
トラウマのようにねるの頭にはあの時のことが蘇ってくる。
惑わし傷つけた自分が、受け入れていいわけがないと、そう思った。
向き合うことは、受け入れることとイコールでは無い。
「…りさっ、ねるは…っ」
「知らないよ」
それでもその言葉は、理佐の盾と矛に適わなかった。
「ねるが何者とか、何してたとか、知らない。」
あまりにも真っ直ぐで、
硬くて、
鋭くて。
「ねる。ねるが好きだよ、」
今までとは違う理佐に、
今までのように心の外側だけで、やり取りできるわけがなかった。
「ねるは、他の人たちと一緒だって言ったけど、 一緒なんかじゃない。一緒にして欲しくない。ねるがなんて言ったって、そんなの…知らない」
ーーーだって、ねるは私がどれだけ想ってるかなんて知らないでしょ?
誘われたからかもしれない。
もしかしたら、…もしかしなくても
ねるの言うソレに当てられて抱きしめて、触れてしまったんだとも思う。
それでも、
心の底に。
しっかりとした、ねるへの想いがある。
それだけは、他の人たちと違うって言える。
「私の事、好きか、そうじゃないかだけでいい。ごちゃごちゃしたこと、考えたくない」
「………っでも、」
「お願い、ねる」
「………」
ふと、気づく。
こんなにも近くて、こんなにも心が乱されて
サキュバスである本質が漏れだしていないわけがない。
ぎゅうっと握られた手はどこか耐えているようにも感じられた。
「……いかん」
「ねるっ」
「聞いて、りっちゃん。ねるも、ちゃんと話そうと思って来たけん」
冬優花に、『謝らんと』と言った自分を思い出す。
でも、きっと。そんなものは自己満足でしかなくて
理佐は求めてなんかなかったんだ。
「ひどいこと言ってごめんなさい。夢に入り込んだことも、そのせいで傷つけた、と」
それでも、謝ってしまうことを許してほしい。それすら怒られてしまったとしても、これはねるなりの意思表示だった。
「ねる、自分のことばっかり考えて理佐に甘えとった。」
でも、それだけじゃダメって
理佐に向けられる
言葉で、
目で、
熱で。
わかったんだ。
「だれに触られても、好きって言われても、どうせ淫魔やけんって思って。どんなにそういうことされても、なんも感じられんかった。心が潰れてくって思った。でも、大切な人傷つけたけん、そんなんどうでもいいって思って」
「………」
「でも、でもね。理佐」
そっと、ねるの手に重なる、未だ力の込められた理佐の手に触れる。
今度は理佐が体を跳ねさせる番だった。
あまりに素直で、純な反応に
笑みが零れる。
「理佐に抱きしめられただけで、ねる、どうにかなりそうやった」
理佐の手を、そっと、ねるが両手で優しく包む。
「少し触れただけで、熱くてたまらんかった…今も、そうやよ…?」
迷いながら上がったねるの視線が、理佐と重なる。
熱い身体が、一段と熱を上げた気がした。
それでも、その視線を外すべきじゃない。
目の前の泣きそうな、大切な人を
これ以上傷つけたくはない。
「………」
熱のせいか、熱すぎるほどの体温。
そんな体を抱えて。
むしろ、身体が悲鳴をあげるまで負担をかけて。
その身を、その心を、
ねるに傾けてくれている。
理佐に盾と矛なんてない。
ただただ、
包み込んで、受け止めて、
溶けていくような、感覚。
「好き、りっちゃん」
それに、甘えてしまっていたんだ。
「ごめんなさーーー、」
ねるの言葉が理佐の手によって途切れ、
頬に触れた理佐の手は、僅かに濡れた。
一気に詰められた距離は、理佐によってゼロになる。
「ねる、っ」
「ん、ふ……、」
初めてにしては、深すぎるほどのキスだった。
そう気づいたのは、互いの漏れる息と鼻に抜ける声が、
鼓膜を揺らしてからだった。
「っ、いかん、理佐。体悪いと、やろ」
固定するかのように添えられた手によって、ねるは逃げ道を失う。
熱い舌に惑わされて、
思考が止まりそうで
ねるは、理佐こそサキュバスなんじゃないかと疑ってしまう。
「いい、知らない、っ」
「だめって、りっちゃん、!んん、!」
這う舌も
触れる手も
重なる視線も
発される声も
すべてが熱を持ちすぎて
「好き。ねる」
「っ!」
暑い、
熱い、
アツい。
身体が、芯から燃えるようで。
君が。
貴女が。
欲しくてたまらない。
「あっつい。ねる、、」
「ん、ぅ。理佐にだけ、やけん…っ」
この体の熱も、
肌の暑さも、
貴女にだけ。
君にだけ。
他の人相手じゃ、こんなにならない。