君は、理性を消し去る。


だれか、だれか……!

出口を探しているのか、人を探しているのか
恐怖で思考が狭められて訳が分からなくなる。




「……っ、ああもう!アホすぎやろ」



恐怖が思考を狭くする。
焦りが、視界を狭くする。
荒れた呼吸と心臓が、聴覚の邪魔をする。

落ち着けと警鐘が鳴るのに、さっきの光景から慌てずにいられなかった。


非日常の光景。
隣に潜む『死』が明確に目の前に現れていた。


普段なら気づく何気ないものが、気づけなくて
学校が迷路のようで苛立ちすら募り始める。





「うわ!」

「うぶ!」

「あ、」



走る体が何かにぶつかって、小池は後ろに飛ばされた。
しかし、ぶつかった相手によって支えられそれ以上の衝撃には襲われなかった。


小池「っ!???」

理佐「大丈夫?小池さん」

愛佳「小池がここにいるってことは、意外とやべーのかな、」


人だ!
それだけを認識して、自分以外の人に一瞬安心した。しかしそれも一瞬で。すぐに本来の目的を思い出す。



小池「あっ、あの!」

愛佳「土生だろ?わかってる」

小池「っ?!」

理佐「大丈夫だよ。だにのことも」

小池「……!」



わけも分からず助けを求めようとしていたけれど、既に分かっている雰囲気にふたりの顔を見やる。ちゃんと認識すれば見覚えのあるふたりだった。


小池「あん時の、人…」

理佐「行こう、愛佳。場所分かる?小池さん」

小池「あ、えっと…!」


理佐に聞かれて、一瞬にして嫌な予感が走る。そうだ、あそこはどこだった?

無我夢中で走ってきた。
どこを走ったかすら覚えていない、。


「えっと、…っ」

「落ち着いて、大丈夫だから」


体が震えだす。
思わず自分の来た廊下を振り返ったけれど、ヒントはなかった。

いくつの階段を降りた?
窓から見えた景色はなんだった?
出てきた教室はなんの部屋??

なにも覚えていない。
記憶に残る視界は、どこまでも続く廊下だけ。


「……、理佐。小池連れて外に行け。鈴本がいたら呼んで。土生たちは私が探しに行くから。とりあえず小池が来た方向行けば分かるだろ」


パニック状態の小池からこれ以上の情報を得られないと判断した愛佳が指示を出す。
理佐はそれに不安げな視線を向ける。


「、でも愛佳…」

「番を連れてった方が危ないかもしれないでしょ。それに、少しも離れればこの間みたいに土生も戻るかもしれない」

「………わかった」


可能性はある。
土生の自制が戻れば、最悪の事態は避けられると、2人は思えた。

血を滲ませる小池の対応は、吸血欲の少ない理佐だからできる。
そして、愛佳の方が状況判断も力もある。

理佐はひと息吐いてから、改めて愛佳へ視線を向けた。


「……気をつけて。」

「はいよ」


愛佳の背中を送って、理佐は小池の震える手を引く。


「小池さん、行こう」

「っ、」







◇◇◇◇◇◇◇◇



ーーー!!!

織田と土生の体が弾かれ合い、互いに体制を整える。
ビリビリと織田を痛みが襲っていた。



「っ、痛ぁ」

「………どいて、怪我するよ」

「……もうしてるわ」


対して土生は、すっと立ち姿勢を保つ。
どこも負傷していないようだった。


「てか、気遣う余裕があるなら止まってよ、土生ちゃん」

「………、なんか、もう無理だよ、」


織田の言葉に、土生特有のゆっくりした声が帰ってくる。
それは、本能に突き動かされるそれとは違かった。


「………」

「みいちゃんの匂いが、離れないんだ」


小池の腕を掴んだ、この手から。
掠めたこの髪から。
触れた肌から。
漂う空気を吸った、この鼻腔から。

全てが、脳にこびりついて。

自分を傷つけたくらいじゃ

もう、止まれない。





「頭の話じゃない。自制の問題じゃない」




ーーー理性なんて、消えた。




「ーーっ、はぶちゃ、!!!?」


視線がぶつかった瞬間、土生が一気に距離を詰める。
織田の脳も体も、追いつけなかった。




ーーーー!!!



「全身が、もう、限界…」

「ぅ、ぐ……ぁ」

「ねぇ、おだなな。……みいちゃんの邪魔するんなら、止められないよ……?」

「あ"、ぁ……か、!」


織田の腹部に跨った土生の手が、織田の喉元に絡みつく。
ぎりぎりと、土生の手に力が入っていく。
徐々に、織田の首が締め付けられ、空気と血液の道を狭めていく。


もはや言葉を発することも、呼吸をすることも困難で、
織田は土生の腕に力を込めて緩めようと抵抗する。
しかし、織田の手が刺さり腕が裂かれて血が滲んでも
その手が緩むことはなかった。

胸郭だけが、どくどくと動いて呼吸を求める。けれどそれに応えた酸素が入ってくることは無い。


「ーーーっ……っ…ーー!」


唾を飲むことすら出来ず、口角から溢れ出す。

織田の目には、霞ながらも土生の顔が映っていた。



紅く、欲にまみれた、吸血鬼ーーー。



(しぬ、のか……、)







…ーーーー!!





物音と衝撃が襲い、ひゅっと織田の体に空気と血液が回り始める。
急激なそれに、体は悲鳴を上げた。


「っげほっ、っ、……っはぁ”!ぁっはぁ!ごほっ」


解放された織田の体は、本能的に起き上がり腕をつく。
そんな織田を、続け様に響く物音と衝撃が囲んでいた。
物が、ぶつかり落ちていく。はじけ飛ばされて押しのけられて、机たちは本来生むはずのない音を次々と打ち出していた。


「っ、みゆ…っ…?」


ボヤけた視界に、見慣れた少女の姿が入り込む。
土生を押しのけ、自らに手を伸ばそうとするそれを、体ごと弾け飛ばしていた。

しかし、
感じられるのは、防衛ではなく、

殺意。



「っ美愉!!やめて!」


織田の制止の声も、鈴本には届かない。

小池を追うような動作を見せる土生さえも捉えていた。
同族の織田ですら感じる恐怖。

逃がす気なんてない。
許さない。

コロシテヤルーー



「ーー美愉!!止まれ!!」


止めようにも、体がまだ動かない。
叫んでいるそれも、叫べているのか分からなかった。
織田の体は、本当に限界まで土生に追い込まれていたのだ。




鈴本は、織田に特別な感情を持っている。
大切な存在である織田を、傷つけられて。鈴本自身、感情が爆発していた。



土生「っ、鈴本も邪魔するんだ…」

鈴本「そんなの関係ない…!」



いくら人間を守ることがきっかけであったとしても、狼が吸血鬼を殺すなどあっては
全ての均衡が崩れてしまう。

なにより、鈴本にそんな罪を犯して欲しくなかった。


「ーーーっ!」


倒れ込んだ土生に、鈴本が牙を向く。
そんな鈴本を、土生は冷徹な瞳で見やっていた。

離れた所から見ていた織田だけが気づく。

鈴本の視界の外で、土生が鈴本をトめる突いをその心臓に向けていたことを。


悲鳴をあげる体を、無理やりに叩き起し
鈴本を救うために織田はその体をふたりの間に飛び込ませたーーー。
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