Unforgettable.


「よっ、おかえりー」

「………なんでいるの」

「心友のピンチには、こういう登場が必要でしょ?」

「意味わかんないんだけど」


自分の予定に愛佳と会う約束なんてなかったはずだ。


「それよりもぉ、おひとりですかー?」

「ねぇウザいんだけど」

「いやマジでさ。ねるはどうしたんだよ、帰る約束してたじゃん」

「……なんで知ってんの」

「志田様をナメんなよー」



冗談なのか本気なのか、愛佳は微妙なラインを引く時がある。それは空気を読んでのことだとは分かっているけれど、今はそれに対してどうすべきか分からなかった。

息を一つ吐いて、鞄を下ろす。座る気にはなれなかった。



「…ねるは平手と帰ったよ」

「……」

「私との約束なんてたぶん覚えてない」


そもそもあれは約束と呼べるのか、分からないけれど。



「理佐はさぁ、それでいいわけ?」

「……別に、」

「別にいいんだ?」

「…………」


自分の中で答えは出ている。だがそれは感情論だ。感情で答えを出すのが正解とは思えなかった。


「嫌なら嫌って言えばいいだろ」

「そんなの出来ないよ」

「なんで」


ーーそんなこと分かってるくせに。
あえて逆撫でしてくる愛佳にイラついて目をやると、真っ直ぐに刺さる愛佳の眼に捕まった。



「覚悟つかないんなら、一緒に行くって言ったよね」

「……そんなの、出来ないって分かってるくせに。それがいいとか嫌だとか、そんなの関係ないでしょ。私たちには」

「………」


「………平手はねるを選ぶよ。なら、それに従うだけ」



小さく低い声が零れて、今度は愛佳が口を閉ざす。

消えてしまいそうな声だった。




ーー消えてしまいたいのだろうか。その存在と共に。




「…あたしは理佐と行く覚悟はあるよ」

「……っ、」

「だから、逃げたっていい」

「わたしは、っ………」




愛佳は立ったままの理佐に合わせて立ち上がる。そうして、割れ物を扱うかのように理佐の身体を抱きしめた。


どうか、消えてしまわないで。

どうにもなら現実なんて知ってるけど、だからってそれのために自分を犠牲にし続けるなんて馬鹿げてる。
いくらだって方法はあるはずだ。理佐が苦しまない方法が。



でも、それは。『できるだけ』の話でしかなくて愛佳にしがみつく様に涙を流す理佐が苦しまないなんて有り得ない世界だと、頭の片隅で思ってしまった。










◇◇◇◇◇◇◇


「土生ちゃーん」

「あ、みぃちゃん」


可愛らしい声が響く。それに反応したのは土生瑞穂だった。

恋仲を疑われるふたり。距離の近さやふとした時の表情はただの友人という括りにするにはあまりにもだった。



「どうしたの?」

「ん?土生ちゃんが見えたから」

「ふふ、大きいからね」


えっへんと自慢するように胸を張る土生に、小池も笑顔を返す。

部活も終わりを告げ、生徒は荷物を背負い帰路につこうとしていた。
土生も小池もそんな中のひとりだった。

当然のように二人並んで歩き出す。話題は6人で行ったあの夜桜だった。



「昨日の夜桜きれいやったねー」

「そうだね、今度はクラスみんなと行きたい!」

「あの人数でバラバラんなったんに、クラスみんなは無理なんちゃう?」

「そうかなー」



というか、『ふたりで行く』ということが選択肢にないのだろうか、と小池は思う。確かにみんなで行くことも楽しいし、学生である今だけしか、そうそう機会もないのかもしれない。

それでも、大切な人と行くのは『特別』なのに。

そんな考えを払うように、昨日を思い出す。
そういえば、、、



「てちは、ねるんとこ行けたんやろか」



小池がポツリと零す。土生にあった笑顔が姿を消した。



「みぃちゃん、それ、ねるちゃんには秘密だよ?」



その言葉に、『あ、』と小池の顔も曇る。視線は自然と足元に落ちていった。
分かってはいる。でも、納得なんて出来ない。だって、本人達の想いはどれもすれ違いなんだ。



「…分かっとるよ?でも、」

「……あの子達は特殊だからね。みづたちじゃ分からないことが多いと思う……みづだったらやだもん」


いつもの少し子供らしい言葉遣いに、小池は土生を見上げた。
安心したかったのだろう。いつもの土生瑞穂が醸し出す、あの空気に。あの、笑顔に。



しかし、見上げた先に笑顔はなくて。あの柔らかい空気もなかった。

そこにあったのは
もっと熱を持った瞳だった。








「土生ちゃん、まっ、、、て」

「みづだったらやだ。」


子供らしい言葉とは裏腹に、強い力で小池を捕まえる。
土生の右手が小池の左腕を掴んでいるだけなのに。
小池の身体の熱が一気に上がって、その視線に絡み取られていく。



「わかっとる、よ」

「ほんとに?みぃちゃん」



『みぃちゃん』という単語に、まだ大丈夫だと小池は思う。
まだ、逃れられる。


友梨奈や理佐の話をするべきじゃなかった。
小池から触れるつもりはなかったけれど、土生の思考回路は時々追いつけない方向に進んでしまう。


今回はそれが悪い方へ転がってしまった。



……悪いわけやないけど、、、場所がーー




まだ、校内だ。放課後ではあるけれど誰に見られるかも、見られてるかも分からない。


万が一見られてもどうにかはできるけれど、それは小池の役割ではない。役目の人に負担をかける訳にもいかない。



それよりなにより、土生との秘密を易々と他人に見せたくなかった。








「いっ!いたたた!!!」

「あかんよ!お預けやっ!」



気力で土生の拘束を振り切り、両頬をつねる。精一杯だったせいで手加減もできなかった。


「痛いよー」

「こんなことでやろうとするからや!土生ちゃんが悪い」


「………だって」

「だってやあらへん!もう帰るで」



今度は小池が土生の手を取る。
土生から見える小池の白肌は、紅く染まっていた。



「ねー、みぃちゃん」

「なにぃ?」

「お家ならいいかな?」

「っ!!」

「お腹すいちゃったー」





『ね、美波』




そう声が届いて。にこにこ笑顔を咲かす土生に、小池はもう覚悟を決めようと思った。


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