Succubus
痛いくらい抱きしめてくる腕は、必死に抵抗している様で
熱の篭った声は、泣いているようだった。
ねるが引っ張り出した、この性に塗れた空気に、理佐はきっと、全身で拒否していたんだよね。
「りさ、っ、だめ、だって……!」
「……っ、ふ、」
「ん、やぁ」
ぎゅうぎゅうと抱きしめていた腕が、腰の辺りから服の中に入ってきて素肌を撫でる。するすると肌感を味わうかのような動きがくすぐったくて、身をよじった。
「りさ……!」
「、ねる。かわいい、」
熱い。
熱い声が、熱い手が、熱すぎるほどの体が
ねるを襲う。
背中を撫でていた手が、ぷつっと下着のホックを外した。
「あっ!?」
理佐を引き離そうとしていたねるの手が、自身の胸元を守るように覆って。
それを狙ったかのように理佐は口元を緩ませながら、ねるの身体を押し倒した。
どさ、と音を立てて2人の体が倒れる。
乱れたねるの両脇に腕を立て、理佐は熱の篭ったままねるを見下ろした。
高圧的な目や態度は、整った理佐の顔立ちに沿っていて
ねるの体が疼いて、切なくなる。
ねる自身、サキュバスという本能に呑まれそうだった。
「だめ、理佐。やめて、」
「…………」
「これは、夢じゃないけん。後悔すると、…」
『理佐』を呼び戻そうと訴えかける。サキュバスである意識を、固く閉じて沈めようと意識した。
……けれど。
「ん!や、」
「………いいよ。後悔なんていくらでもする、」
ねるの必死の訴えにも、理佐は手を止めない。今度は前からするすると服の中に手を進めていく。
その先には、柔らかいものが待っている。
ねるの本質は。サキュバスは。
そんなものでは沈められない。
もはや、沈めるとか抑えるとかの話ではなかった。
溢れ出したそれは、理佐を呑み込んでいた。
「だ、め!!理佐っ!」
「………」
ちゅっ、とリップ音をたてながら理佐の唇がねるの肌を辿っていく。
時折歯を立てて、印を残すような行為を繰り返す。
体がゾクゾクと反応して、ねるの声色が甘さを増す。
それに気づいたように、理佐は性急にことを進めてようとした。
きっとこの快楽に呑まれてしまえば、それはこの上ない幸せだ。
夢で望んだものが現実になる。
「…………っ、」
それでも。
そんなものは一瞬でしかなくて。
これが間違いだということは明白だった。
ねるは、力の入らない体に渾身を込めて
理佐に訴えかける。
それは、拒絶にしかなりえないと分かっていた。
「やだ!!」
「!」
理佐の手が、止まる。
ねるは自らのからだを守るように腕を回していた。
「………やだ?」
「………、」
「……変なこというんだね。あんなに喜んでたのに、」
「ーーー!」
ねるの身体が熱くなる。
それは、夢の中のふたり。
熱を思い出せば、体は理佐を求めてしまう。
「、なんで?ねる。好きっていってくれたじゃん、」
「りさ…?」
「………ねるは、わたしのことすきなんでしょ?」
ぐらぐらと、理佐の体が揺れ始める。少し呂律も回っていないようだった。
目が虚ろになっていく理佐を見て、ねるは身体をずらして起き上がる。
俯きながら辛そうに見上げてくる理佐を見て、罪悪感に苛まれた。
「………、ねえ、ねる……」
「………、」
「……わたし、どうしたら、いいの?……」
小さく紡がれていく言葉が、ねるの胸を締め付けていく。
涙を零したのは、理佐の方だった。
「………理佐、」
ねるの言葉を待たず、理佐の意識が途絶える。
ねるの下半身に理佐の体が落ちた。
理佐の言葉に戸惑いながら、ゆっくりと視線を下ろし、理佐を見つめる。
額には大量の汗が張り付いていて、高熱のせいで顔は紅潮し、酸素を取り入れようと呼吸が荒い。
きっと、数日前のねるだったら
サキュバスとしてニヤけていたかもしれないし、そういうことさえも企んだかもしれない。
でも、今は。
長濱ねるとして、サキュバスであることを呪い、
浮かれていた自分を握りつぶしたくなっていた。
「……りっちゃん、」
理佐の目から頬に流れる涙を拭うのに、頬は乾きを知らない。
「っ、……りさぁ、」
ぽたぽたと、ねるの涙が理佐を濡らしてしまっていた。
ーーー好きなんだよ、ねる。
涙を流しながら、その言葉を残して意識を手放した貴女を、
私は、受け入れられない。
それくらい、貴女を弄び、惑わせた。
元より。
サキュバスは、淫夢の悪魔。
夢でしか、貴女と交わることを許されなかったんだ。