君は、理性を消し去る。
きっと、君は私の番なんだ。
運命で、生まれる前から決められた相手。
理性も思考も関係なくて、ただただ相手を求める。
君と私は、どんなに遠回りしたとしてもきっと運命を共にする。
そうじゃなきゃ、
きっと空虚な世界が待っている。
「なぁ、ここの席の子ってあんま来おへんの?」
そんな小池美波の言葉に答えたのは、クラスメイトだった。
転校してから1週間。まだ顔も見ていないクラスメイト。
小池はなんとなく、気になっていた。それはただ隣の席の知らないクラスメイトだからかもしれないけれど、保健室のぼやけた記憶が繋がっている気がして
会いたい思いと、このまま会えなければいいという思いが重なっていた。
「ん?土生ちゃんのこと?来るよー、良くわなんないけど今は体調悪いのかもしれへんなぁ」
「ちょっとなんで今関西弁使ったん」
「なんでそんな怒るんですかー」
変なイントネーションを付けられてイラッとする。その反応を面白がるように話してくるクラスメイト。
転校してきたばかりなのにこうして笑えるのはこの人のおかげかもしれなかった。
そうして、流れる学校生活の中で目に入る空席。
この子は、私を知らない。
転校生の存在も。関西弁を使うことも。
貴女を、どれだけ気にしているかも。
「………ねぇ」
「んー?」
「いつまでいんの、マジで」
「………もう少し。」
「そんなこと3日前にも聞いたんですけど」
愛佳の言葉に、少しだけ気まずそうに土生が答える。
その2人の空間に、マグカップを3個持った理佐が入ってきた。
理佐「愛佳もいつまでいるの、ここ私んちなんだけど」
愛佳「なんでそんな事言うの!!私とりっちゃんの愛の巣じゃん!」
理佐「ちょっと危ない!」
愛佳が理佐にじゃれつくと、マグカップを並べようとしていた理佐の体が揺れて中身が溢れそうになる。叱責する理佐に愛佳はつまらなそうに体を離した。
愛佳「てかマジでさ、どおすんの学校。いつまでも休んでらんないでしょ。一応『高校生』なんだからさ」
土生「………」
理佐「平手はなんか言ってるの?」
愛佳「まだ何も。様子みてくれてんじゃない?土生はそんな要注意人物じゃないし」
理佐「そっか。土生ちゃんは、…行けない理由があるの?」
実際。理佐も愛佳も、土生が学校に行かないハッキリとした理由を知らない。お互い干渉しないことが、長い時間の中では必要なことだと分かっていた。
だから、干渉しない距離を図っていたけれど
このままではいかないだろうと思う。『高校生』をしている以上、社会から反することは存在を隠す上で避けたいことだった。
土生「……転校生いるじゃん?」
理佐「あぁ、あの保健室で寝てた子だよね?」
土生「うん。」
理佐「………」
愛佳「……なに、怖いの?また会うのが」
土生「………たぶん、なんだけど」
土生「運命の人、だと思う」
理佐「運命?」
少女マンガの世界の単語が土生から発せられて、理佐の頭にはてなが浮かぶ。
だって、土生があまりに辛そうで苦しそうだった。
ガサっと音がして、愛佳がタバコに火を付ける。
少しイラだったように顔を歪ませて、いつもより多く煙を吐いた。
ぶわぁ、と纏まった煙がゆっくりと部屋に溶けていく。
愛佳「……じゃあ、転校でもする?」
理佐「え?」
土生「……」
愛佳「そういう話だろ?今ここに逃げてるってことは。」
そう言ってまたタバコを置く。
ソレはゆっくりと、それでも確実にその身を削って煙を作り出していた。
理佐「愛佳、そんな言い方しなくても」
愛佳「りっちゃん。土生はね、すごく自制が強いの。今まで1度だって本能に負けて人を襲ったことなんてない」
理佐「!そう、なんだ…」
愛佳「だからひとりで人間との生活も許されているし、高校生だって出来る。本来なら強制的に人間の群れに混じる環境なんて避けたいところなんだよ?」
理佐「………」
愛佳「だから、この間の状況は異常なんだ。本来ならあるはずがない。有り得ないことだった。土生が本能に突き動かされるなんて、下手したら強制送還になる」
土生「……分かってる」
愛佳「………。」
土生「……もう少し、時間が欲しいんだ。出来るなら、あの子と、少しでも一緒にいたい」
それができるかどうか、わからない。
今でさえ、思い出すと飛び出して会いに行きたい衝動がある。
でもきっと、今飛び出したら襲ってしまう。
まだ、本能が抑えられない。
自分の腕をぎゅっと握りしめる土生を見て、愛佳は目を逸らす。
いつだって、感情に揺り動かされないように、立場からものが言えるように
愛佳は心を強くしなければならなかった。
そんな愛佳に低くて優しい声が届く。
理佐「……愛佳、」
愛佳「ん、大丈夫だよ、理佐。ありがと」
理佐「……うん」
理佐はこういう時に自分の無力さを思い知らされる。
言葉が上手く伝えられない。心配だと、無理しないでと言いたいのに、『大丈夫』だと言われると何も言えなくなる。
それが、本当は違うって分かってるのに。
「りっちゃん」
「え?」
「分かってるから、そんな顔しないで。」
愛佳の手が、理佐の頭を撫でる。
いつもいつも、愛佳には甘えてばかりだ。
それでも、理佐は知らない。その存在だけで、理佐がいてくれる、声をかけて自分を想ってくれる。
それが、愛佳にとってどれだけ心満たすかを。
土生「明日」
愛佳「ん?」
土生「……明日の放課後、あの子に会いに行く」
愛佳「え?」
土生「ふたりとも付き合ってくれる?」
ふたりはさっきまでの会話から、明日の放課後なんて予想もつかなかった。もしかしたら本能が思考を支配し始めているのかもしれないと思う。
愛佳「大丈夫なの」
土生「わかんない、けど」
愛佳「………また襲おうとしたら、報告するしかないし強制送還だぞ。平手も庇いきれない」
土生「うん。」
理佐「土生ちゃん…」
土生「きっと大丈夫。運命の人なら一緒にいられるはずだよ」
そういった土生の表情は笑顔だったけれど
少し緊張していた。