Succubus
『……ねる、』
低く、低く。
心地よい低音が、名前を紡ぐ。
熱い、灼けるような視線が
捕らえて離さない。
『………好き、』
そう言って、触れる肌と肌が
気持ち良すぎて
それだけで声が漏れる。 色づいた声になってしまったのは仕方がないと思う。
『ん、…気持ちいい?』
気持ちいいよ。
このまま、この時間が
ずーっと続いて欲しいくらいに。
堪らず腕を伸ばして、もうこれ以上触れられないのにもっともっとと引き寄せる。
理佐の肩に爪を立てているって気づいていたのに、抑えることができなかった。
声とも吐息ともとれるモノが、自分の口から漏れだして
理佐を追い詰めていってる気がした。
『ねる、…っ!』
切羽詰まった声がして、理佐の欲が溢れ出して心地いい。
お互いが声にならない声を叫んだ。
体に、突き抜ける快感が走って
この時間の終わりが告げられる。
脱力する体に精一杯力を込めて
別れるその瞬間まで理佐を感じようとしがみついた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「ん、」
夢の世界だったはずなのに、何となく体に名残があるような感覚がする。
最後の瞬間、夢の終わりに
理佐は自分のことを抱き締め返してくれていただろうか、、
ねるは、自分の体を抱きしめるように腕をまわして理佐を想った。
ぎゅうっと力を込めて、ふっと力を抜く。
夢は覚めてしまったんだ。
「……顔洗お、」
自分が生まれてからの運命とはいえ、サキュバスはあまりいいことがない。
『悪魔』という部類に入ってしまうの不快だし、好意のない相手からただただそういう扱いを受けやすいのも嫌だった。
それに。
(好意を持った相手には、相手にされんとか呪われすぎやん…)
正確には、相手にされない訳じゃなくて
そういうのに理性が勝ってしまう人。
なわけですが。
顔を水で洗って、現実を再認識する。
鏡に映った自分は何となく呆けて見えた。
あんまり、濃密な夢を見るべきじゃないし見させるべきではない。
わかってはいる。
ーーーー♪
「!」
スマホが着信を知らせてくる。こんな早くに?と思ったけれど、示し出された名前を見て直ぐに要件が分かった。
小さくため息をついて、通話を繋げる。
「おはよー、愛佳」
『おはよー、じゃねえわ。呑気な声出しやがって』
「どうしたん?」
『今度はどんな夢見せたんだよ。部屋から出てきやしない』
「あははー、」
『はぁあ、。どうすんだよ。、お。』
「え?」
電話の向こうから、慌ただしい物音と愛佳の声が響く。
少しして無音の世界になった。
『……今度はふろ場に行っちゃったよ。シャワーの音といっしょになんか唱えてる声が聞こえるわ』
「あちゃぁ。」
『あちゃあじゃねえよ!』
「やってさぁ、……」
言葉が小さくなって、ハッキリと伝えるのを躊躇ってしまう。
良くないことなのはわかってはいる、んだよ?
でも
こんな、力がコントロール出来なくて勝手に夢に行ってしまうのも初めてなんだもん。
『………、力、コントロール出来ないの?』
「!」
ねるの無言は、勘のいい愛佳には答えを紡いでしまったみたいで。
まずかったかな、と思う。
サキュバスとして力が制御出来ないことはいろんな意味で危険がある。相手にも、自分にも。
『………大学は休めよ?』
「……うん。ねえ、愛佳」
『ん?』
「理佐に会いに行ったらいけんかなぁ」
『………。今は、止めといたら?危ねぇし』
「そっか。…りっちゃんのことよろしくね」
はいよ、と返事を受けて通話が切れる。
悲しいけど、今は会いにいけん。
心が落ち着いて、力のコントロールができるようになったら
会いに行こう。
と思っていたのに。
数日もせずに、愛佳から呼び出しがかかった。
ーーー悪いんだけど、理佐風邪ひいたから届け物してやって。
ーーーえ?愛佳は?
ーーー課題が終わんないの。留年になるとか脅されたから、どうにかしてく。ぺーんち泊まるかも
ーーーそんなヤバいの
ーーー元はと言えば、ねるのせいだろ。水浴びてりゃ風邪も引くわ。上の空で、全然なんも出来ねぇし。どうにかしてこい!
理佐のことだから、傍にいなきゃ飲み食いしねーから、ちゃんと行けよ
大学の講義中に始まったやりとりはそれで終わり、ねるのこれからの予定が決定した。
「理佐…風邪ひいとったんや」
夢のせいで来ないのだと思っていた。間接的には夢のせいではあるのだけど。
……っていうか、ねる会いに行っていいんかな、
そんな不安はあったけれど、理佐の家に向かう途中立ち寄ったドラッグストアでいつの間にかカゴいっぱいに飲み物やら食べやすいものやらを詰め込んでいることに気づいて
心が浮かれているのだと知った。
それに気づいたのはレジを通ってる最中で、結局両手に袋を抱えることになってしまった。
……いけん。明らかに買いすぎたばい。。。
でも、早く元気にもなってもらいたいし
少しでも理佐の喜ぶ顔とか安心した顔とか見たいし…。
必要なかったら持って帰ればいいし、
自分に自分で言い訳をしながら歩く。
―――この時はまだ、ねるの体に熱なんかなかったんだ。