Succubus


「………さいてい、」



その言葉は、誰でもない起き抜けの自分に呟いた。




罪悪感に襲われながら、布団から抜け出す。
顔を洗って、着替える。


気を許せば、最低な光景が頭の中で再生されて。

頭から水を浴びたくなった。

いっそ浴びてしまいたい
けれど、
そんなことをしていたら時間もなくなる。
こんな朝から水を浴びていたら、何かあったのは確実だし、少しでも平然を保ちたかった。



「なにしてんの、洗面所使いたいんだけど」

「あ、ごめん」


一人暮らしなら、出来たかもしれないけれど
今の自分は、ルームメイトがいるんだ。
別に気の置けない相手ではあるんだけど。



「……どしたの、理佐」

「……別に」

「ふうん。、、部屋のドア開けっ放しだったよ」

「!」

「寝癖ついてる」

「………、」



言葉が出ない………。
鏡越しの視線が痛い。

歯ブラシを咥えたまま、ルームメイトの愛佳は私を観察している。じーーーっと。


「朝ごはん、作んなくていいからね」

「………ごめん」




ルームシェアしているから、普段の私が部屋を見られたくなくてドアは必ず閉めていることも
顔を洗えば寝ぐせ直すことも知っている。

今日は朝ごはん当番だったけれど、普段と違うために気を使わせてしまった。。。


「血の入ったご飯食べたくないだけだから」

「はい、」













大学へ向かうために家を出る。愛佳と一緒に行くのはいつも通り。
歩いて行ける距離の大学は、ありがたい。



「理佐」

「え?」

「はい。忘れ物」



ある程度まで歩いてから、愛佳に『忘れ物』を手渡される。今まで一緒に歩いてたのに?なんで今?


「全然気づかねーんだもん。ヤバいね。ヤヴァイよーりっちゃん」


呆れたように笑う愛佳。私の手には、財布とスマホが握られていて、私はまた言葉を失った……。


「………帰ろう、かな、」


実際、大学に行かなければならない理由はない。
単位も余裕があるし、聞きたい講義がある訳じゃない。ただ、大学キャンパスが待っているから行くだけ。

強いて言うなら、片思いの相手がいるくらいだ。





◇◇◇◇◇


結局、優柔不断な私は、愛佳にくっついて大学へ着いてしまった。


「あ、ねるだ」

「!」

「あ、おはよー」


愛佳の言葉に顔をあげれば、ほわほわしたねるがこっちに向かって挨拶してきていた。どんどん近づいてくる。



意識しないようにして、私も挨拶を返す。



「おはよ、ねる」

「おはよーりっちゃん」


ああ、近い。
いや普段の距離なんだけど。

春が近づいてきてどんどん可愛らしく薄着になっていく。
そんなの、誰もそうなのにねるだけは特別で。片思いのせいだという自覚はある。


けど、

覗く肌に、

心臓がギュッと苦しくなる。




ーー『理佐、』


夢を、見たんだ。

ねると、そういう………ことを、スる……、、、






ふと、腕に温もりを感じて意識が現実に引き戻される。


「理佐?どうしたと?」



腕を握って、私を見上げてくるねる。

一瞬にして現実に夢が重なって頭に血が上った。




愛佳「なんか朝から可笑しくてさー、スマホも財布も忘れてんの気づかないし、……!」

ねる「!!」



ねるの握っていた手を振り払う。



理佐「……あ、ごめ、……」

ねる「え、理佐?………理佐!」





遠くなるねるの声に、自分は逃げ出したのだと知る。

顔が熱い。

動悸が激しい。


頭の中は、夢で見たねるで埋まっていて
振り払うように大学の中を走り抜けた。







「…………なんだあれ。ねる、何したの」

「ん?んんー、えへへ」

「………はぁ。じゅんじょーなりっちゃんで遊ぶんじゃないよ」

「りっちゃんはむっつりだよ、愛佳」

「………」




えへへ、と笑うねるを横目に理佐の消えた方向を見やる。

可哀想な奴だなぁ、と
愛佳は理佐を思いやった。

(別になんもしてあげないけど。がんばれー、りっちゃん)







……昨日は、我慢できずに理佐の夢にお邪魔してしまった。

(まさか、あんな風になるとは思ってなかったんだけど)


たぶん、理佐はねるのことが好き。

そして、ねるも理佐のことが好き。



結構アプローチしてるのに、理佐は一向に告白してくれなくて。優しいりっちゃんはただただ包み込むように相手をしてくれる。


ある意味、理佐の理性はハンパないなぁと思ってるんですが。



「うーーん。逃げられてしまった、」

「りっちゃんはヘタレだからねぇ」



あ、そっちですか。


サキュバスである自分に近寄ってくる人は多い。だから、こんな来てくれなくて困るなんてこと、有り得ないはずなのに。

夢の中の理佐は、強引で、優しくて。それでも欲を抑えなかった。
理佐本来の姿が見えた気がする。


思い出して、体が切なくなる。
あんな風に、理佐に触れてもらいたい。言葉を、囁いてもらいたい。




「おい、ねる」

「え?」

「そういうのは理佐と2人の時にやれ。人が寄ってくるだろ」

「あ、」



ちらちらと熱い視線がくる。
理佐だったらいいのに、今は気分が悪くなるばかりだった。



「んー、ねる帰る」

「はあ。しゃーないな。私も行くよ、危ないだろ」

「ごめん」

「朝ごはん奢って。理佐がねるのせいで作れなかったんだから」

「そんなに??」















『理佐、……っ、もうむり…ぁ』

『っ、ねる。気持ちいい?…』

『うん、……ん、ぅ』

『っ――はぁ、、ねる』

『あ!ん』








―――りさぁっ、





「うわあああああぁあ!」


結局、走って帰ったあと
ふろ場に駆け込んで頭からシャワーを浴びる。
叫んだ声が浴室に響いて
酸欠で頭がクラクラする。


脳内で繰り返されるねるは、
妖艶で
綺麗で

可愛くて、



もう。
このまま。













ねるに、会えない、、、かも。



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