Unforgettable.
「愛佳、てち、…」
「お、来たね」
「久しぶり、ねる」
ふたりの元にねるが声をかける。話がしたいと、連絡を取ったのはいいけれど来てくれるかは不安だった。
それでも、ねるが気まずそうにちらと視線をあげると愛佳の優しい目が待っていて少しだけ安心する。
「…決心、ついたの?」
「…うん。」
「そっか。高校生だと理由大変だろ」
「ちょっと難しいね…」
決心。
覚悟。
あると思ってたのに、友人たちとの終わりが見えることが、別れが、辛かった。
理佐が言っていたのは、こういう事だったんだろう。
まだ。高校生。
社会的にもやっと自分の世界が構築され始める時期だった。
「ねる」
友梨奈の声が響いて、ねるは視線を向ける。真祖だなんて、あの時以来あまり重苦しく感じることが出来なかった。
ねるの中ではまだ、幼馴染という認識が強い。
あの教室でのやりとりは、どこか違う人にしか思えずにいた。
「寂しいのは、心が決まってないからじゃないよ。寂しくないっていうのは悲しいくらい慣れてしまったから、だから。」
「…………」
その言葉に、この人はどれだけの別れを繰り返してきたんだろうと思う。
理佐がいつか、『どれだけ孤独か知っていたのに』と泣いていた。その意味に少しだけ触れられた気がした。
優しい顔に切なくなってしまう。
これからのことが、寂しくて、淋しい。
「ありがとう、てっちゃん」
「理佐はヘタレでネガティブだけど、あんまり殴らないであげてね」
「む、」
「あはは!確かに!」
愛佳が笑って、
ねるが強めに友梨奈の肩を叩く。
友梨奈も痛がりながら、幼い笑顔を見せる。
ーーーここに理佐がいない。
どこか心に穴が空いたような、足りないピースがあるような、そんな感覚。
そんな感覚を、ここにいる全員が感じていた。
ーーまたな。
そう言われて、愛佳とは『また』があると気づく。そうして、その隣に立つ友梨奈からその言葉は聞けないのだと痛感した。
「じゃあね、ねる」
そう言って友梨奈はねるに背を向ける。
愛佳もそれに続いた。
その背中が、切なくて、苦しくて。
自分より大きいはずのその背中が、重く大きいものに潰されているように見えた。
「っ、てち!」
「!」
「ーーまたね!てっちゃん!」
振り向いた友梨奈に、ねるの声が響く。
ねるは決して笑顔ではなかったけれど、そんなねるに友梨奈は笑顔を返した。
幼い頃から知っている、その笑顔だった。
友梨奈からの返事はなく、再び背中を向けられる。
それでも、友梨奈の顔を見た愛佳の表情は柔らかくて
少しだけほっとした。
「おかえり、ねる」
「、理佐!?」
自宅に着くと、何故か理佐がいた。
平手に近づけない理佐がねるの家にいるのは信じられないことだった。
何かあったのではないかと不安になる。
「理佐、どうしたと?」
「……ん?んー」
「……?」
「ねる、泣いてるかなって思って……」
「ーー……」
理佐は分かっていたのかもしれない。
友梨奈が言っていた通り、覚悟や決心と感情はイコールではないこと。
そして、ねる自身はイコールだと思って我慢してしまうこと。
「………大丈夫だよ、ねる」
「………っ、」
「会おうと思えば会える人もいる。全てが一生の別れじゃない」
「理佐、」
「………、ゆっくりいこう?ねる。私は待ってられる。例えそれがおばあちゃんになったって、ねるといられるなら構わないから」
理佐の言葉は、
自分自身を卑下してるわけでも、否定してるわけでもない、
まして、ねるを疑ってるわけでも距離をとろうとしているわけでもない。
互いに互いを信頼出来ていた。
「りさ、」
「なぁに、ねるちゃん」
「ふふ、……好き、。絶対一緒におるけん」
「……うん。私もねるを守るよ」
ーー君と、いっしょにいるためにしなきゃいけないことも
やらなければならないことも
乗り越えなければならないこともある。
きっと、悲しく苦しいとこもやってくる。
でも。
君の温もりも、優しさも知ってしまった。
君と生きる幸せも知ってしまった。
記憶に残るだけなんて、もうきっと耐えられない。
「理佐」
「ん?」
「ねる、吸血鬼になれると?」
「ーーー、んん、んー。」
「理佐はピチピチなのに!ねるおばあちゃんになっちゃう!!」
「おばあちゃんて。でもおばあちゃんになったねるも見てみたいな」
「りっちゃん!」
理佐に笑顔が咲いて、ねるはふくれっ面になる。
分かってるよ、ねる。
一緒の時間を生きていきたいって思ってくれてるんだよね。
こんなに心が満たされている。
私もちゃんと、ねるに返していきたい。
「ねる」
「?」
ねるの頬を、理佐の大きな手が撫でる。
その優しい手つきに、ねるの表情が和らいだ。
えへへ、と声が漏れて理佐は愛おしさで胸が苦しくなる。
ねるを抱きしめて、理佐の低い声が優しくねるの鼓膜を揺らす。
ーーー私も、君と一緒に生きていきたいんだ。