Unforgettable.


ーーーブー、ブー、、




マナーモードにしていたスマホが、着信を知らせてくる。
理佐は示し出される名前を見て、少しだけ切なくなった。



「はい」

『理佐?どこにおるの?』

「んー……、」

『また寝腐っとるんやろ』

「正解」

『どこ?ねるも行く』

「悪いから私もそっち行くよ。待ち合わせよ」

『……分かった』



場所を約束して通話を切る。
愛するその人からの電話は、無機質な音でも心が穏やかになる。
リアルタイムで繋がれるそれは、今や欠かせない物だと変にしみじみと考えて
ねるの元へ行こうとポケットにしまった。









理佐が着く頃にはすでにねるはその場所にいた。
何だか懐かしい制服を纏ったねるに声をかけられて、気づいて迷うまもなく声をかけてくれることが少し嬉しかった。



「あ、理佐!」

「ねる、お待たせ。ごめんね」

「大丈夫。行こ?」

「うん」



どこ、ということは無い。
ただ2人で過ごすだけ。ふらふら歩いたりお店を眺めたり。
ただそれだけの時間が、2人で過ごせる唯一の時間だった。


ねるの学校が終わってからの数時間。
そんなものはあっという間に終わりを告げる。
ねるは、理佐が学校から消えてから
この時間以外の理佐を知らない。



「ねえ、りっちゃん」

「ん?」

「ねるも行きたい」


『場所』ではないことを、理佐は分かっていた。このやり取りは初めてではない。



「………だめ」

「なんで?ねるは覚悟できとぉよ」

「ねるはまだ高校生じゃん。まだ、」

「ねるはこんなバラバラな生活しとる方がやだ」

「……、」



あれから。
理佐がねるに居場所を明かすことはなかった。いくら聞いても口を閉ざし、困ったように切なく笑顔を向けられる。
連絡だけはいつでも取れるようになっているけれど
どこで何をしているのか分からない。
いつ連絡が途絶えてしまってもおかしくない。

そんな不安がいつもねるを襲っていた。



「てちも愛佳も心配してる」

「………平手にはもう会えない」

「分かっとる。けど、ねるにもなんも言えんの?ねるは理佐とおりたい。一緒に生きていきたい」

「………20歳まで待ってほしい。ねるが20歳になってから」

「待てん!あと何年ある?その間、ねるはずっと、こうして理佐と離れて不安で…怖い思いしとるんよ?」

「私はねるといるよ。呼ばれたらすぐ駆けつけるし、いつだって答える」



悲しい目をしたねるに、
切なげな理佐の視線が重なる。

互いが、確固たる想いを抱えていた。



「………ねるのこと、好き?」

「…好きだよ。だから、大事にしたいんだ」

「大事にしたいなら、ねるのお願い聞いてよ」


想いは重なっているのに、何故かいつもすれ違いで、
通じ合うことが出来ない。
それはどちらのせいだということも出来なかったけれど、これはもう理屈では解決できなかった。

そんな事態に、理佐は口を開く。



「…ごめん。でも、大きな問題なんだよ、人間と吸血鬼は……ねるにも沢山考えてほしい。後悔しないように、…間違えないように。」



理佐が想いを口にして、ねるの表情が強ばる。言ってはいけないことを口にしてしまったと気づいた。



「後悔ってなに?」

「っ、ねる」

「間違いってなに!ねるは、理佐といることそんなふうに思ったこと1度もない!」

「……ごめん、」

「……理佐は変わっとらん。結局自分が傷つくのが怖いだけばい」

「ーーー……、ねる。」


「ねえ、理佐。てちと約束したんやろ?」



『私はねるを愛してる』
『もう二度と、私は私を否定しない』


そこには確かに、理佐とねるの未来があった。
ねるもその話を聞いて、嬉しかったしそれを信じていた。




「理佐は…どうしたいの、」

「………」

「そうやって黙り込む癖も直らんね」

「………ごめん」




選択肢のない選択は嫌いだ。
それはいつまでたっても変わらない、と理佐自身思う。
ねるはいつでも、自分の答えを待っていてくれるのに。だからこそそれが浮き彫りになって思い知る。

なにも、変わってないと。



「今日は帰ろう、ねる」



結局、先延ばしにして逃げる。
そればかり繰り返して、なんの解決もしない。


『ネガティブだし、へたれだから』

理佐を分かっている2人が言っていたことは寸分も違わない。



「なんで」

「……少し時間が欲しい、から」

「やだ。ねるも行く」

「ねる、」

「時間ならあげる。だから一緒におって」



ねるの強い眼差しに、理佐は限界を感じていた。ねるも自分自身も、形はどうであれ変わらなけれはいけないんだ。


それでも、ねるの家は平手に会う可能性が高い。
結局、ビジネスホテルを探して2人で泊まることになった。






「ん、…は」

「んぅ、…ね、ん!ねる、待って、」

「待てん。りっちゃん、逃げんで……っ」


ホテルに着いてすぐ、ねるに両頬を押さえられる。
襲われるように、ねるの押し付ける様なキスが降ってきていた。

熱くて、深い。

舌が絡み合って、持っていかれそうだった。



「ね、る!」

「理佐っ、」


理佐が後ろにあったベッドに落ちる。
一緒に倒れるようにねるも理佐の上に落ちた。


ぎっ、とベッドが鳴ってねるが理佐を捉える力を強くする。
そしてまた、深くて溶けそうなキスが理佐を襲う。




「ーーー、」



ねるの苦しそうな声が、零れる。

キスのせいじゃない。
ねるが泣いているんだ。寂しくて、悲しくて、心が潰れそうだって

泣いている……。





「……っ、」

「……ねる、」

「逃げんでよ……りさぁ、」



少しだけねるが距離を取ってやっと顔が見えるけれど
俯いた角度からは、嗚咽を漏らす口元しか映らなかった。

理佐の胸が締め付けられるように痛む。

ねるが肩口に顔を押し付けたのを合図に、理佐はねるを抱きしめた。


耳元に鼻をすする音が届いて、
温かいそれが肩口を濡らす。反射するように、理佐は抱きしめる腕を強くした。


ねるの涙を見るのは、もう、何回目だろう。


いつもいつも、悲しみや苦しみでしかそれを見ていない。









『覚悟があったと、信じてる』


『おままごとも、友達ごっこも終わりだよ』








ーーそうだ。


そうだった。



ごっこじゃない。
ままごとじゃない。


そんなこと、分かっていなければならなかったのに。






平手に処分されたときからーー

もっと、ずっと前の





君の肌を、私が貫いて

君の血で、この体が生き始めたその瞬間から



迷う価値も、

選択の余地も




ありはしなかったんだーーーー










「っ!?、りさっ?」


理佐の手が、ねるの首元を開かせる。
込み上げる欲と、その吸い寄せられるような肌に惹き付けられて
舌を這わせる。
小さく反応を見せるねるに、思わず笑みが零れた。



「ねる、……ごめん。もう、迷わないから」



ブツっ



「っ、………っぅ、あ」



ねるの皮膚を、再び理佐が突き破り
溢れ出る血液を漏らさず飲み下していく。





ねるが脱力し始めて、理佐はソレを抜き、
傷を癒した。


「……ん、あ。…また、消した……、」

「……大丈夫。もう、逃げない。」

「…信じられん」

「じゃあ、どうすればいい?」


ぐっと体を必死に起こして、理佐を見つめる。
それに対して理佐は、重なった視線を外さなかった。




「………ねるのこと、連れて行って。一緒に行くけん」


「………」






ずっと、譲らなかった。叶わなかった願いこそ、その証明だった。





「……わかった。ねるがそう望むなら。ただ、その前に…お別れを済ませておいで。理由なら作る。ねるが望むなら、私も協力する」




理佐と、

吸血鬼とともにいることは、人間と距離を取らなければならない。
それは、かけがえのない、大事な家族や友人と今生の別れとなり得る。



理佐が選ぶことじゃない。

それは、ねるが選ばなければならない事だ。







「わかった」



そう、ねるの言葉がぽつりと響いて
ねるは理佐に再び抱きつく。


なんとなく、ねるが震えている気がして
理佐は強く抱きしめ返した。




それでも、それは理佐自身の震えだったのかもしれないと思う。



今まで何度悩んで迷って、背中を押されて一歩進んでも、
また悩んで迷ってきた。


でも、もう。




覚悟を決める。
本気で1人の人を愛し、ともにいる。



弱い自分じゃいられないんだ。



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