Unforgettable.
気づくと、ねるの家の前に居た。
どうやってきたのかは覚えていなかったけれど、友梨奈とのやり取りも
これからどうするべきなのかも頭では分かっていた。
ーーーとりあえず、引越し…かなぁ
ねるの家の前で立ち尽くして、インターホンも押せなかった。
心がついてきていないのだと、容易に想像つく。
それくらい、心と思考がかけ離れていた。
「理佐?」
どのくらいそうしていたのか分からないけれど、理佐にねるの声が届いた。
「……どうしたと?どうなったの?」
「…………、」
ねるは感情を出さない理佐を見て、優しく手を引いた。
階段を上がってねるの部屋に入る。
理佐の鼻腔をねるの香りが埋めて、理佐の目に少しだけ感情が籠る。
「りっちゃん?」
「………」
説明しなくては。そう思うのに、どこかの動線が切れてしまったかのように
心も頭も体もちぐはぐで、なにもすることが出来ない。
それが苦しくて、なにかが溢れそうになる。
「ーーー」
何かに、包まれる。
あたたかくて
柔らかい。
けれど確かに
受け止めるように、包み込むように
力強かった。
ねるに抱きしめられているのだと気づいた時には涙が溢れていた。
「……理佐」
「……っ、ふ、うぅ……っ」
「そばにいるけん、……いっぱい泣いてええんよ」
ーーー平手。
私は、君のことをどれだけ苦しめていたんだろう。
君は一緒にいたいと願ってた。
それなのに、二度と会えなくなる選択をした。させてしまった。
『私と居たせいで、嫌な思いもしたと思うんだ』
そんなこと、あるはずなかったのに。
君がいた。君とともにいられたことは、
私が今生きて存在しているそのものなんだ。
君が許してくれたから
在ることを当然としてくれたから
君がいなかったら、なんて考えたくもないけれど
私はきっと、死を自ら選んでいたんだ。
それなのに、私は何も伝えられなくて
君に酷な選択をさせてしまった。
君がどれだけ孤独か知ってたのに。
君がどれだけ周囲を思いやる人なのか知ってたのに。
感謝なんて到底足りるはずもない。
謝罪なんて、君を傷つけるだけだ。
私に出来ることなんて、
君との約束を守るだけ。
でも、まだ。
君との別れを悲しんでもいいだろうか。
何も出来なかった、
何もしてこれなかった私に悲しむことが許されるとは思えないけれどーーーー
「大丈夫。てちは分かってるよ、理佐」
「ーーー……」
ーーーてちは、許してくれるけん。
やさしいねるの声が、届く。
平手の笑顔が浮かぶ。
もう会えない笑顔が、脳裏に浮かんで
ねるの言う通り許された気がした。
ゆっくりと、心が色づいて
脳に届く。
感情が音を立てて、動き出した。
理佐の腕が、ねるの背中に回り
シワがつく事などお構い無しに服を握りしめる。
声を上げて泣く理佐をねるは抱きしめ続けた。
平手による渡邉理佐の処分後、翌日には学校の籍が消え
その存在は記憶にしか残らなかった。
数日後、
愛佳は、理佐の席があった場所に立ちその周囲を見渡す。長濱ねるの席もあれから当人が座ることなく空席が続いている。
「………お目付け役も終わり、か」
ふぅ。と息をついて、近くの机に腰掛ける。
何だかんだと手のかかる奴だった。綺麗な顔をしているのに、考えはひねくれているしネガティブだし、答えがひとつしかないのにも関わらずヘタレで行動するのに時間がかかった。
「なのに、あんな頭突きとかしちゃうんだもんなぁ」
ーー長濱ねるはすげぇなぁ。
………自分は何も出来なかったのかもしれない、と嫌な思考が占め始める。
『理佐のこと好きだもんね』
いつかの言葉が降ってきて、息が詰まる感じがした。
だから無理やり声を出して紛らわす。
「っはーぁあ!りっちゃんの捜索でもしようかなぁー」
ぐっ、と体を伸ばして嫌な考えを遠くへ追いやった。
きっとあの子は、真面目で正直で
ネガティブでへたれだから。
きっとまた、悩んでいるんだろう。
平手との約束は破ったりしない奴だから、長濱ねるに手を引かれて、少しずつ前へ進んでいるんだ。
それでいい。
私はそれを隣で笑ってやる。
お目付け役なんて肩書きはないんだ。
これからは『しんゆう』だけで
きみのそばに居られるから。