君は、理性を消し去る。


土生瑞穂は、何度目かの高校生活を送っていた。

今後、自分の学校に真祖が入学すると愛佳から聞いていたけれど土生瑞穂にとって生活に変化はなかった。


けれど。


何故かその日は起き抜けからどこか落ち着かず、何が違うのか探してみても見当たりもせず思い当たりもなかった。


ーー気のせいかなぁ。なんだろ、



普段通り過ごそうと頭を切り替えて、制服に袖を通しリュックを背負う。
いつもの時間に家を出ていつもの道を歩いた。

気づくとすでに学校前で、なのにいつも見る顔ぶれがない。
スマホを取り出して時間を確認して、普段よりだいぶ早く歩いていたことが分かった。


しょうがない、と学校の門を過ぎると
体の奥がずくん、と疼く。

この感覚は馴染みがある。



「……枯渇、?かなぁ。まだそんなんじゃないと思うんだけど……」



土生の吸血行為は標準的とは言いがたかったけれど、自制が強くあった。
一定の条件や期間を自ら決めていることで、人間との生活の均衡を測る生活を送っていた。




「おはよ、土生。何してんの」


後ろから声を掛けられて振り向くと、馴染みの顔があった。


「あ、愛佳。なんだか体がドクドクしててさ。なんだろーって」

「ふぅん。…土生のことはそんな注意されてないけど、気をつけろよ」


何かを思い出すように土生を見るけれど、特別なことは言われず
土生は少し安心した。


「うん」

「……まぁ、理佐もいるし。必要とされないとしょげちゃうからさ、その時は呼んでやって」


複雑そうな表情の愛佳を見て、土生は笑顔を見せる。
愛佳は、理佐を大事にしている。それだけはずっと伝わってきていた。



「大丈夫だよー」



じゃあまた、と手を振って別れるけれど
愛佳からは素っ気ない笑顔が返ってきただけだった。





教室に入り、自分の席に座る。
ガヤガヤする教室はいつも通りだ。


そうじゃないのは、自分だけ。


学校に着いた瞬間の疼きから、周囲の人を襲ってしまいそうな感覚すら脳裏に過ぎる。

幸い、自制の強い土生は行動には至らないが
これは明らかに普段と違う。気のせいなんかではなかった。



朝のホームルームは5分前に迫っていたけれど、あまりの違和感に土生は席を立つ。
普段ニコニコと会話に入ってくる土生とは違うことに気づいたクラスメイトが土生に声を掛けた。



「土生ちゃん、どうしたの?」

「え?」

「なんだか顔色悪いし…」


制服を緩く着用したソレからは、首元が見えていて
土生は一瞬目が離せなくなる。


「土生ちゃん…?」

「!、あ、ごめん。ちょっと体調悪くて。朝早く来すぎたせいかな?」


へら、と笑顔を作ってクラスメイトと別れる。
教室を出てから
『何だか土生ちゃん怖い…』と話し声が聞こえて、やはり自分がおかしいのだとハッキリ分かった。

少し急ぎ足で。菅井のいる保健室へ向かった。









ーーガラ、


「…おはようございまーす、」

小声で開けたその空間に顔だけ出して声を掛ける。
少しして、カーテンの奥から返事が帰ってきた。




「おはようございます。あら、土生さん。どうしたの?」

「ちょっと調子悪くて…、あでも誰か休んでます?」


普段開いているカーテンが閉まっていて、人の存在に気づく。


「大丈夫だよ。まだもうひとつあるから。どうぞ?」

「すみません、」




ーーードク、ン



「ーーー、、」

「……土生ちゃん?」



保健室に向かっている途中から、おかしいと思っていた。
それは朝からの異変だけじゃなくて、保健室に近づくほどに動悸が強くなるような、疼きが抑えられなくなるような感覚。

余程調子が悪いのだと言い聞かせて、人のいない保健室を目的に来た、はずだった。



「ーー、愛佳。すぐ来て」


土生の異変に気づいた菅井がすぐさま愛佳に連絡を入れる。

その瞬間には、土生は床に膝を落としていた。




ーーー血が、ホシイ、




頭の中を、ガンガンと本能が支配していく。
理性が押されるなんて、土生にとって有り得ないことだった。



「ーー、っ。せんせ、」

「土生ちゃん。息吸って。大丈夫だから」



そう言われて、呼吸すら出来ていないのかと自覚する。
呼吸という生命活動をすれば、本能が勝ってしまう気がしていた。



(おかしい、なんで、こんな……)



愛佳「友香!」

菅井「愛佳!理佐も、」

理佐「土生ちゃん、どうしたの?」


愛佳「………、友香。奥に誰かいるの?」



スン、と鼻をきかせた愛佳が、カーテンの奥にいる存在に気づいた。


菅井「え?あ、今日転校予定だった子よ。緊張してるのか顔色悪くて休ませてるの」



愛佳が、眉間に皺を寄せた。早口で言葉を繋ぐ。



愛佳「急いで土生をここから出して。」



その指示が菅井と理佐に入る。

しかし、瞬間
カーテンが開かれた。


今の今まで床に落ちていた
土生瑞穂の手によって。





愛佳「土生!!?」

土生「ーーーミツケタ、」


「え?」


ーーーーー…………
























「ーー……ぅ、」

菅井「大丈夫?」

「……あれ?うち…」

菅井「余程緊張してたみたいでね、いくら起こしても起きなかったから」

「えっ!す、すみません!ど、どうしたら…今何時ですか!?」

菅井「大丈夫。先生とご家族様には説明してあるから。もうすぐ昼休みだし、挨拶は午後からにしましょう?」



菅井の説明に少女は体を小さくして後悔に駆られながら返事をした。

先程の土生を思い返して
これからなかなかに難しい問題が出てくるのかもしれない、と菅井は小さくため息をついた。











愛佳「はぁあ。ダメだと思ったら帰れよ、土生」

土生「ごめん、」

理佐「そんな怒んなくてもいいじゃん」

愛佳「あのねぇ、りっちゃん。ちゃんとわかってる?今の事態。ただ人を襲おうとしたのとは訳が違うんだよ?」

土生「………」


理佐「………」



黙り込む2人に愛佳は再びため息をついた。

ソファに座り込み、タバコを手に取る。
最初のひと息を吸って火をつけると、そのまま灰皿に置いた。


あの後、少女を襲おうとした土生は
愛佳と理佐に止められ保健室から引きずり出された。距離をとったことで土生の自制が取り戻され、やっと緊迫した空気から解放された。

そこから、理佐は少女の記憶処理を行い
3人で理佐の自宅に帰ってきたのだ。




理佐「…ねえ、臭い」

愛佳「りっちゃんはすぐ文句言うー」

理佐「それ意味あるの。いつもすぐ置くじゃん」

愛佳「あのね。一応これ人間様の吸うのと違うからね?2人のためでもあるんですよ?」



2人は初耳だと言わんばりの表情をする。
ふわふわと部屋に行き渡っていく煙を眺める。
これが?と2人の思考は重なっていた。



愛佳「ま、秘密ですけどね」

理佐「ねえ、絶対嘘じゃん」

愛佳「ほんとですぅー」














ーーーーーー…………

ーーーなんや、頭ぼやぼやする…。
転校初日に何してんねやろ



午後一に挨拶をして、用意された机に座る。
午後の授業は、なぜだか頭がぼやけていた。

視線を横に移すと、リュックが掛かったままの机があった。体調でも悪いのだろうか、と思い保健室を思い出す。
自分が起きた時、隣のベッドは空いていたから午後の授業前に体調を崩したんだろうか。とにかく、あとで挨拶し直さなければ。

ーーーそういえば、保健室誰が来とったんやろ…


自分が休んでいる時、確かに誰が来ていた。誰が来ていても転校初日では知らない人でしかないけれど、そこからの記憶があやふやでどこか夢のようだった気もする。















続きは未定、、
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